20話「魔王城強襲作戦」
感動の余韻に浸る暇など、この城には存在しなかった。
――ドゴォォォンッ!
もはや何度目か分からない爆音と共に、満身創痍だった魔王城の正門が、紙屑のようにひしゃげて吹き飛んだ。
「なんだ……まだ生きていたのか、魔王」
もうもうと立ち込める土煙の中から、地響きのような低い声が響く。そこに現れたのは、異形と呼ぶにふさわしい巨漢だった。頭部からは天を突く二本の禍々しい角が突き出し、鎧を内側から押し潰さんばかりの剛筋を誇る、圧倒的な暴力の化身。
「……誰だ、お前は」
魔王が低く問い返すと同時に、吹き飛んだ正門から、蟻の這い出る隙間もないほどに武装した魔族の兵士たちが雪崩込んできた。一糸乱れぬ動きで玉座の間を包囲していく部下たち。その数は数百を超えている。槍の穂先が、背後にいる仮面の少女と白猫を冷酷に指し示した。魔王は二人を背に隠すように、静かに一歩前へ踏み出す。
「フッ、この俺を知らぬとは。俺はピエール様が誇る魔界四天王の一人――『牛銀』である!」
牛銀は部下たちの中心で堂々と名乗りを上げると、これ見よがしにサイドチェストのポーズを決め、岩石のような大胸筋をピクピクと跳ねさせた。
「知らんな。随分と軍勢を引き連れて来たものだ。それで、この俺様に何か用か?」
「決まっている。ピエール様が正式に魔王を名乗る上で、貴様のような『先代の息子』は目障りなのだ。時代は変わった。ピエール様は魔界を一つに結束し、人界の連中を追い返すと宣言された。貴様は大人しく玉座を明け渡し――俺の『肉のサビ』となれ!」
魔王は不遜に口角を吊り上げ、鼻で笑った。その瞬間、玉座の間を支配する空気が物理的な重さを伴って膨れ上がる。兵士たちは、魔王から放たれる圧倒的な「圧」に圧され、一歩も踏み込めずに立ち往生した。
「魔族に結束など有り得ない。魔族にあるのは、ただ純粋な『暴力』のみ。オヤジもそうだった。言葉など不要、ただ圧倒的な力のみで頂点に君臨していたのだ。結束などと甘えた口を叩くそのピエールとやらの底も見えたな。……それに従っている貴様らの程度も、知れたというものだ」
絶対者としての、冷徹な宣戦布告。その場にいた全員が、魔王の威厳に喉を鳴らして凍りついた――。
――その時。
「…………(ツンツンッ)」
「ん?」
魔王の足元を、白猫の前足が無造作に叩いた。魔王が覇気を維持したまま視線を落とすと、そこにはいつものようにジト目で自分を見上げるエリザベスの姿があった。
「あの、魔王様。格好良いことを言っているつもりみたいですけど……今の魔王様がそれを言っても、何の説得力もないですよ?」
「…………何だと?」
「だって、魔王様が今一番熱を上げているのって、暴力じゃなくて『来週のメンテ明けのガチャ』じゃないですか。暴力で支配する前に、まずはそのスマホを置いてから仰ってください」
「……ぐっ、それは……それは別の話だ!」
霧散する緊迫感。部下たちの「スマホ中毒なの……?」という蔑みの視線が、物理的な槍よりも深く魔王の心臓を突き刺した。
(ぬっ、エリザベスめ……! あと一歩で連中をビビらせて帰宅させられる手応えがあったのに!)
ハッタリが通じぬならば、次なる策を披露するまで。魔王はコートの裾をバサリと翻し、右手を天に掲げた。
「――行け! エリザベス!」
「……は?」
深淵よりも深い困惑の声。エリザベスが呆れて前に出ようとした――その時。
「待った! お姉ちゃんと戦いたいのなら……新入りの私、『エリザベス二世』を倒してからにしてもらいましょうか!」
一歩前に躍り出たのは、猫の仮面を被った謎の女学生だった。
「……に、二世だと?」
あまりのネーミングセンスのなさに、牛銀の動きが止まった。
「……ちょっと、誰が貴女のお姉ちゃんですか。勝手に私の名前を使わないでください……」
当の「一世」からの容赦ないツッコミ。だが「二世」はその拒絶すら心地よさそうに受け止め、牛銀を手招きした。
「ふふっ、新人教育は厳しいですね。……さあ、そこの牛肉の塊。お姉ちゃんの手を煩わせるまでもないわ。この私が、一瞬で料理してあげる」
(……枝豆コーヒーなら大丈夫だろう!)
玉座の後ろでこっそりスマホの画面を開く魔王。だが、彼以外の全員が、「この場のカオスを加速させているのは、間違いなくあの魔王だ」と確信していた。




