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36話「代償」


「おい牛、まだ戦えるか?」


赤黒い魔力の奔流の中で、枝豆コーヒーは背後を振り返ることなく短く問うた。


「親方様から授かった斧は、あと一撃ならば……。だが、それは……」

「なら牛、お前は、その一撃に全力を注げ。私が隙を作る……私に合わせろ!」


覚醒した彼女の白い髪が、激しい魔力の余波に逆立って踊る。

枝豆コーヒーとティアの戦いは、もはや常人の目では追いきれないほど熾烈を極めていた。

手刀が空を裂くたびに、ティアが放つ属性の砲弾が「翁草」によって霧散し、爆風と閃光が夜の帳を何度も白く焼き潰す。それは、一秒の何分の一の狂いも許されない、命をチップにした極限の共同作業の始まりだった。


「……思い出した! それ、『魔力反転じゅつしき』ってやつだね! まー君が創ったやつと同じだね!」


何かに合点がいった様子で、ティアはスッキリとした表情を浮かべた。その間も、彼女の指先からは絶え間なく魔力の砲弾が降り注いでいるが、枝豆コーヒーはそのすべてを流麗な手刀でいなし続けていた。


「それね、まー君でも制御できなくて死にそうになってたやつだよ? お姉さんも、そのままだと死んじゃうよ?」


無邪気な忠告。しかしそれは、枝豆コーヒーが今まさに、自らの命をまきとして燃やし尽くしながら、かろうじてその圧倒的な力を振るっているという残酷な事実を突きつけていた。


(そんなことは、百も承知だ……。私がこの姿を維持できる時間は、あと二分も残っていない……)


枝豆コーヒーの肌の至るところから、過剰な「魔力反転」による負荷で血が噴き出し始めていた。しかし、彼女はその激痛を歯牙にもかけず、ただ獲物を仕留める一点のみを見据えてティアに肉薄する。


「六花無刀流、二の太刀——ひいらぎ


鋭い冬の刺のように放たれた手刀が、ティアの顔面へ一点に叩き込まれた。

「遊び」だったはずの戦場に刻まれた、初めての本格的な衝撃。ティアの瞳が驚愕に大きく見開かれ、その小さな体が後方へと激しく吹き飛ばされる。だが、枝豆コーヒーは止まらない。閃光のごとき速度で、逃がさぬよう追撃の体勢へ入った。


「逃さないわよ」


空中で無防備になったティアをさらに高く蹴り上げ、目にも留まらぬ連続体術が炸裂する。ついにティアの頬に苦悶の色が浮かび、重力に従って地面へと猛烈な勢いで叩き落とされた。


「牛ッ!!」

「親方様……すみません。これが俺の、最後で最高の——終局耐力しゅうきょくたいりょくだぁぁぁ!!」


牛銀が地に伏したティアへ、文字通り全生命を賭した一撃を振り下ろした。

爆発的な衝撃波が戦場を呑み込み、酷使され続けた「闇夜の斧」は、その役目を終えたかのように音を立てて粉々に砕け散る。

直後、光の中で牛銀の姿は元の巨漢へと戻り、そのまま糸が切れた人形のように意識を失った。

しかし、戦いはまだ終わっていない。

牛銀の「終局耐力」がティアを大地に縫い止めたその刹那、空中に残った枝豆コーヒーが、残された命の火花をすべて右手に集約させた。


「六花無刀流、奥義——竜胆りんどう


彼女の白い髪が逆立ち、赤黒い魔力が一点の光となって収束する。

その手刀は、もはや肉体という構造を超えた「純粋な破壊の概念」へと昇華されていた。大地へと沈み込むティアに向けて、逃げ場のない垂直の断罪が、天から一閃となって突き刺さる。


轟音と衝撃が収まった戦場に、枝豆コーヒーが静かに舞い降りた。


崩れ落ちた牛銀の隣に着地した彼女の体からは、代償としての血がポタポタと絶え間なく滴り、月光のような白髪は、力尽きたように元の金色へと戻っている。

しかし、その琥珀色の瞳だけは死に体とは思えぬほどに、極限の死闘を戦い抜いた者だけが辿り着く「恍惚」の光を湛えていた――



――その頃。


魔王城は、深い静寂に包まれていた。

窓から差し込む青白い月光が、ベッドで静かに眠る少女を照らしている。その薄い唇が、微かな震えと共に、途切れ途切れの言葉をこぼした。


「……エリスを……守って……」


祈りとも、別れの言葉とも取れるその寝言に、魔王は音もなく立ち上がった。

彼はそのまま、傍らに静置された「マーク12」の無機質な鋼の装甲を見つめる。

その瞳に宿っているのは、絶対者としての威厳ではない。大切な何かを失うことを恐れるような、深い不安と哀しみに満ちた眼差しだった。




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