1話「魔王様と勇者?」
とある魔王城の一室。
禍々しいはずの玉座の間には、今、重苦しい静寂だけが満ちていた。
幼き魔王は、あまりの静けさに耐えかねて声を荒らげる。
「おい、エリザベス! 何故、俺様の部下が一人もいないのだ!?」
問いかけられたのは、玉座の傍らで丸まっていた一匹の白猫だった。
猫は気怠げに首を上げ、琥珀色の瞳で魔王を冷ややかに見据えると、大きな欠伸を一つ。
「……魔王様が正式に魔王様となったので。皆様『次は俺が魔王だ!』と息巻いて、揃いも揃って出て行かれましたが?」
魔王は、まるで理解不能な言語を聞かされたかのような顔で固まった。
「……へっ?」
「ですから! 皆様、下剋上のチャンスだと言って、『新しい魔王チャンス』を求めて野に下ったんです。わかりましたか?」
「つまり……俺様の部下は?」
「私だけですよ。感謝してください。この私が残ってあげたんですから、さあ、いくらでも私を褒め称えてもいいんですよ?」
魔王はゆっくりと玉座から立ち上がった。その面持ちは、かつてないほど神妙である。
「なるほど……。ならば、この世界の誰が『最凶』であるか、身をもって分からせてやる必要があるな……」
「はぁ、そうですか……(面倒くさ……)」
エリザベスが心底どうでもよさそうに相槌を打った――その時だった。
重厚な魔王城の扉が、轟音と共に蹴破られた。
「見つけたぞ、魔王! 俺様の壮大なハーレム計画の礎として、貴様にはここで消えてもらう!」
そこに立っていたのは、直視できないほど眩い金色の鎧を身に纏った男。
どこからどう見ても、テンプレ通りの「勇者」であった。
「おい、エリザベス。……なんか変なのが来たぞ?」
「そうですね。これでもかと言うほど『勇者』という感じを詰め込んで来ましたね」
勇者は得意げに鼻を鳴らし、腰の聖剣を抜くと、切っ先を魔王へと突きつけた。
「フフッ、やはり気付いてしまったか! 隠しきれない僕の『ザ・勇者』オーラが溢れ出てしまっていたようだね! いやぁ、わかるよ、わかっちゃうよね!」
あまりに残念な言動に、猫は冷え切った視線を勇者に投げ、ぼそりと呟く。
「魔王様……。とんでもないバカが来ました……」
しかし、魔王は腕を組み、不敵な笑みを浮かべて高笑いした。
「クハハハハ! 来たか勇者よ! この魔王たる俺様と刃を交えたいというのなら、まずは俺様の部下であるエリザベスを倒してからにするのだな!」
魔王はビシィッ! と、やる気ゼロの白猫を力強く指差した。
「もし、万が一にも貴様がこのエリザベスに勝てたのなら、その時こそ俺様が直々に相手をしてやろうではないか!」
一国の主と、人類の希望。
その両方が揃いも揃って「頭が残念」という現実に、白猫は深い、深いため息を吐くのだった。
勇者は腹を抱えて、これ見よがしに爆笑する。
「……ぷっ、クハハハハ! いいだろう! そのエリザベス(ねこ)とやらを、この聖剣『スーパーエクスカリバー』で瞬殺してやろうではないかぁ!」
勇者が猫に向かって猛然と走り出す。
対する猫は、再び欠伸をしていた。
(うわぁ……。面倒くさいし、コイツ本当に勇者?)
「――『火炎球』」
刹那、爆音と共に視界が紅蓮に染まった。
勇者は驚愕した。自分に向かってくる火球が、およそ初級魔法とは呼べない「巨大な太陽」のようだったからだ。
あまりの速度、あまりの熱量。
回避不能の直撃を受けた勇者は、受け身一つ取れぬまま、魔王城の分厚い壁を数枚突き抜けて彼方へと吹き飛ばされた。
「……へぇ?」
今度は魔王の頭が「?」に支配された。
「よ……弱くないか? あいつは本当に勇者なのか?」
「さあ? 偽物だったんじゃないですか?」
魔王はマントを翻し、不遜な笑みを浮かべた。
「……まあよい。では行くぞ、エリザベス。逃げ出した不届きな部下どもに、誰が最凶か分からせてやる。全員ボコりに行くぞ!」




