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夕焼けの下で、もう一度

作者: ささくれ



   佐々木悠



「初めて見た時一目惚れして、直感で好きだと思いました。よかったら付き合ってください」

「ありがとう。唐突だね。でも、今はまだそこまで仲良くはないし難しいかな」

「そっか。そう、だよね。急にごめんね」

「ううん、大丈夫。じゃあまた明日ね」

「うん。また、明日」

 その日はところどころに雲があり、どちらかといえば快晴に位置する天気のようだった。


 僕は告白に失敗した。


 失敗だった。高嶺の花にはやっぱり手が届かない。自分との間にある溝が、ようやく深すぎたんだと理解した。

 できないってわかってたはずなのに、頭の中では一縷の望みは捨てきれずにいた。

(もしかしたら齋藤さんと付き合えるかもしれない。)


 あの人は目を奪われるほど綺麗だった。

 出会った時、言葉を失った。通った鼻筋、桜色の小さな口。少し細めただけで優しさが伝わる目。あの誰でも惹きつけてしまうような笑顔。声のトーン。速さ。萌葱色のカーディガンはその人の可愛さを存分に引き立てている。

 振られてもなお、僕は齋藤さんのことを諦められなかった。だからあれは、僕にとってとてもずるい出来事だと思った。あれがなければ────



 その日の空は、今にも雨が降り出しそうな、黒色に近い灰色の雲が広がっていた。

 今日も齋藤さんは可愛かった。

 そんな彼女と話すことができる機会を、たまたま得ることができた。その時は、浮かれた気分も相まって弾んだ声で会話していた。その会話中にその言葉は唐突に、赤子の頭を優しく撫でるようにそっと吐かれた。

「佐々木くんの優しいところとか好きなんだよね。声も聞いてて落ち着くし」

 あまりにもその言葉は唐突で、僕はただ狼狽してしまった。頭は中身が、全てくり抜かれたように真っ白になった。世界の翳りや曇りはなくなり、少し晴れた気がした。その時は。



 好きだって言ってくれたはずだ。確かにあの時好きだと。聞き間違いではないと思うが、齋藤さんが僕に振り向くことはなかった。

 空はより一層暗さを増していた。いつ、雷雨が起きてもおかしくないくらいの曇天を見ると、あの時を思い出してしまう。不思議とみんなの気分も、落ち込んでいるように見えた。

 齋藤さんは、いつもと変わらない溌剌とした笑顔で、場違いとも言える元気さを振り撒いていた。

 そんな笑顔を見た時、自分とは結ばれないんだと察した。

 もう諦めたいと思った。



   齋藤葉月



 本当に驚いた。佐々木くんから告白された。

 だが結果的に振ることとなってしまった。

 佐々木くんのことが気になっていなかったわけじゃない。何なら好きに傾いていた。だけどあの一言を聞いた時、その熱は僅かに冷めてしまった。



 もうその時は午後五時を回っていて、淡い水色からラベンダーのような紫、そして茜色へと綺麗なグラデーションが空を染めていた。

 学校が終わった満足感と達成感を漂わせたまま、校門をくぐっている人もいれば、気怠そうに部活動に顔を出す人もいた。そんな様子を窓から眺めていると、佐々木くんが来た。

「やっべやっべ。忘れるところだった」

「あ、佐々木くんじゃん。忘れ物?」少し、嬉しかった。焦っている姿で少し広めの額にかく汗は、夕陽に照らされて、星のように瞬いていた。

「そうそう忘れ物。ワーク忘れるところだった。齋藤は何してんの?」

「外眺めてた。家帰っても暇だし」

 本当は佐々木くんを探していた。あのどこまでも自分を謙遜して、卑下してしまうような雰囲気。自分が擁護してあげたいと思った。

「そっか。隣行っていい?」

「うん」

 多分私は自分の思いが先行しすぎたあまり、佐々木くんのことを少し考えれていなかったんだと思う。

「あ、高橋くんだ。一人なのかな」

「ほんとだ。俺あの人あんま好きじゃないんだよね。なんか見栄張ってるっていうか、態度でかいっていうか。そういうの嫌なんだよ」

 そういう言動が私は嫌いだった。高橋くんと佐々木くんはあまり仲良くない。

「私そういうの嫌なんだよね。偏見というか、その人のこと一面で判断する人っていうか。相手のこと少ししか知らないのに、その人全体を否定するの意味わかんないなって。佐々木くんもそういう考え方を持ってる人だったんだ。」

 言い過ぎた。でも気づいた時にはもう遅かった。

「え、ごめん。嫌な気分にさせちゃってごめん」

 違うの。いや違わないけど、佐々木くんを否定するつもりはないの。少し勘違いしてるって。

「じゃあまたね」

 だから違うの。

 でももう、遅かった。佐々木くんは私に背中を向けて、俯きながら教室を抜けた。

 殺風景な教室には、佐々木くんが落とした哀愁漂う影と、寂寥感が綺麗に噛み合って、ますます私を責めているようだった。

 本当はそういうつもりじゃなかった。佐々木くんが気になっていた。

 でも佐々木くんのあの台詞は、少し私を嫌いに近づけてしまった。



   佐々木悠



 告白から数日経った。

 齋藤さんは、みんなに溌剌とした癒しのような笑顔を振り撒いていた。

 未練は残るどころか濃くなっていた。

 何が良くなかったのか自分で考えた時、たくさんある中で一つだけ、スポットライトを照らされたように思い浮かんだ。

 自分が羨ましい高橋のことを少し悪く言った時、齋藤さんに正論をぶつけられた。あの時の齋藤さんの顔は、後悔しているようにも見えたが、それよりも自分への嫌悪が勝っていた。

 それが原因だと思う。もしかしたら違うかもしれないが、もう一回告白してみる価値はあると思う。

 だから、メールを送信した。

(今日、教室に残ってて欲しいです。)

 送った途端、不安は増加した。

 また失敗するかもしれない。

 それ以前に、嫌われているかもしれない。

 もう自分のことは好きじゃないのかもしれない。

 でも。

 それでもこのまま思い出にできるほど、自分は強くない。

 できる手は尽くして燃え尽きたい。



 それからは、ずっと不安で不安定なまま一日を終えた。

 メールの時点で断られる現実を受け止めたくなくて、メールを送ってからは携帯を開かなかった。

 とうとう放課後になり、クラスメイトも同じ学級の人も、ほとんどみんな帰宅した。皮肉にもあの時のような、夕焼けだった。綺麗なグラデーションが空に掛かっていた。

「えっと、佐々木くん?急に呼び出したりして、どうしたの?」



   齋藤葉月



「あのさ、齋藤さんにどうしても言いたいことがあって。本当に申し訳なかった、ごめん」

 驚いた。まさかあの告白を深刻に受け止めて、そこまで苦しんでいたとは。そこまで苦しませていたことを知って、申し訳なく感じた。

「別に告白のことなら気にしなくてい───」

「違うよ。今日みたいな空の時、僕は、齋藤さんが嫌うようなことを言ったんだよ。覚えてないかもしれないけど。あんまり高橋のことも知らないで、嫌味を言ってしまった。あの時の齋藤さんの顔を見た時、すごく申し訳なく感じた。もう、君に嫌われたと思った。本当に、嫌なことしてごめん」

「そんな昔のことはいいよ。私のあの時は言いすぎちゃった。ごめんね。つい感情的になっちゃって」

「大丈夫。でもあの時の齋藤さんの顔を見て、嫌いになったんだなって思った。それでも自分は、齋藤さんが好きだった。告白に失敗しても齋藤さんのことが諦められなかった」

 佐々木くんの顔は見えなかった。夕陽に照らされた後ろ姿だけが、私の目に映っていた。

 佐々木くんが振り向いた。顔は逆光で見えていなかったが、覚悟を決めているのだけはわかった。佐々木くんの手が、身体が微妙に震えていた。

「齋藤さん」

「大丈夫?震えてるけ───」

「好きだ。僕と付き合って欲しい。ダメかもしれないけど、もう一度君に伝えたかったんだ」

 また、驚かされた。まさか二回目の告白を受けるとは思わなかった。

 逡巡した。正直なところ、佐々木くんのことを一回振っているという事実に、後悔を覚えている。そして、そこから気まずさも引き摺っている。

 でも、もう後悔をしたくない。

 佐々木くんは自分の過去と向き合って、反省して、また心を入れ替えてここに立っている。でも私は、後悔だけを引き摺って、気まずいからと、過去から目を背けてきた。

 やっぱり佐々木くんは凄いと思った。心から尊敬すべき人物だと思った。そして、佐々木くんからはこれからも、学べることがたくさんあると思った。同時に、一緒にいたいと思った。

 だから────


「いいよ。付き合いたい」


 本音をそのまま吐露した。

 多分これで後悔は無くなると思う。



   佐々木悠



「え、いいの?」

「うん。いいよ」

 本当に嬉しくて嬉しくて堪らなかった。齋藤さんが告白を了承してくれると、それ以前に自分の話に耳を傾けてくれると思っていなかった。

「ありがと。実は高橋のこと愚痴っちゃった後さ、高橋に謝ったんだよね。齋藤さんにも怒られたし、なんか申し訳なくて。高橋はさ、笑って許してくれたし、何ならもっと仲良くなれたんだ。」

「そうなんだ。なんかそういうところ素直だよね。好きだよ素直なところ。」


 僕の頬は紅潮していたと思う。何故か同時に目頭も熱くなった。

 



 胸の奥にじんわりと熱を帯びていた。



 反射でよく見えなかったけど、佐々木くんの頬は一筋の静かな跡が光っていた。

 私たちは閑散とした教室の中で、胸に残る想いを抱えたまま、ようやく重なった気持ちに照れて、静かに目を伏せていた。

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