25話「魔王様と無能?」
「……」
『枝豆コーヒーか? 私だ』
「お久しぶりですね。何か急用でも?」
『至急、確認したいことがある。以前、貴様は報告していたな。――現在の魔王は救いようのない無能である、と。あの言葉、嘘ではないな?』
枝豆コーヒーは木の上で足を組み、ピエールの焦りを含んだ声を聴きながら、少しだけ感心したように目を細めた。
(へぇ。これは少しは勘付かれたかな……)
「ええ。先日申し上げた通りですよ。『魔王は無能』。その事実に変わりはありません」
『……なるほど。では、その魔王と『勇者育成高等学校』に裏の繋がりがあるという噂を聞いたことはないか?』
(あぁ、やっぱり。気づいてないね……ただの深読みしすぎて不安になった、エリートメガネの妄想かな)
彼女は内心で小さく失笑すると、冷徹な口調に戻した。
「ピエールさん。私が無償で情報を提供するお人好しだと思いますか? そちらの質問に答える前に、こちらの質問にも答えていただきたいのですが」
『……確かに、対価は必要だな。いいだろう、私が答えられる範囲であれば応じよう』
「では、お聞きします。先代の魔王――歴代最強とまで謳われた先代魔王が何故、命を落としたのか原因を教えてください」
刹那、通話の向こうでピエールが息を呑む気配がした。
『……フン、そんなことか。よかろう、私の知る事実を話してやる』
語られたのは、目を覆いたくなるほど凄惨な「最強の最期」だった。
十年前、突如として魔界を蹂躙した人界の侵略者――『伝説の勇者』とその一行。先代魔王は死闘の末に彼らを撃退したが、その際に受けた勇者の一撃が、すべての崩壊の始まりだったという。
『勇者が放ったその呪毒は、決して癒えることはなかった。身体が腐り落ちていく侵食に対し、あらゆる治療魔術も薬も無力。唯一、本人の莫大な魔力で強引に進行を遅らせることだけが、死を遠ざける術だった。……最強と呼ばれた男の魔力をもってしても、十年耐えるのが精一杯だったのだ。実に皮肉な末路だろう?』
その瞬間、彼女の脳裏に激しい衝撃が走った。
(お姉ちゃんは、あの時……『伝説の勇者』に⋯⋯。でも、お姉ちゃんは猫になって生きていた……)
強引に引き摺り出される、封印していたはずの記憶。
――視界が真っ赤に染まっている。
倒れ伏し、動かなくなった姉。その傍らで、涙に顔を歪める幼い少年がぼんやりと映る。
震える指先で姉の身体を抱き寄せ、血反吐を吐きながら彼は呻いていた。
『……間に合っ……か……こ⋯⋯呪⋯⋯い⋯⋯まだ……!』
ピエールの硬い声が、彼女を現実に引き戻す。
『おい……どうかしたか? 聴いているのか』
「……っ。……何の話、でしたっけ?」
『もう一度言おう。魔王と『学園勢力』に裏の繋がりがあるという噂についてだ』
「無いですね。……それより最後に一つだけ。十年前、先代の息子の傍らに、白い猫は居ましたか?」
『……詳しいな。確かにそれくらいだ、あいつが猫を飼い始めたのは。引きこもり始めたのもその時期だったか。今思えば、先代を失ったショックで塞ぎ込み、ペットに逃げたのかもしれんな。なるほど、その可能性は……つまり……』
「そ⋯⋯」
――ブツッ。
ピエールの推測を最後まで待つことなく、彼女は通話終了ボタンを押し込んだ。
森を吹き抜ける風が、熱を帯びた彼女の頬を撫でる。
彼女は震える手で、再びあの「猫の仮面」を顔に当てた。仮面を被り直し、立ち上がりる。
(⋯⋯魔王様⋯⋯『十年前』の事を聞いても魔王様⋯⋯貴方はきっと教えてくれないですよね⋯⋯)
一方、とある魔界の奥深く。
禍々しくも洗練された意匠の玉座で、ピエールは戦慄に震えていた。
鮮やかな赤いスーツを完璧に着こなし、知性の象徴であるメガネをクイッと押し上げた、その指先が。
――ツッ、ツッ、ツッ……。
無機質な切断音が、静まり返った執務室に空虚に響く。
「おい、応答しろ! 枝豆コーヒー! 聞こえているか、枝豆コーヒー!!」
呼びかけに応じる声はない。ピエールは手に持った魔導通信機を、信じられないものを見るかのように凝視した。その異様な様子に、傍らにいた部下が顔をこわばらせて駆け寄る。
「どうなさいましたか、ピエール様!」
「……不味い。不味いことになったぞ……。我々の動きを、完全に嗅ぎつけられた!」
ピエールの顔から血の気が引き、土気色に変わっていく。
「それは不味いですね!?」
「通信が……枝豆コーヒーとの回線が、強制的に遮断された。……ありえん、あの冷徹な彼女が、私との会話を途中で投げ出すはずがない。……おそらく、話の核心に触れた瞬間に⋯⋯そうだ!生徒会長の差し向けた刺客にやられた……あるいは、通信そのものを『消去』された可能性がある」
「そんな……! あの『枝豆コーヒー』を、瞬時に葬るほどの力が生徒会長に!?」
「間違いない。あの生徒会長には、我々の想像を絶する力があるのではないか!?」
ピエールはガタガタと震える手で、再びメガネを押し上げた。
その奥の瞳には、「生徒会長と言う名の怪物」への、拭いきれない恐怖が刻み込まれていた。
これで一章完結です。
こんな所まで読んで頂きありがとうございます。




