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44話「花の使い手」


ピエールの巧妙な罠を回避した女性は、余裕の笑みを絶やさず、静かな、しかし抗いようのない圧力をもって言い放った。


「……随分と大きく出ましたね。私の『設計』を上回ったつもりですか?」

「あら……では、もう少しだけ分かりやすく提示して差し上げましょうか?」


彼女がゆっくりと深々と被っていたフードを払うと、その素顔が露わになった。

艶やかな黒髪のショートカット。切れ長の双眸には、夜の闇を凝縮したような紫の光が宿っている。だが、ピエールの目を釘付けにしたのは、その「左眼」だった。


瞳孔がまるで残酷なまでに美しい「花びら」のような形にかたどられ、異様な魔力を放っている。


「……その瞳、まさか。……『花の使い手』か」


ピエールの冷静な仮面が剥がれ、隠しきれない驚愕と警戒の色が混じった。

彼の脳裏に、かつて先代魔王の傍らで耳にした、不穏な警告が鮮明に蘇る。


『ピエールよ、いいか。「花の使い手」には気を付けろ。特に、瞳に花びらが浮かんでいる奴は……次元が違う』

『……花、ですか? 植物を操る程度の魔術が、それほど危険なのですか?』


若き日のピエールが問い返すと、先代魔王はどこか遠くを見るような目で首を振った。


『俺も詳しくは知らん。だが、六花、桜花、雪花、百花……「花」の名を冠する流派は、どれも世界のことわりの外側に足を突っ込んでいる。あいつらは、この世のルールで測れる相手じゃねぇ』

『失礼ながら……それほど強力な流派であれば、誰もが習得を目指すのでは?』

『ハッハッハ! 全くだ。だがな、あれは選べる道じゃない。「呪い」の一種とも言われていてな……瞳に花びらの紋様が浮かび上がった者は、その流派の「免許皆伝」にして、理の外へ至った証だと云われている』


ピエールは冷や汗が背筋を伝うのを感じた。目の前の女性の左眼――そこに鮮烈に咲く「花びら」の紋様は、先代魔王がかつて恐れた伝説が、決して古びた御伽噺などではないことを無慈悲に証明していた。


「……あら。そちらに気付くのですね。これは少し、想定外です」


女性は困ったように眉を下げたが、その口元には相変わらず薄い笑みが張り付いている。彼女はゆっくりと、値踏みするようにピエールを見据え、言葉を継いだ。


「てっきり……私が誰であるかの方に、先に気付くと思っていましたが」


女性のその言葉が、ピエールの脳内で鋭い警笛を鳴らした。

彼は記憶の書庫を高速で検索し、部下に命じて密かに収集させていたアビス教団に関する極秘資料を呼び起こす。


(……アビス教団。人界と魔界の『完全平和』という歪な理想を掲げる狂信的組織。その中枢を担う幹部たちは、徹底して正体を秘匿されている。その中で唯一、公に姿を晒しているのは、教団を統べる最高責任者……教主のみ。……まさか)


「……馬鹿な。教団の『教主』自らが、直々にこんな辺境のダンジョンにまで足を運んでいる?」


ピエールの眼鏡の奥に、かつてない戦慄が走った。目の前の女性が「花の使い手」であり、かつ教団の頂点に君臨する支配者であるという事実は、この場における最悪の「設計ミス」を示唆していた。


「正解です。……ですが、私の方にも一つだけ、大きな『設計ミス』があったようですね」


教主は嘆息まじりに、しかし残酷なほど清らかな笑みを深めた。


「私の収集した情報では、現在の魔界で一番手強い相手はピエールさん……貴方だと。だからこそ、幹部を向かわせる予定を急遽変更して私自らが足を運んだのですが……。正直に申し上げれば、少々期待外れでした」

「……ふむ。つまり、この私が貴女の基準に満たない『弱者』だと?」


ピエールの声が低く沈む。屈辱を押し殺しながらも、知将としての冷静な分析眼で、目の前の怪物を測り直していた。


「ええ、その通りです。ただ……『花の使い手』という私の本質を言い当てたことだけは、完全に想定外でしたね。アビス教団の構成員ですら、私のこの眼が何を意味するのか……誰一人として知り得ないというのに」


教主の左眼に宿る花びらが、暗がりのダンジョンで不気味に脈動した。それは、教団という組織すらも彼女の手の平の上で転がされている「駒」に過ぎないことを冷徹に示していた。


「……なるほど。貴女がこうして饒舌に語るのは、私など取るに足りない存在だと言う事なのでしょう」


ピエールは眼鏡の奥で、冷徹な計算を止めない。

ゆっくりと息を吐いた。

もはや勝敗ではない——この怪物の“設計思想”を暴く。


「では、一つお聞きしましょう。花の使い手……いえ、その瞳を持つ『ことわりの到達者』たる貴女が、何故そこまで執拗に『伝説の勇者』の力を欲するのですか? 世界の理の外側に居る貴女に、今更その力が必要だとは到底思えませんが」


ピエールの問いには、純粋な戦術的疑問と、設計者としてこの「歪な計画」の矛盾を突く鋭い意志が込められていた。

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