48話「魔王城は建設中」
西の領地では、新たな魔王城の建設が驚異的な熱気とともに着々と進んでいた。
現場には資材を運ぶ重厚な音と、職人たちの鋭い活気が響き渡っている。
「おい! こっちの床、わずかに歪んでるぞ。誰だ、ここをやった奴は!」
鋭い指摘を飛ばしたのは、現場の班長を任されているベテラン職人だ。その視線の先で、作業着の袖を捲り上げた一人の若い部下が、気まずそうに一歩前に出た。
「……僕です。やっぱり、歪んでますか?」
青年は手元の水平器を不安げに覗き込む。かつて武器を握りしめていたその指先は、今やミリ単位の平滑さを出すことに全神経を注いでいた。
「全然ダメだ! こんな仕上げ、牛銀さんに見つかってみろ。現場全体の士気に関わる大目玉を食らうぞ!」
班長の叱咤に、周囲の空気がピリリと引き締まる。この現場において、牛銀の「プロの眼光」は、どんな軍律よりも恐ろしく、そして頼もしくあった。
「……よし、今ならまだ修正が利く。俺が手伝ってやるから、一緒に直すぞ!」
「はい! ありがとうございます、よろしくお願いします!」
青年は力強く頷くと、手際よく補修用の道具を手に取った。
かつては「壊す」ことしか知らなかった者たちが、今では「造る」ことの喜びに目覚め、誰よりも必死に汗を流している。
その光景を遠くから眺めていた牛銀は、満足げに腕を組み、深く頷いた。
「……フン。最初は素人同然だったが、叩けば響く奴らじゃないか。あいつら、意外と『筋』がいいな」
職人の魂が、荒くれ者たちを一流の造り手へと変えていく。
「牛銀よ、順調のようだな」
魔王の低く響く声が、建設現場の喧騒をすり抜けて届く。
現場監督の牛銀は、作業服の襟を正すと、深々と頭を下げた。
「親方様。全ては親方様の指導があればこそ。……そう言えば親方様、資材調達班から一点、不穏な報告が入っております」
「……何だ?」
魔王が眉をひそめる。牛銀は手元の端末を操作しながら、重苦しく言葉を継いだ。
「どうやら、北のダンジョンが崩壊したとのことです」
「北のダンジョンだと……?」
聞き慣れぬ地名に魔王が記憶を辿ろうとしたその時、傍らに控えていた枝豆コーヒーが、鈴を転がすような声で代わりに答えた。
「北のダンジョン、ですか……。確かあそこは、ピエールが心血を注いで創り上げた迷宮ですね。崩壊したということは……ピエール派と、それ以外の勢力が激しく衝突していた可能性が高いですね」
「……随分と詳しいな」
魔王の訝しげな視線を浴びながら、枝豆コーヒーは涼しげな表情を崩さない。だが、その瞳の奥では、冷徹な思考が高速で回転していた。
(……十中八九、アビス教団の襲撃の仕業。あの智将ピエールがダンジョンを自壊させるまで追い込まれたとなれば、隠匿していた「宝具」も奪われた可能性が高い。ピエール、あなたが死んでいようが生き恥をさらしていようが、そこにはアビス教団の情報が転がっているはず。現場へ向かう価値は十分にありそうね)
「ふふ。私の武器は『情報』ですから」
少女は指先で金髪を弄びながら、可憐な笑みを浮かべてみせる。
その言葉の裏に隠されたどろりとした策略に、魔王はまだ気づく由もなかった。
「……あ、魔王様。私、急用を思い出しました。ちょっと、そこの『牛』を借りて行ってもいいですか?」
(現場の瓦礫撤去には、この牛が一番使えそうだし。……是非とも連れていきたい)
枝豆コーヒーは、小首をかしげてあざとく尋ねる。その視線の先では、現場監督の牛銀が「……姐さん?」と、困惑と畏怖の混ざった声を漏らした。
「好きにするがよい。だが、あまり無茶はするなよ。……お前に何かあれば、エリザベスが悲しむからな」
魔王は、スマホの画面――ソシャゲの画面――から目を離さぬまま、ぶっきらぼうに言葉を投げた。
「ふふ。……はい、善処します!」
少女は軽やかに翻ると、迷いのない足取りで現場を後にした。その華奢な背中には、主人の信頼を一身に受ける「忠臣」の顔と、それを冷徹に利用し尽くす「策士」の決意が、危うい均衡で同居していた。




