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22話「牛銀の覚悟」

「一体……なんなのだ……この……変……」


 牛銀は、それ以上言葉を紡ぐことができなかった。

 恐怖のあまり顎が震え、舌が癒着したかのように動かない。目の前の仮面の少女――「エリザベス二世」から放たれる殺気が、もはや物理的な質量となって彼の心臓を握り潰していたからだ。

 だが、その沈黙を破ったのは、空気を読まない部下の一声だった。


「お、おい! 牛銀様があんなに怯えてらっしゃるぞ! あの変な……」

「――ッ!!!」


 その瞬間、玉座の間の温度がさらに数度下がったのを牛銀は肌で感じた。


(……馬鹿野郎! やめろ! それ以上は……それ以上は口にするなァ!!)


 牛銀は、剥き出しの殺気を背中で浴びながら、首が折れんばかりの勢いで部下を振り返った。その形相は、敵を威圧する時よりも遥かに悲壮感に満ち溢れている。


(ダメだ……言ってはいけないのだ。その先の『変な仮面』だけは……!)


 牛銀の眼光が「黙れ、死にたくなかったら黙れ!」と無言の絶叫を上げる。そのあまりの剣幕に、部下は「ひっ……!」と短い悲鳴を上げて口を塞いだ。

 広間に、重苦しい沈黙が流れる。

 ……安心するのも束の間、牛銀はハッと我に返り、冷や汗を滝のように流しながら自問した。


(ん? ……はて。……あれ? 今、俺が(脳内で)言ったよね……?)


 牛銀の顔がみるみる土気色に変わる。部下の失言を全力で阻止しようとした結果、自分の脳内であの言葉を叫んでしまった。しかも、この少女は先ほど、心の中の言葉すら正確にカウントしていたのだ。


(待てよ……やばい、『変な仮面』と一回余計に言ってしまったぁあ!うぉ! これも加算されるのか!?)


 四天王としての威厳はどこへやら、今の牛銀は「自分で自分を罠に嵌めた」絶望に震えていた。

 彼は恐る恐る、仮面の奥にある少女の「判定」を伺った。すると、少女は一切の迷いなく、死刑宣告にも等しい言葉を突きつけた。


「――有罪ですっ!」


 冷徹なギロチンの一撃。絶望に染まる牛銀の前に、一歩踏み出したのは先ほどの部下だった。


「待ってくれ! 素敵な仮面のねぇさん! ……すまない、どうか、俺の命で収めてくれないでしょうか!?」

「なっ……お前!?」


 牛銀が驚愕に見開く前で、部下は床に頭を激しく擦り付け、必死の土下座を繰り出した。


「牛銀様は、俺の失態を……俺の命を救うために、あんなに必死になってくれたんだ! こんな俺なんかのために、四天王としての誇りすら捨てて……! 悪いのは俺だ、俺の命を好きにしてくれ!!」


 その言葉に、牛銀の胸に熱いものが込み上げる。彼は部下の肩を掴むと、自らも少女の前に進み出た。


「やめろ……。悪いのは、部下の教育も満足にできず、心の中で禁句を叫んだ俺なのだ。……そうだ、素敵な仮面の姐さん。俺がこいつらを率いた責任がある。どうか、俺の命ひとつで、部下たちは助けてくれないか?」


 そこには、侵略者の姿はなかった。仲間を守り、泥を被ろうとする一人の「将」としての矜持。そして、一文字でも間違えたら即死という緊張感の中で、必死に絞り出された『素敵な仮面姐さん』という精一杯の賛辞。


「…………」


 仮面の奥の瞳が、じっと二人を見見据える。あまりの重圧に、牛銀たちは「素敵な……素敵な……」と呪文のように心の中で念じ続けた。


(…………なんか、いつの間にか私が悪いヤツみたいになってないです?)


 二世こと枝豆コーヒーは盛大に困惑していた。目の前では、巨大な男と兵士が涙ながらに自己犠牲の美談を繰り広げている。不法侵入してきたのは彼らだし、仮面を侮辱したのも彼らだ。それなのに、今の自分はまるで「仲睦まじい主従を引き裂く極悪非道な魔女」のようではないか。


(……まぁ、お姉ちゃんの前で本当に殺す気なんて、最初から一ミリも無かったので……いいですけどね)


 枝豆コーヒーは小さく息をつくと、玉座でスマホをいじっていた男の方を向いた。


「魔王様! あと、お願いしますね」

「えっ?」


 唐突に振られた魔王が、ポカンとした顔で画面から顔を上げる。だが、彼はすぐに状況を察したのか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「……まぁ、よかろう。丁度スマホの充電も少なくなってきたしな」


 魔王はスマホをポケットにしまい、重厚なコートを翻して立ち上がる。一歩、また一歩と歩み寄るその姿は、紛れもなく「世界の王」としての圧倒的な威容に満ちていた。


「ひっ……! 魔王……!」


 牛銀たちが再びそのプレッシャーに平伏する――その一方で。


「お姉ちゃん! 待たせちゃってごめんね、今すぐ最高のお茶をれますね!」


 先ほどまでの冷徹な暗殺者はどこへやら。枝豆コーヒーは、物理法則を無視した高速移動でエリザベスの元へと突進した。


「――ッ!?」


 だが、待っていたのは感動の抱擁ではなかった。白猫のエリザベスは、凄まじい殺気を放っていた「不審者」が猛スピードで迫ってくるのを見て、反射的に毛を逆立てた。


(な、なんですのこの不審者は!? さっきの恐ろしい殺気はどこへ……というか、来ないでくださいまし!!)


「フシューーーッ!!」

「お姉ちゃん、私です! 二世です! 嫌わないでぇぇ!!」


 差し出された二世の手を、エリザベスが鋭い猫パンチで迎撃する。魔王が背後で四天王を威圧している横で、妹の悲痛な叫びが空虚に響き渡った。

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