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30話「魔王様と銃弾」


「違う! そこは三ミリ厚く塗れと言っただろう! 仕上げの美しさが全てを決める」


魔王城では、今日も魔王の指導の下で職人たちが鍛えられていた。


「ハッ! 申し訳ありません、親方様! すぐに塗り直します!」


残った部下たちは、牛銀たちに負けず劣らず熱心に指導されていた。平和な「リフォームの日常」がそこにはあった。だが、その平穏を切り裂くように、一人の部下が血相を変えて駆け込んできた。


「親方様っ! 大変です、エリザベス様が! エリザベス様が!」


魔王は作業服の袖で汗を拭いながら、どこか呑気に聞き返した。


「どうした? エリザベスが何かつまみ食いでもして喉に詰まらせたか? あの食いしん坊め……」

「いえ、エリザベス様が……倒れました……っ!」

「…………はっ?」


魔王は手に持っていた特製のコテを、床に落としたことさえ気づかなかった。乾き始めた漆喰の床にコテが虚しく響く。


「……どこだ。どこにいる」

「ぎ、玉座の間です! 突然⋯⋯」


魔王は返事も待たず、現場の足場を蹴るようにして走り出した。心臓の鼓動が、かつて無い程に激しく打ち鳴らされる。


玉座の間へ辿り着いた魔王の目に飛び込んできたのは、冷たい床に横たわる、小さな白い塊だった。


「エリザベス!」


魔王が駆け寄り、その体を抱き上げる。いつもなら「気安く触らないでください、魔王様」と毒づくはずの彼女は、ぴくりとも動かない。その体は驚くほど冷たくなっていた。


「⋯⋯まだ⋯⋯大丈夫⋯⋯だな」


魔王は、自分の手がかすかに震えていることに気づいた。


(……あいつの力が強まっている。誰かが封印を……二つ、いや三つ……解いたか)


「親方様……エリザベス様は……?」


不安げに、おずおずと覗き込む部下たち。魔王は彼らを射抜くような鋭い眼光で制した。


「……全員、聞け。俺様は部屋に戻る。何があっても、何が起きても……絶対に誰も入れるな!」


魔王は、ぐったりとしたエリザベスを抱えたまま自室へと消えていった。その背中からは、部下たちの前で見せていた余裕たっぷりの「親方」としての風情は完全に消え失せ、一人の焦燥に駆られた男の気配だけが漂っていた。

部屋のベッドにエリザベスをゆっくりと横たえ、魔王は静かに自身の魔力を流し込む。すると、白い子猫の姿が淡い光に包まれ、やがて白い髪、白い法衣を纏った少女の姿へと変わっていった。

魔王は躊躇いながらも少女の法衣の裾を少しだけ捲り上げ、その腹部を露わにする。

そこには、鋭い刃で刻まれたような痛々しい切傷があり、その傷口からは禍々しい紫色をした「虫」のような異形が、今にも溢れ出さんばかりに蠢いていた。しかし、その異形たちは目に見えない透明な障壁に阻まれ、辛うじてその場で堰き止められている。


「……やはり、活性化しているか……」


魔王は苦渋に満ちた表情で呟くと、腰のホルスターから愛銃『魔王銃マーク12』を抜き放ち、その銃口を少女の傷口へと真っ直ぐに構えた。

魔王の全身からは、かつてないほどの嫌な油汗が滝のように流れ落ちていた。


(⋯⋯このマーク12は「俺」の魔力を倍化する、これでしばらくは⋯⋯呪いの封印は維持出来る⋯⋯)


震える指先に全神経を集中させ、魔王は静かに引き金を引いた。


「⋯⋯すまない⋯⋯結局、俺には⋯⋯⋯」


――カチリ。


次の瞬間、静寂に包まれていた城内に、鋭く、重い弾丸音だけが激しく響き渡った。



一方その頃。

魔王城から遠く離れた西の領地――ティアの居城を守る門の前では、魔王城で起きている異変の事などつゆ知らず、門の前では、押し問答が繰り広げられていた。


「まて、お前ら! 何勝手に城の寸法を測り出してるんだ? ちょ、ちょっと待てって!」


衛兵が困惑と怒りの混ざった声を上げる。彼の目の前では、牛銀の部下たちが巨大なスケールを手に、城壁の隅から隅までをテキパキと這い回っていた。


「ん?……我ら『エリザベス工務店』は安心と丁寧、そして『迅速』を掲げている!」


牛銀は、スケールを腰の安全帯にカチリと差し直し、衛兵の鼻先に太い指を突きつけた。その表情は、まるで国家の存亡を賭けた軍議に臨む将軍のように厳かだ。


「お前は今、その『迅速』……つまり、我々から貴重な時間を奪うと言うのか? そもそも、我々は、お前達の主から要請を受けて、わざわざ遠路はるばる出向いてきたのだ。不備があれば仕事が遅れる。工期が遅れればティア様の御不興を買う。……お前に、その責任が取れるのか?」

「い、いや、それは……」


牛銀の放つ圧倒的な迷いのないプロの眼光に、衛兵たちは完全に気圧された。彼らにとって、牛銀の言葉はもはや単なる苦情ではなく、何か崇高な真理のようにさえ聞こえ始めていた。


「は、はいっ! どうぞお通りください!」


牛銀の放つ圧倒的な「職人の覇気」に当てられた衛兵たちは、もはや彼らを止めるどころか、まるで救世主を迎えるかのように左右に分かれて道を作った。一分前まで突きつけていた槍は、今や敬礼のポーズへと変わっている。


「よし、外周は完璧に測ったな! 次は城の中を調査する! 行くぞ」

「「「了解!!」」」


牛銀を先頭に、作業着を翻した職人集団が、堂々と城のメインホールへと足を踏み入れた。

だが、彼らがそこで目にしたのは、かつての栄華を誇ったであろう大広間の、あまりにも無残な姿だった。


「……牛銀様、見てください。あの天井、完全に穴が空いてます!」


部下が指差した先。本来なら豪華なシャンデリアが吊るされているはずの吹き抜けの天井には、まるで巨大な隕石でも貫通したかのような、歪な大穴がポッカリと口を開けていた。

そこから差し込む月光が、埃の舞うフロアを白く照らし出している。


「……雨漏りどころか、空が丸見えじゃないか」


牛銀は一歩、また一歩と穴の真下へ歩み寄った。床には砕け散った石材と、装飾用の漆喰が山積みになっている。彼はその破片の一つを拾い上げ、指先で粉々に砕いた。


「……これは経年劣化じゃないな。内側からの魔力による、破壊の痕跡だ⋯⋯今回は調査が目的なのだが、仕方あるまい。おい、お前ら! 養生シートを広げろ! 二次災害で瓦礫が落ちてきたら危険だ!仮設でもいい持ってきた道具で応急処置をする。寸法測るの忘れるな!」

「「「了解!!」」」


職人たちが手際よくブルーシートを広げ、立ち入り禁止のテープを張り巡らせる。その手際の良さは、まるでここが戦場ではなく「緊急工事現場」であることを全世界に宣言しているかのようだった。


「アクセイ様。あいつらです! 現場調査に来たと言う業者です。おい、お前ら! 待っていろと言っただろう、何勝手に作業を開始している!」


衛兵が慌てて割って入る。その背後から、凍てつくような威圧感を纏った女性、アクセイが冷ややかな足取りで姿を現した。


「……ピエールの部下から確認は取りました。良いでしょう、好きになさい。ただし、早急に直しなさい!」


アクセイの冷徹な一喝。だが、牛銀は彼女をチラリとも見ず、腰の道具袋からレーザー距離計を取り出し、大穴の縁に赤いドットを照射した。


「勿論だ。我々は迅速と丁寧がウリなんだ。今回はあくまでも調査に来ている。ただ、あの天井は雨漏りなんて生易しいモノではない。あの一角だけえぐり取られたような穴が空いている」


牛銀はレーザーの数値を手元の端末に記録しながら、淡々と、しかし有無を言わさない職人のトーンで続けた。


「とりあえず今出来る応急処置はするが、完全に修復するにはまだ時間が掛かる。その点を理解して頂けると助かる」

「……時間が掛かる? 私に不自由を強いるつもり?」


アクセイが不快そうに目を細めるが、牛銀は指先で天井の「えぐれた断面」を指し示した。


「奥様、見るといい。この断面、ただ壊れたんじゃねえ。内側から外側へ、魔力の衝撃が逃げ場を失って爆発したような痕跡だ。無理に塞げば、今度は別の場所が弾け飛ぶ。建物の流れを整えながら直さなきゃならねえんだ。……おい、お前ら! 1階ロビーの中央に仮設の支柱を立てろ! 天井の荷重を分散させるぞ!」

「「「了解!!」」」


ガシャン! と重い金属音が響き、魔法銀製の頑丈な支柱が次々と運び込まれる。

職人たちは慣れた手つきで、大穴の周囲を「落下防止ネット」で囲い、瓦礫が城内に落ちないよう完璧な養生を施していく。


「お母さん。なになに? なんか楽しそうなことしてるのぉ? 私もやるー!」


賑やかな金属音と怒号に惹かれて、ひょっこりと顔を出したのは、幼い顔立ちに似合わない真っ赤な瞳をギラギラと輝かせた少女――この領地の「動く天災」こと、ティアだった。


彼女の登場に、先ほどまで高圧的だったアクセイの表情が、一瞬で「厄介なものを見る目」へと変わる。周囲の衛兵たちは、天井の崩落よりも恐ろしい事態を察知し、一斉に数歩後退した。


「ティア、いけません。今はお仕事の話を……」


アクセイの制止を無視して、ティアはブルーシートを軽やかに飛び越えると、牛銀が立てたばかりの魔法銀製の支柱に興味津々で歩み寄った。


「わあ、かっこいい! これ叩いたらどうなるの? 壊していい?」


ティアがその小さな拳をぎゅっと握りしめた瞬間、周囲の空気がピリピリとした魔力で震えだす。


「お嬢さん。そいつは、この城がこれ以上お辞儀しないように踏ん張ってる『命綱』だ」


牛銀は、ティアから放たれる圧倒的な殺気……もとい「無邪気な破壊衝動」を真正面から受け流しながら、平然と彼女の前に立ちはだかった。


「壊していいかだって? 職人の前でそんなこと言っちゃいけねえな。せっかく綺麗に『現調』してんだ。壊すなら、俺たちが完璧に直した後にしな。その方が、壊し甲斐があるってもんだろ?」

「……えっ? 直した後の方が、もっと派手に壊せるの?」


ティアの真っ赤な瞳が、さらにキラキラと輝きを増した。破壊の専門家である彼女にとって、「より頑丈なものを壊す」という提案は、この上ない誘惑だった。


「約束だ。だが今は、俺たちの仕事の邪魔をしないのが条件だ。いいか、そこの黄色いテープは、約束のラインだと思っておけ」

「約束……。わかった! 私、いい子で見てる!」


ティアがその場にちょこんと座り込むのを見て、アクセイは信じられないものを見るような目で牛銀を見つめた。あの「天災」を、ただの言葉と現場のルールで手なずける男。


「……信じられない。ティアをあんなに簡単に……」

「奥様、現場じゃ子供も貴族も関係ない」


アクセイが呆然と立ち尽くす傍らで、現場には再びシュッ、シュッという規則的な音が響き始めた。牛銀が手際よく床に「墨出し」――つまり、修繕の基準となる真っ直ぐな線を引いていく音が響いていた。


そんなやり取りを、潜入隊アビスの面々は、光を屈折させ姿を消す「ステルス」を維持しながら、息を殺して観察していた。


「隊長。あの業者、いい仕事しますね……! お陰でアクセイの意識が完全に現場に釘付けだ。今、彼女の私室はガラ空きですよ」


部下の田中が、通信魔法で小声に囁く。彼の視線の先では、アクセイが牛銀の放つ「現場監督のオーラ」に圧倒され、背後の警備すら疎かになっていた。


「フッ、まさかリフォーム業者がこれほど完璧な陽動になるとはな。……よし、今がチャンスだ。行くぞ」


隊長の合図とともに、空気の揺らぎが音もなく移動を開始した。彼らの目的は、アクセイの私室の奥に隠された、勇者の遺物を起動するための「制御キー」の奪還。牛銀が「墨出し」で引いた真っ直ぐな線の上を、皮肉にも影の部下たちが音もなく横切っていく。

だが、その瞬間。

コンクリートの粉末を床に撒いていた牛銀の動きが、ピタリと止まった。


「……おい、そこ動くな」


低い、地這うような声。

アビスの隊長の心臓が跳ねた。完璧なステルス、気配遮断。魔力探知にも引っかからないはずの自分たちが、なぜ。


「……隊長、バレたのか!?」

「バカな、動くな。ブラフだ、ただの独り言に決まって……」

「おい。今、俺の引いた地墨を踏んだ奴……覚悟は出来てるか?」


牛銀がゆっくりと顔を上げ、連れてきた部下二人の方に顔を向けた。その手にはインパクトドライバーが握られていた。


「職人が魂込めて引いた基準線だぞ。そこを泥靴で汚すたぁ、いい度胸じゃねえか!」


牛銀が足元を指差すと、そこには本来何もないはずの空間に、不自然な「靴の跡」が、墨の粉によってクッキリと浮かび上がっていた。


「……チッ、バレたなら仕方ねえ! 田中、強行突破だ!」

「「「うおおおお!」」」


ステルスが解け、漆黒の戦闘服を纏ったアビスの面々が姿を現す。

平穏な「現調」の場が一転、一触即発の戦場へと塗り替えられた。


「なっ! 誰だお前ら!?」


牛銀は思わず目を見開いた。

彼はてっきり、墨出しの最中に不注意な動きをした「自分の部下」を叱り飛ばすつもりだったのだ。しかし、そこから現れたのは、見慣れた作業着姿の連中ではなく、全身を不気味な黒装束で包んだ謎の集団――アビスの面々だった。


ここまで読んでくれた方へ。

ありがとうございます。とても感謝です。 

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