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29話「牛銀とティア」

魔界の西側。

ティアの治める領地へと続く道は、遮るもののない広大な平原を貫いている。


「確か、西はティアとか言う奴が治めているんだったな。領地はこの辺りか。そこに我々が探している宝具がある。さて、そろそろ街も近い。ステルススーツの魔力の消費が馬鹿にならん、ここからは解除して進むぞ」


隊長と呼ばれた男が、空間の歪みから実体を表しながら厳かに告げる。……が、隣にいた隊員の田中は、とうの昔に姿を現して大きく欠伸をしていた。他の隊員達も田中に同調するように、うんうんと深く頷いている。


「てか、未だに解除してないの隊長だけですが?」

「……お前ら、軍規の乱れは心の乱れだぞ」


そんな緊迫感の欠如したやり取りを繰り広げる彼らの視線の先、突如として大地を揺らす蹄の音と、悲鳴のような叫びが響き渡った。


「「「やめられない、止まらないッ!!!(助けてくれ!!)」」」


彼らの横を猛烈な勢いで追い抜いていったのは、四頭立ての馬が白目を剥いて爆走する「エリザベス工務店」のロゴ入り馬車だった。

馬車の四隅には、『誠実施工』『迅速対応』と書かれた鮮やかなのぼり旗が立てられ、猛烈な風圧で千切れんばかりにバタバタと音を立てている。


「止まれッ! 止まっ……! お、親方様が造ってくれた、馬の蹄型『加速蹄一号』……なんと素晴らしい出来栄えだ。加速の伸びが物理法則を置き去りにしているッ!」

「牛銀様、感心している場合ではありません。止まりませんね、これ」


御者台では、牛銀がひん剥いた目で手綱を必死に引き絞っている。だが、当の馬たちは親方様(魔王)特製の『加速蹄一号』がもたらす極上の疾走感に酔いしれていた。彼らはもはや自身の意思では止まれない「加速の奴隷」と化し、止まれという制止すら「もっと飛ばせ」という解釈でトップスピードを維持している。


「隊長……今の……何だったんですか?」

「…………わからん。だが、あんな景気よく加速して死に急ぐ奴らを、私は他に知らんぞ」


潜入隊が戦慄する中、馬車はそのまま減速することなくティアの城門へと正面衝突——する直前、牛銀が喉を潰さんばかりに叫んだ。


「全員伏せろぉッ! ここが正念場だぁ!!」


ドォォォォォン!!!


轟音と共に重厚な城門が砕け散る。

砂塵を巻き上げ、街の中にある民家にまで突き刺さってようやく止まった馬車。


「……ふぅ。何とか止まりましたね……」


突如、隣にいた部下が殴られる。牛銀は煤まみれの顔で怒っていた。


「馬鹿野郎、人様の家を壊して『助かりましたね』は不謹慎だろう!」


「いてて……ひどいな牛銀様は。……止まりました、って言っただけじゃないですか」

「……ああ、そうか。すまん、はやとちりだったか」


牛銀は即座に丁寧に謝罪し、「後で必ずこの民家を無償で改修する」と住民に約束してその場を去った。その誠実な対応の裏で、城門の破壊音を聞きつけた住民たちが、武器や鍬を手に次々と集まってくる。


「なんだ、なんだ!? 敵襲か!?」

「城門が粉々だぞ! 新手の道場破りか!」


殺気立つ住民たち。しかし、彼らは瓦礫を綺麗にかき分け、城を目指して突き進む牛銀の背中を見て息を呑んだ。


「……あ、あれを見ろ! あれは、牛銀様じゃないか?」

「ということは、あの凄まじい勢いで門をぶち破ったのは……牛銀様!?」


住民たちの間に、戦慄と、それ以上の「期待」がさざなみのように広がっていく。この領地は今、ティアの母による苛烈な悪政に支配され、民草は喘いでいた。


「そうか……! ピエール様は、あの独裁政治を見かねて、ついに実力行使に牛銀様を派遣されたんだ!」

「あの馬車の旗を見ろ! 『誠実施工』『迅速対応』……! あれは、この腐りきった政治を迅速に叩き直し、誠実な世の中に作り替えるという、革命の合言葉なんだな!?」

「おおお! 城門を破壊したのは、圧政という名の壁を壊すという意思表示か!」


一方、その様子を遠巻きに見ていた潜入隊の田中は、静かに隊長を振り返った。


「隊長……あれ、絶対に革命じゃなくて『リフォーム』っすよね?」

「…………わからん。だが、あの男(牛銀)のカリスマ性だけは本物だ。だが、状況は悪くない、この騒ぎに紛れて我々は宝具を探すだけだ」

「そうっすね」


潜入隊が混乱に乗じて影に潜む中、牛銀一行は、破壊された城門を背に悠然と歩を進め、街の中心にそびえ立つ城の正面へとたどり着いた。


「ここが現場か」

「そうですね。現調……つまり我々の戦う相手」


牛銀が煤を払い、作業着の襟を正す。だが、その行く手を阻むように、城の衛兵たちが一斉に槍を突き出してきた。


「お前らだな! 門を破壊して入って来た、命知らずな奴等はっ!自ら飛び込んで来るとは⋯⋯ ここにはティア様が居るのだぞ! 死にたいのか!」

「そうだ! 今なら見逃してやろう! 門を壊した罪、その命で償う前にさっさと引き返すがいい!ここにはティア様が居るのだぞ!」


並の人間なら腰を抜かす殺気。だが、牛銀の瞳には恐怖など微塵もなかった。それどころか、彼は突きつけられた槍の「手入れの悪さ」に落胆したように鼻を鳴らす。


「……ふん。我々はティア殿に依頼されて来た。『エリザベス工務店』の者だ。本日ここへ参じたのは、城の雨漏りと隙間風の修繕に入るための、現地調査に来たのだが?」

「は? ……げんち、ちょうさ?」


衛兵たちが呆気に取られる。

血生臭い「革命」や「敵襲」を覚悟していた彼らにとって、あまりにも場違いな「実務的」な響き。


「お前らはピエールの差し向けた奴等では無いのか?」


リーダー格の衛兵が、疑り深い目で問いかける。現在、この城内ではピエール派とティアの母派が微妙な権力争いを繰り広げているのだ。だが、牛銀は「ピエール」という名前に、まるでピンとこない様子で首を傾げた。


「はて? ピエール……誰だ、それは?」

隣に控えていた部下が、驚いたように小声で補足する。


「牛銀様、俺たちの元・上司ですよ。魔王軍四天王の、あの細長い眼鏡のピエールですよ」


その言葉を聞いた瞬間、牛銀の顔から表情が消えた。彼はゆっくりと部下を振り返ると、地の底から響くような、重厚で有無を言わせぬ声で断じた。


「お前は何を言っている……。俺たちの上司は、これまでも、これからも……親方様ただ一人だ!」

「っ……!!」


部下は、牛銀が放つ「職人の矜持」を込めた覇気に気圧され、直立不動で震え上がった。そして、自らの過ちを悟ったように拳を握りしめ、涙ながらに叫び返した。


「……そうです! 俺たちの上司は親方様ただ一人でした! ピエールなんか、そんな名前の奴は知りません!!」

「うむ。分かればいい」

「………………」


その様子を間近で見ていた衛兵たちは、完全に置いてけぼりだった。

かつて所属していた知将ピエールを「知らん」と切り捨て、自分たちの上司は魔王だと言い張る、煤まみれの屈強な男たち。その異様な熱量と、一ミリも揺るがない瞳に、衛兵のリーダーは気圧された。


(……こ、こいつら、ただの職人じゃねえ。何かの狂信的な集団か、あるいは……)


殺気すらも「熱気」で押し流されてしまい、リーダー格の衛兵は突きつけていた槍を戸惑いながら下ろした。


「……分かった。とりあえず、上の者に確認してくる。……おい、お前ら、こいつらとか変な事しないか監視しておけよ。少し待ってろ!」


衛兵の一人が慌てて城内へと走り去っていく。

その背中を見送りながら、牛銀は待機時間を惜しむように、城の基礎部分にある亀裂を指先でなぞった。


「ふむ……地盤沈下か。あるいは、外側からの過度な魔力衝撃による構造疲労……。おい、スケールを出せ。待っている間に外周の寸法を取るぞ」

「了解です、牛銀様!」


殺気立っていた衛兵たちを余所に、牛銀一行は手際よくスケールを伸ばし、城壁の歪みを記録し始めた。そのプロフェッショナルな背中は、ここが敵地のど真ん中であることを完全に忘れているかのようだ。


そんなシュールな光景を、少し離れた巨木の上から、金髪の少女――枝豆コーヒーは足をぶらつかせながら楽しそうに眺めていた。その時、彼女のポケットでスマホが短く震える。


「……何かわかったの?」


端末の向こうから、冷徹な報告が響く。


『はっ。例のステルススーツの集団を特定しました。組織名は「アビス」。お嬢様が仰っていた通り、十年前の伝説の勇者の復活を掲げて活動している過激派のようです』

「なるほど。あのティアとか言う化物がいる。この領地に⋯⋯やはりここに何かあるんだね」

『……それともう一点。第一学園の学園長も、どうやらアビスと繋がっている線が濃厚です』


その報告を聞いた瞬間、彼女の瞳から遊びの色が消え、冷ややかな光が宿った。


「…………あの狸ジジイ。どうやら私の方が手のひらで踊らされていたみたいね。さて、人界の方も、随分とややこしくなってきたじゃない」


彼女はスマホを閉じると、城門の前で「この一ミリのズレは致命的だぞ!」と衛兵に説教を始めた牛銀を見下ろし、小さく笑った。


「魔王様がただのリフォームで終わらせるはずがないと思ったけど……リフォームを偽装しての国家転覆とアビスへの牽制を同時に狙っている なんて、さすが魔王様ですね」


彼女は手元のコーヒーを飲み干すと、音もなく木から飛び降りた。彼女の瞳には、工務店ののぼりが、魔界の秩序を塗り替える革命の旗印として映っていた。


一方その頃。

とある魔界の奥深く、西の領地の中心。

禍々しくも洗練された意匠の玉座に、一人の男が深く腰掛けていた。

男は鮮やかな赤いスーツを完璧に着こなし、頭部からは鋭い一角が天を突いている。知性を感じさせるメガネを指先でクイッと押し上げると、彼は目の前で平伏する部下の報告に、細い眉を寄せた。

魔王軍四天王の一人、ピエールである。


「……ピエール様、ティア様の領内に『エリザベス工務店』と名乗る者たちが到着した模様です」

「……ようやく来ましたか」


ピエールは深く安堵の溜息をついた。城の崩落は一刻を争う事態だ。


「はっ。私が電話して手配したのですが、ティア様の方に連絡するのを忘れてました!」

「…………」


ピエールの指が、ピクリと止まった。メガネの奥の瞳が、静かに部下を射抜く。


「……それは、大丈夫なのか。その工務店は……今、無事なのか? ティアが暴れていたりとか……彼ら、まだ生きてる?」

「ティア様の部下の方からこちらに連絡が来たので思い出しました!」

「なら、大丈夫なのかね……?」


ピエールの声がわずかに震える。あのティアだ。「遊び相手」が来たと勘違いして、工務店ごと城下町を消滅させていてもおかしくない。


「多分、大丈夫ですね。なんか門を破壊したり、一部で暴動が発生している様子ですが」

「問題ないなら大丈夫ですね……って、暴動!?」


ピエールは思わず玉座から立ち上がった。


(まさか……工務店はブラフか!? 真の狙いは、修繕を口実にした武力介入による西の領地の完全制圧……いや、ないか。無いな。ただの工務店がそんな事をしする筈も無い……。考えすぎか)


ピエールは震える手でメガネをクイッと押し戻し、必死に自分を落ち着かせた。


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