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24話「ピエール現る」

とある魔界の奥深く。

禍々しくも洗練された意匠の玉座に、一人の男が深く腰掛けていた。

男は鮮やかな赤いスーツを完璧に着こなし、頭部からは鋭い一角が天を突いている。尖った耳、全体的に浅黒い肌。知性を感じさせるメガネを指先でクイッと押し上げると、彼は目の前で平伏する部下の報告に、細い眉を寄せた。


「失敗だと? 馬鹿な……。あの『四天王』牛銀が負けたというのか?」

「はっ……。生徒会長と名乗る匿名の方からの報告によりますと、牛銀様率いる軍勢は全滅したと……」


報告を行う部下の声は震えていた。

牛銀といえば、魔界でも指折りの武闘派。数に物を言わせた突撃は、並の城など一瞬で粉砕するはずだったのだ。


「……全滅。……いや、ありえんな」


ピエールは玉座の肘掛けを指先で叩く。


「あの城には、もはや戦える兵など残っていないはず。魔王の息子は戦えない無能な雑魚。残っているのは、精々あのペットの白猫一匹のはずだ。牛銀が後れを取る要素など、どこにも――」

「それが……。全滅といっても、どうやら魔王城にたどり着く前に人界の学園勢力にやられた模様です」

「なんだと!? ……あの、『勇者育成高等学校』が動き出したというのか……っ!」


ピエールの動きが止まる。

魔界征服を狙う彼にとって、人界の若き精鋭が集うという噂の教育機関は、常に警戒すべき対象だった。


(あの厄介な能力であった。聖女(死霊魔術)は死んだ筈だ……それ以外はにもまだ切り札を隠していたのか……)


「捕虜になったということはないか? もし助け出せるものなら……」

「いえ、それが……。生徒会長と名乗る匿名の方からの報告によると、牛銀様とその部下は……一人残らず全滅したと……」


静寂。

ピエールの執務室に、何とも言えない奇妙な沈黙が流れる。


「…………。待て。君、さっきから誰の報告だと言っている?」


ピエールは再びメガネをクイッと上げた。その奥の瞳には、かつてないほどの混乱と、拭いきれない恐怖が宿っている。


「はっ。生徒会長と名乗る、匿名の方からの報告です」

「…………。誰だね、それは? そもそも匿名なのに役職を名乗っている。いや、それ以前にその『生徒会長』がなぜ我々の作戦の内情を完璧に把握しているんだ……?」


ピエールの背筋に、冷たいものが走る。

ピエールの脳内では今、恐るべきシナリオが完成しつつあった。

魔王城はすでに学園勢力と裏で手を組んでおり、その連絡役こそが「生徒会長」。

牛銀は魔王城を拝むことすら許されず、学園の精鋭たちに文字通り「消された」のだと。


「まさか……魔王の息子は、人界の学園を裏から操る『真の学園長』…………!?」


ピエールはそこまで口にして、一度言葉を止めた。

震える指先でメガネを押し上げ、深呼吸をする。


「……いや、有り得んな。あの男にそれほどの器があれば、魔界は誰もあの男を見捨ててないだろう。……フッ、よほど牛銀の敗北がショックだったと見える。私としたことが、らしくない深読みをしたものだ」

「そうですね……」


部下も安堵したように息を吐く。だが、ピエールは再び眉間に皺を寄せた。


「だが、もしそれが演技だとしたら……どうなる?」


部下が持っていた書類をバサリと床に落とし、驚愕の声を上げる。


「まさか!? そんな……あ、あの無能を絵に描いたような男が、魔界全土を欺く詐欺師だと仰るのですか!?」

「……いや、待て。あり得ん。あいつにそこまでの知略があるとは到底思えん。……よし、落ち着け。まずは情報の精度を上げる。以前、人界のスパイとして使っていた者に連絡をしろ! 確か――『枝豆コーヒー』とか言っていたな?」

「はい。了解しました。すぐに回線を繋ぎます」


ピエールはメガネをクイッと押し上げ、自分を納得させるように呟いた。


「そうだ。スパイからの生の声こそが真実だ。生徒会長だの学園勢力だのといった、出所の知れぬ匿名メールに踊らされる必要はない。枝豆コーヒー……。あの冷徹な暗殺者なら、魔王の情けない実態を報告してくれるはずだ。



一方その頃。

魔王城はかつてない活気に包まれていた。

かつて侵略の尖兵として恐れられた牛銀の部下たちは、今やヘルメットを被り、一心不乱に瓦礫を片付ける「魔王城大改修工兵団」へと変貌を遂げていた。


「おい、そこをもっと詰めろ! 玉座の間の扉の設置が最優先だと言っただろうが!」


現場監督を気取る小隊長が、汗を拭いながら怒鳴り声を上げる。しかし、資材を運んでいた部下の一人が、困り顔で首を傾げた。


「えっ……。でも、さっきエリザベス様が横を通りがかった際、『あの扉、どうせすぐボロボロになるし後でいいですよ』と仰ってましたが……」

「何だと!? なぜそれを、もっと早く報告せんか!!」


小隊長は一瞬だけ天を仰いだが、すぐに気を取り直して図面(殴り書き)をひっくり返した。


「よし、予定変更だ! 扉は後回しだ、エリザベス様のご意向を最優先し、代わりに外壁のヒビを埋める補修作業にかかれ! 」


「「「「ハッ!!」」」」


一糸乱れぬ唱和。

かつて略奪に明け暮れていた魔族たちは、不思議なほどに清々しい表情を浮かべ、再び金槌とコテを手に取った。

ピエールから見捨てられた絶望の果てに、彼らは「城のリフォーム」という新たな生きがい――そして、猫の気まぐれに従うという「平和な支配」を、心の底から楽しんでいた。


そんな城の喧騒を、少し離れた森の中、高い木の上から眺めている影があった。

ふわりと猫の仮面を外した「枝豆コーヒー」は、汗を流して働く元魔族兵たちを、どこか面白そうに、そして慈しむように見守っている。

その時、彼女のポケットでスマホが短く震えた。

表示された着信名――『ピエール』。

それを見た瞬間、彼女の唇が「ニヤリ」と綺麗な弧を描いて零れる。


「……ちょうどいいタイミングですね」


仮面の奥に隠されていた冷徹な暗殺者の瞳が、月明かりに妖しく輝いた。

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