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46話「タイムリミット」


「……ど、うやら……幻術で正解でしたね…⋯意識が戻ったと言う事は……」


ピエールの姿は悲惨極まりなかった。端正だった服は無残に弾け飛び、露出した肌は炭のように黒く焼け焦げ、浮き出た血管からは熱を持った血が絶え間なく溢れ出している。床に溜まる血量が広がっていく。


自身を座標指定し、至近距離で「落雷トラップ」を作動させる――脳を焼くほどの衝撃で強制的に意識を現実に引き戻すという、文字通りの荒業を完遂したのだ。


「あら。随分と手荒な方法で戻られましたね。……ですが、戻ったところでもはや手遅れ、ではありませんか?」


教主は変わらぬ優雅さで微笑んでいる。その細い指先には、いつの間にか目的の『宝具』が握られていた。


(教主が……この場にいるのは好都合だ。わざわざダンジョン探索で探す手間が省けた……。あとは、このダンジョンが誇る最終機構……シークレットナンバー四百八九(自爆術式)の充填時間を稼ぐ……それだけだ)


「……貴女の……幻術は……破らせて、もらいましたよ」

「まさか本当に破られるとは予想外ですね……でも大丈夫ですか? 今にも死んでしまいそうですよ?」

「……フン。死に損ないの……最後の一問だ。一つだけ、質問に……答えてはくれないか?」


ピエールは血に濡れた口角を微かに上げ、挑発的に問いかけた。


「……いいでしょう。そこまでの執念を見せてくれたご褒美です。お付き合いしましょうか」


教主は、勝ちを確信した者の余裕か、あるいは同じ「設計者」への敬意か。静かに足を止めてピエールを見据えた。


「……やはり、どうしても⋯⋯理を外れた絶大な力を持つ貴女が……何故、今更『勇者』などを求めているのですか……?」


問いに対し、教主は興味を失ったようにピエールに背を向けた。その背中は、どこか遠い過去を見つめているようでもあった。


「……また、そのお話ですか? まあ、構いませんが、貴方に理解は難しいと思いますが」

「……無理にとは言わない……。ただ、死ぬ間際の……単なる好奇心だ……」


自嘲気味に笑うピエールは、血に濡れた手元で腕時計を盗み見た。表示されたカウントが、静かに、しかし確実に刻んでいる。


「……ふふ、なんて事のない、ありふれたお話ですよ」


教主は振り返らず、慈しむように、そして酷く冷徹に告げた。


「私が……彼の『恋人』だった。ただ、それだけの話です」


凍りつくような沈黙が、ダンジョンの最深部を支配した。


「……だから、彼を救い出すために、勇者の封印を解除しようとしていると?」

「愛する人が不当に囚われていたら、貴方は助けようと思いませんか?」

「……ええ、そうですね⋯⋯普通はそうでしょう」


ダンジョンの中の空気が少し冷たくなった。


「⋯⋯なんか含みのある言い方ですね?」


教主の言葉を背中で受けながら、ピエールは再び腕時計に視線を送った。

『九十パーセント』

身体から滴り落ちる鮮血が、静まり返った床に波紋を描き、メトロノームのように規則正しい音を鳴らし続ける。


「……貴女は、本当に今でも彼を愛しているのですか?」

「……へぇ。いい質問ですね」


教主がゆっくりと振り返る。その瞳に宿る「花」が、不快感か、あるいは未知の興味か、不気味に揺らめいた。


「ピエールさんは、どう思われますか?」

「……貴女が本当に愛する恋人だと言うのなら、何故、『今』動いているのですか? 十年も経ってから」

「十年前から準備を重ねて、今ようやく動き出した……。それでは不満です?」

「……愛する人を救うために十年かけた計画? 貴女の言葉からは、一片の説得力も感じられません。一刻も早く助け出したいという焦燥が、微塵も、欠片も存在しない」

「それは……封印宝具を探し出すために、組織を育てる時間が必要だったから」

「……それは嘘ですね。貴女は単に、探す気がなかっただけだ。おそらく貴女が動きだしたのは、先代魔王の死後……。そして今、貴女が直々にここへ来た理由は、私の元からティアが消えたからだ。ティアを一時でも配下に置いていた私を過大評価し、警戒して自ら出向いた……違いますか?」


ピエールの言葉は、静かだが鋭いくさびのように、教主のまとう完璧な余裕を穿っていく。


「……ふふ。瀕死の頭で、随分と面白い推論を組み立てるのですね」


ピエールは血に濡れた口角を僅かに上げた。腕時計のデジタル数字が、ついに運命の刻限を表示する。


「……結論を言いましょう。私は、貴女が勇者を愛してなどいない、と言う結論に至りました」


教主の瞳の「花」が、ピクリと不自然に脈動した。それは図星を突かれた者の動揺か、あるいは獲物の意外な粘りに対する愉悦か。


「……どうやら、貴方を過小評価していたようね。改めましょう。貴方は明確に……排除すべき対象だと認識しましょう。ピエールさん」


教主の纏う空気が、一瞬で絶対零度へと凍りついた。もはやそこには、設計者への敬意も慈悲も存在しない。

ピエールの身体から、最後の一滴が床へと落ちる。


「――チェックメイトだ」


ピエールは、引導を渡すように腕時計の画面を彼女に突きつけた。

『100%』。


「ダンジョン・シークレットナンバー489……『完全構造崩壊』。このエリアの全座標、及び蓄積された全魔力リソースを代償とした……消滅機動、開始」


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