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40話「失敗から」

魔王の腕の中でぐったりとしていた枝豆コーヒーが、ゆっくりと瞼を持ち上げた。


「……あれ……魔王様!? 私は……。あれ、ティアは?」

「帰ったぞ」


魔王のぶっきらぼうな返事に、彼女は状況を飲み込もうとするが、直後に全身を走る激痛に顔をしかめた。


「帰ったんですか……? って、ううっ、身体中が痛い……! 何これ、バキバキなんですけど……」

「未完成な反転魔術を無理に使うからだな」

「って……! ひ、酷くないですか!? ……というか、なんで魔王様がここに!? しかも私、お姫様抱っこされてるし!」


混乱と羞恥で頬を赤く染め、ジタバタと暴れようとする彼女の様子を見て、魔王はわずかに口角を上げた。


「……フン。それだけ騒げるなら大丈夫そうだな。――エリ……いや、枝豆コーヒーよ」


不意にこぼれたその響きに、彼女の動きがピタリと止まる。


「……今、なんて言いました? もう一度、ちゃんと聞かせてください」

「……何のことだ?」


魔王はあからさまに視線を逸らしたが、その耳たぶが心なしか赤らんでいるのを彼女は見逃さなかった。


(……魔王様、やっぱり私の本当の名前、ちゃんと知っててくれたんだ)


胸の奥に、ポッと灯がともったような温かさが広がる。彼女は照れ隠しに魔王の胸に顔を埋めると、こっそりと、でも隠しきれない笑みをこぼした。

だが、その幸福感に浸っていたのも束の間。次の瞬間、魔王は無情にも腕の力を抜き、彼女をその場にすとんと落とした。


「……いたたたっ! なんで、落とすんですか! 魔王様の大好きな、世界に一つだけの枝豆コーヒーですよ!?」


地面に尻もちをついた彼女が、涙目で抗議の声を上げる。しかし、魔王は取り合う様子もなく、冷淡に言い放った。


「……フン。それだけ騒げる元気があるなら、自力で動けるだろう」


魔王はそのまま一度も振り返ることなく、スタスタと瓦礫の中へ歩き出した。


「おい、牛銀。いつまで寝ている、起きろ」


倒れている男の脇腹を、魔王は手加減なしに、しかしどこか信頼を込めた足つきで小突いた。


「……ッ!? 親方様、ここは……!?」


牛銀は弾かれたように跳ね起きると、状況を察した瞬間にその場に土下座した。


「親方様、申し訳ございません! せっかく現調(現地調査)を任せてくださったというのに、満足に終えることすらできず……。あまつさえ、親方様直々にご足労をいただくなど、職人として、漢として、合わせる顔がございません! この牛銀、死んでお詫びを申し上げます!」


泥と血にまみれた額を地面に擦りつけ、悲痛なまでの謝罪を口にする。彼にとって、魔王の期待を裏切り、手を煩わせたことは、死にも勝る屈辱であった。


その泥まみれの頭上へ、魔王の静かだが重みのある声が降る。


「……よい。面を上げろ」


魔王は、動かなくなった現場を見渡しながら言葉を継いだ。


「一度の失敗程度で、すべてを投げ出すな。失敗とは、そこから何を得るかだ。……失敗からしか学べぬことも、この世には確かにある。皆、過ちを幾度も繰り返し、それを血肉として成長していくのだ。失敗を恐れる必要はない」


牛銀が震える肩を止め、恐るおそる顔を上げる。魔王の瞳には、失望ではなく、厳格な師としての光が宿っていた。


「だが、勘違いはするなよ。……『失敗してもいい』『適当にやればいい』と、最初から慢心して泥を塗る奴を、俺様は断じて許さん。お前が全力で挑んだ結果の失態だ、今回だけは不問に処してやる」


それは、甘やかしではない。全力を尽くした職人の誇りを認め、次への糧にせよという、魔王なりの最大級の激励であった――



――その頃。

魔界の奥深く、静寂が支配する領地。

そこには、禍々しくも洗練された美しさを放つ玉座に、深く腰掛ける一人の男の姿があった。


鮮やかな赤のスーツを微塵の乱れもなく着こなし、その頭頂からは天を貫くような鋭い一角が伸びている。知性を湛えた眼鏡を指先でクイッと押し上げた彼は、慌てふためいて駆け込んできた部下を前に、不快そうに細い眉を寄せた。


しかし、報告を待つ彼に向けられたのは、耳を疑うような朗々とした声だった。


「皆さん、こんばんは。はい、ということで今週も始まりました。この一週間、私の声を心待ちにしてくださってありがとうございます。では、さっそく最初のコーナーに行きましょう。『ピエール様のお悩み相談室』!」


「…………気に入ったのかね?」


部下はピエールの冷ややかな視線を一切の私情を排して受け流し、プロのラジオパーソナリティさながらのトーンで、懐から一通の封筒を取り出した。


「……では、さっそくお便りをご紹介します。一人目はこの方、『アクセイ』さん。いつもお便りありがとう!」

「……あいつも、そのノリか」


二度目となるこの演出に、魔界屈指の知性派であるピエールはどこまでも冷静であった。部下は淡々と、かつ優雅な手つきでお便りを読み上げ始める。


「――『宝具を盗んだ奴を追いかけましたが、人界に逃げられました。あと、上司に任されていた城がほぼ壊れました……修理をお願いします』……とのことですが、ピエール様。このお悩み、いかがでしょうか?」

「…………そのノリのまま回答を求めるのか。……致し方ない、そのまま追わせろ。城はもういい。建て替える資金も惜しい、捨て置け」

「とのことです! アクセイさん、お悩みが解決できるといいですね」

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