23話「魔王様は……」
枝豆コーヒーこと「エリザベス二世」によって、徹底的な恐怖を魂に刻み込まれた牛銀たちの前に、魔王が静かに立ちはだかった。
先ほどまでのスマホ中毒者の面影は消え失せ、その身からは玉座の間を制圧するほどに濃密な、真の王者の覇気が溢れ出している――。少なくとも牛銀たちの目には、彼が巨大な光を背負った絶対者に映るほどの、圧倒的な虚勢を作り出していた。
「思い出せ。……そうだ、これこそが圧倒的な暴力という名の力の支配。古来より魔族とは、常に強者に挑み、敗れた者はそれに付き従う。そうやって時代を築いてきたのだ」
魔王は、膝をつき震える牛銀たちを冷徹に見下ろす。
「一つ問おう。果たして貴様たちが信じるピエールなる者は、本当に王たる器足り得るだろうか?」
「そ、それは……」
牛銀の言葉が詰まる。自分たちは「結束」を信じ、新たな魔界を作るために立ち上がったはずだった。だが、魔王の言葉は鋭利な刃となって、彼らが縋っていた拠り所をえぐり取っていく。
「友情、結束、信頼、だったか? 良いじゃないか、とても素晴らしいことだと思う。部下を想い、皆で協力して魔界を取り戻す。実に見事な理想だ。……だが、それがもし真実ならば、現状はどうだ? よく考えろ。貴様らは仮面の者に敗れ、痛み、苦しみ、そして今まさに殺されようとしているではないか」
魔王の言葉が一段と低く、重く響く。
「ピエールは何をしている? 貴様らがこれほどまでに傷つき、命の灯火が消えようとしているこの瞬間に、何故助けに来ない? 何故援軍の一兵すら派遣せぬ? ピエールにとって、貴様らはかけがえのない仲間ではなかったのか? 結束はどうした。……だが、今も尚、この瞬間にもピエールも援軍も現れはしない。――つまり、奴にとって貴様たちの命など、その程度の駒に過ぎぬということではないのか?」
「…………っ!!」
「貴様たちは、そんな口先だけの男に、本当に命を懸けて忠節を尽くす価値があるのだろうか?」
魔王の眼光が、牛銀の魂を直接射抜く。自分を捨て身で庇おうとした部下。一方で、自分たちが死の淵を彷徨っている今も現れない主君。その残酷な対比が、牛銀の忠誠心を音を立てて崩壊させていった。
「なら……俺たちは、これからどうすればいいんだ……」
牛銀とその部下たちは、ざわめき合った。行く先を失い、深い不安が彼らを支配する。その瞬間を、魔王は見逃さなかった。彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「ならば、俺様に仕えよ! なあに、悪いようにはせん。そうだな、まずは魔界征服から始めようか」
その言葉は、どん底の彼らに「新たな救い」という名の希望を与えた。
「わかりました。貴方に忠節を尽くします……陛下!!」
魔王の(ように見える)カリスマに魅せられたのか、牛銀たちは先ほどまでの絶望が嘘のように顔を輝かせた。「陛下!」「魔王様!!」と、玉座の間には新王の誕生を祝うかのような熱狂的な唱和が鳴り響く。牛銀に至っては、感極まって涙すら流していた。
……が、そんな異様な光景を、白猫のエリザベスは冷ややかな目で見つめていた。
(えっ? なんだか凄まじい展開になりましたけど、皆さん、本当にこれで良いんですか……?)
エリザベスの視線の先には、マントを翻し「王の威厳」を全身で表現している男の姿。
(魔王様、何もしていませんよね? ずっとスマホを弄っていただけですよね? それなのに、この『俺が全て解決した』と言わんばかりのドヤ顔。……なんか、無性に腹が立ちますね……)
一方、エリザベス二世(枝豆コーヒー)の解釈は真逆だった。
(これが、魔王様の人心掌握術……! なんという深謀遠慮。勉強になります!)
感銘を受け、魔王の背中に羨望の眼差しを向ける二世。
そんな中、魔王は内心で密かに、そして適当に考えていた。
(……なんか、場を繋いでたら勝手に配下になってしまった。まあ、いいか。人手は多いに越したことはない)
魔王はふいと振り返り、熱狂の余韻に浸る牛銀たちに向けて、重厚な声で告げた。
「よし、牛銀よ。貴様は今日から俺様の『護衛その二』に命じる。……残りの奴らは城の修繕に当たれ!」
「はっ! ありがたき幸せ! この牛銀、命に代えても陛下をお守りいたします!」
牛銀は、四天王の肩書きを惜しげもなく捨て、「護衛その二」という、明らかに「ついで」で付けられたような、絶妙にダサい役職を涙ながらに拝命した。巨体を震わせ、嗚咽を漏らしながら床を叩く姿は、まるで長年の悲願が叶った忠臣のようである。
「えっ!? そこ泣くところですか? 牛銀さん。魔王様、絶対に適当に付けましたよ?」
エリザベスの鋭いツッコミに、牛銀は顔を上げた。
「…………ッ!! エリザベス様は分かっていない! 陛下は……陛下は、この敗北者である私に役割を与えてくださったのだ! 陛下のお傍で、背中を守る名誉を!!」
「いや、でも『その二』ですよ……?」
「数字など関係ないのです! 陛下が私を視界に入れ、言葉をかけ、職を与えてくださった……それだけで、私は救われたのです!」
牛銀のあまりにも狂信的な表情に、エリザベスは思わず一歩後ずさった。その瞳には、感動を超えた「関わってはいけないタイプ」の輝きが宿っている。
「……そ、そうですか。牛銀さんがそこまで納得してるなら……いいですけど」
エリザベスは少しの恐怖を抱き、口を閉ざした。これ以上関われば、自分側の正気まで削り取られてしまうと本能が察知したからだ。




