38話「遂に魔王城から」
一筋の閃光が、すべてを白一色に塗り潰した。
次の瞬間、吹き荒れていた四属性の嵐が、紙細工のように真っ二つに切り裂かれる。爆風が瓦礫をさらい、大地がえぐれる。
――静寂。
その土煙を割って、漆黒のマントを翻した一人の男が静かに降り立つ。
右手に握られた魔導銃「マーク13」と、全身に纏った不遜なまでの威圧感。その背中は、絶望の淵に現れた不滅の壁そのものだった。
「待たせたな」
火の粉のような光の残滓が宙を舞い、白く焼けた視界がゆっくりと色を取り戻していく。
「あッ! まー君だ!」
それまで無慈悲な殺意を撒き散らしていたティアが、一転して無邪気な子供のような声を上げた。だが、魔王はその呼びかけにすぐには応じない。
視線だけを背後に向ける。そこには満身創痍の枝豆コーヒーと、彼女を庇って膝をつく牛銀の姿があった。
「……少し、遅れたか」
短く呟くと、魔王は再び正面の怪物へと向き直る。
「久しぶりだな、ティア」
ティアは楽しげに首をかしげ、小馬鹿にするように目を細めた。
「久しぶりだね、まー君。でも相変わらず、弱いままだね。魔力をほとんど感じないよ? 正直、そっちの二人の方がまだ面白かったかな」
試すような視線を向けられ、魔王はわずかに眉をひそめて思考を巡らせる。
(……エリザベスに魔力を込めてもらっていた弾丸は、五発。ここへの転移に一発、今のアホみたいな一撃に四発分。……残弾はゼロか……)
魔王の肩はわずかに上下していた。絶滅の一撃を相殺した代償は、決して軽くはない。漆黒のマントの奥で、彼の肉体は静かに悲鳴を上げ始めていた。
「まあ、いいや」
ティアは興味を失ったように肩をすくめる。
「まー君が来たところで、何も変わりはしないよ。――バイバイ」
無造作に振り上げられた手から、再び凝縮された魔力の質量が放たれた。迫り来る死の光。その刹那、魔王の瞳に冷徹な決意が宿る。
(……もったいぶっている場合ではないな。先代の角を削り、導力へと変えた『マーク12』。――使わせてもらうぞ、親父)
魔王は腰のホルスターから、もう一丁の銃を抜いた。
「じゃあな、親父」
だが、その銃口が向けられたのはティアではない。あろうことか、魔王は自らの胸元へと引き金を引き絞った。
――銃声。
直後、マーク12は眩い閃光と共に霧散し、魔王の体内から凄まじい魔力が爆発的に噴き上がった。
暴風が吹き荒れ、大地が軋み、空気が震える。天を突くほどの魔圧は、迫り来ていたティアの攻撃を影も形もなくかき消した。
(……これで本来の魔力を、八割方は取り戻せたか)
静かに息を吐き出す魔王。その圧倒的な再起を目の当たりにして、ティアは狂喜に満ちた笑みを浮かべた。
「いいね、最高だよ!」
ティアの赤い瞳が爛々と輝く。ほんの一瞬だけ大きく見開かれた。
そして次の瞬間、狂喜に満ちた笑みが弾ける。
「ねえ、昔のまー君に戻ったの?」
その問いに対し、魔王は不敵な笑みを返した。周囲を圧する冷たい魔圧を背負いながら、彼は静かに、だが絶対的な余裕を見せた声で告げる。
「さて。――今ここで大人しく帰るというのなら、今回だけは許してやろう」
「……ゆるす?」
ティアがその言葉を、反芻するように繰り返す。
首をかしげる彼女の瞳からは、先ほどまでの邪気のない「遊び」の熱が急速に引いていった。代わりに底知れない虚無と、静かに沸き立つような鋭い殺意がじわりと滲み出す。
「……なにを、かな?」
ティアが呟くと同時に、彼女の周囲に無数の魔力の球体が展開された。それは一つ一つが致命的な質量を持ち、唸りを上げて魔王へと殺到する。
だが、魔王は不敵な笑みを崩さない。
「つまり。この魔王たる俺様に、どこまでも抗うということでいいのだな?」
魔王が「マーク13」の銃口をティアへと向けた時、そこには既に、迫りくる魔力の塊は一つとして残っていなかった。目にも止まらぬ速射が、放たれた全ての弾幕を正確無比に撃ち落としていたのだ。
「……そうだよ! これだよ、私が望んでいたのは……ッ!」
ティアが妖しく笑う。その顔は、焦がれ続けた玩具をようやく手に入れた子供のような、歪な歓喜に満ちていた。
深紅に染まった瞳が深々と輝きを放ち、彼女の周囲では荒れ狂う魔力が奔流となって可視化され、大地を激しく揺るがしていく。
対する魔王の魔力は、対照的なほどに静かだった。
彼の周囲をたゆたう紫色の燐光は、どこまでも穏やかで、鏡面のように澄み渡っている。荒れ狂う嵐のただ中で、そこだけが別の法則に支配されているかのような、絶対的な静寂がそこにはあった。
「いくよ!まー君!」
弾かれたようにティアが駆け出した。同時に両手に魔力を収束させ、牽制の魔弾を矢継ぎ早に放つ。
魔王は動じない。即座に「マーク13」でそれらすべてを撃ち抜くと、残像を残して背後へと舞った。直後、魔王がいた場所にはティアの魔力を帯びた拳が叩きつけられ、大地に巨大なクレーターを穿つ。激しい地響きが戦場を揺らした。
空中に身を躍らせた魔王は、重力に抗うように浮遊したまま、銃口をティアへと固定する。
銃身に魔力が収束し、圧縮された高密度の魔力弾が放たれた。
ティアは即座に反応し、防護の魔力壁を展開する。しかし、魔王の放った一撃は、強固なはずの魔力壁が、まるで存在しないかのように貫かれた。
「――っ!?」
ティアの右手に着弾した瞬間、凝縮されていた魔力が暴力的にはじけ、凄まじい爆発が彼女を包み込んだ。
もうもうと立ち込める爆煙。だが、その中から響いてきたのは、苦悶ではなく歓喜に震える声だった。
「…………やっぱり強いね、まー君! おもしろい、本当におもしろいよ!」
煙を切り裂き、ティアが姿を現す。
右腕をだらりと下げ、皮膚は焼け焦げている。しかし、その顔に浮かんでいるのは、痛みなど忘れたかのような狂気に歪んだ笑みだった。彼女の視線が、魔王の背後――瓦礫の中で意識を失っている枝豆コーヒーへと向けられる。
「でも……まだだね。……ねえ、あのお姉さんを壊せば、まー君はもっと強くなるかな?かな?」
爛々と赤く輝く瞳が、獲物を定めた獣のように枝豆コーヒーを見つめた。その言葉には、親愛なる者への執着と、それを壊してでも最高の魔王を見たいという、純粋で壊れた欲望が宿っていた。




