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49話「二天王集結」


「おいおい……こいつは凄まじいな。……ピエールは生きておるか?」


 山のごとき瓦礫の連なりを仰ぎ見ながら、大男が地響きのような声を上げた。

 全身を隙間なく包み込む漆黒の鎧。頭部から天を突くように生えた二本の猛々しい角。そして、黒い肌に映える真っ白な蓄え髭――。その威風堂々とした佇まいは、戦場にそそり立つ巨岩のごとき圧倒的な存在感を放っていた。


「……ガリス……私……まだ、眠い……」


 大男――ガリスの背中から、小さな少女がひょっこりと顔を出した。

 長い前髪がカーテンのように顔を覆い、その表情を読み取ることはできない。彼女はガリスの頑丈な鎧の端を掴みながら、微睡まどろみの中にいるような、たどたどしい声で呟いた。


「ハッハッハ! この状況で眠れるとは、相変わらずよ。だが起きろ、ミレア。儂らはピエールを捜しに来たのだぞ」

「でも……眠い……。ピエールなんて……どうでもいい……」


 ガリスは豪快に笑い飛ばしながらも、その鋭い眼光で崩壊したダンジョンを冷徹に検分していた。智将ピエールの築いた鉄壁の迷宮を、これほどまでに無惨に粉砕した「暴力」の正体。それを突き止めるべく、二人は静かに瓦礫の海へと歩を進めた。


「……あれ……? 部下さん……?」


 ミレアの虚ろな視線の先で、一人の男が二人の姿に気づいた。


「おお。そのようじゃな。無事であったか」


 駆け寄ってきた「部下」は、安堵と緊張の入り混じった表情で二人に向き直る。


「ガリス様、ミレア様。お越しいただき感謝します!……こちらをご覧ください。此処だけ不自然な空洞が残っているんです。この奥に、もしかしたらピエール様が何らかの小細工をしている可能性が高いかと」

「でかしたぞ、部下殿。よくぞ見つけた。……後は儂らに任せるがよい」


ガリスが漆黒の籠手で部下の肩を叩き、その拳を固く握りしめた。その背後では、ミレアが相変わらず眠たげに目をこすりながらも、前髪の間から空洞の奥をじっと見つめていた。そこから漂う「異質」な気配を、彼女の鋭い感性が捉えていた。


「……たぶん、そう……。ピエール、何かやってる……。……ここだけ、崩れてない……崩れないようにしてる……」


 たどたどしいが、確信に満ちたミレアの呟き。ガリスは深く頷き、信頼を込めた声を返した。


「……あやつ、崩壊の中に逃げ道を用意しとったか、あやつらしいのう。まぁ、儂に任せるがよい」


 ガリスは腰を落とすと、大人が数人がかりでも動かせぬような巨大な瓦礫を、羽毛でも扱うかのように軽々と持ち上げては脇へと退けていく。凄まじい筋力が生む作業の末、やがて地下深くへと続く、暗く湿った空洞がその姿を現した。


ぽっかりと開いた空洞の奥は、異様なほど静まり返っていた。

崩壊の轟音が嘘のように――そこだけ切り取られた、ような静寂。


「よし、道は開けた。ゆくぞ。……ミレア、灯りを頼む」

「……わかった」


 ミレアが小さく唱えると、その指先から柔らかな光が溢れ出し、漆黒の闇に沈んでいた地下道を白く照らし出した。

 先陣を切るガリスの巨体に続くようにして、ミレア、そして緊張に表情を強張らせた部下もまた、未知へと足を踏み入れていった。


「……思ったよりも、深くまで続いていますね」


 部下が壁に手を当て、岩肌の湿り気に眉をひそめる。反響する足音だけが、一行の孤独を際立たせていた。


「……はぁ……疲れた……もう帰ろう?」


 不意に、やる気のない、とろけるような声が響いた。

 声の主はミレアだ。彼女はガリスの背負いある漆黒の肩鎧にしがみついているだけで、「運搬」されている状態だった。


「……あの、失礼ですがミレア様。貴女は先ほどからガリス様に乗っているだけで、ご自身では一歩も動いておられませんが……」


 堪り兼ねた部下が、もっともな正論を口にする。しかし、ミレアは前髪の奥から眠たげな視線を向けるだけで、悪びれる様子もなかった。


「……この……揺られる体勢……意外と……辛いよ?」

「……それ、乗せてもらっている人の台詞じゃないですよ」


 呆れ果てた部下のツッコミが、狭い空洞に虚しく反響する。


「ガッハッハ! 気にするな、部下殿! ミレアは立っているだけで体力を消耗するらしいのだ。儂の肩は頑丈ゆえ、いくらでも甘えるがよいわ!」


 ガリスは豪快に笑い飛ばし、その震動でさらにミレアを揺らした。

 緊迫した探索行とは思えぬほど、どこか気の抜けた空気。だが、ガリスの鋭い眼光だけは、光の届かぬ闇の先――ピエールが潜むであろう最深部を、冷徹に見据えていた――。




――その頃。

 地平の彼方まで続く荒野を、一頭の巨躯が猛烈な勢いで引き裂いていた。

 それは馬であったが、もはや生物を超えた「弾丸」と化していた。

 その脚には、魔王特製の魔導具『加速蹄二号』が装着されている。

 極上の疾走感に当てられた馬は、自身の意思では制御不能な「加速の虜」に変貌していた。魔導具がもたらす魔力を「もっと速く」という独自の解釈で増幅させ、一歩踏み出すごとに自己ベストのトップスピードを更新し続けている。


「はっはっは! 流石は親方様、加速蹄二号、素晴らしい出来栄えですね!」


 その背に跨る牛銀は、暴風を正面から浴びながら、至極気持ちよさそうに手綱を握っていた。職人としての血が騒ぐのか、正確な操馬技術で荒野を走破していく。

 しかし、その背後にしがみついている枝豆コーヒーの様子は一変していた。

 可憐な金髪は見る影もなく乱れ、その顔色は、かつて見たことがないほど土気色に沈んでいる。


「……ちょ、待って……何これ……気持ち悪い……」


 世界が音を立てて後ろへ飛んでいく超次元のスピード。内臓が浮き上がるような浮遊感に冷静さは完全に霧散していた。


「……魔王様のバカ……。こんな、出力……誰が、求めたの……っ」


 込み上げる胃液と戦いながら、枝豆コーヒーは牛銀の太い腰を命綱のように掴み、震える声で呟いた。

 目的地のダンジョンに辿り着く前に、彼女のプライドが限界を迎えようとしていた。



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