あなたの死因をお伝えします。
「どうせまた、それで死ぬんでしょ?」
陽斗がスマホの画面を覗き込むなり噴き出した。昼下がりのゆるく沈んだ教室、窓際の席で葵は小さく笑い、画面に指を滑らせる。
──あなたの死因をお伝えします──
「ユーレイボックス」。SNSで噂になっている都市伝説系チャットAI。匿名で送った質問に、死因を“予言”してくれるらしい。真偽はともかく、クラスではちょっとしたブームだ。どうせ適当に生成されるだけ、と誰もが高を括っていた。
「私の死因は何ですか?」
送信ボタンを押すや否や、数秒で通知が返る。
──あなたの死因は「落雷」です。3日以内にご注意ください。
「え、嘘、早っ。ていうか落雷って……」
冗談まじりに口にしたはずが、喉の奥がすうっと冷えた。教室にはいつもの喧騒が流れ、生徒たちはそれぞれスマホをいじったり、笑い声を交わしている。廊下からは部活の掛け声。変わらない放課後の風景。
――ただ、その十文字だけが、確かに指先を震わせていた。
「3日……あと2日でテスト終わるのに、死因が嵐の一撃とか笑うしかない」
「タイミングよすぎだろ。天気予報くらい確認してから出してこいよ、AI」
陽斗が肩をすくめる。それで会話は終わるはずだった。
ただの遊び。最初は、たったそれだけのつもりだった。
最初に死んだのは、夏帆だった。
ツイッターに「私の死因なんて、どうせ交通事故とかでしょw」と冗談半分のスクリーンショットを上げていたあの子。夕暮れ前、信号を無視したトラックに轢かれた。ニュースは、ブレーキの故障が原因だと報じたけれど、それを信じる者はいなかった。
同じ日、別のクラスの翔太が予言どおりに「溺死」した。風呂場で意識を失って、そのまま。苦しすぎる偶然に、誰もが言葉を失った。
そして三人目、水野。通知に書かれた「窒息」の死因と同じく、昼休みに購買のパンを詰まらせて亡くなった。
空気が変わったのは、それからだった。
教師は何食わぬ顔で日常を続け、生徒たちだけが怯え始めた。いたるところで、ひそやかにスマホを見せ合っては、その画面に浮かぶ「死因」を囁き合う。まるで呪文のように、あるいは秘密の契約のように、ただ、静かに恐れながら。
「ほんとに……落雷、ないよね?」
帰宅途中、葵は不安を打ち消すように天気アプリを開いた。雷注意報は出ていない。空は一面の青、雲すら浮かばない。
けれど、ひたりと首筋を這う気配だけが、確かにあった。目に見えない“なにか”が、雲間からこちらを狙っている錯覚。
「……ユーレイボックス」
再びサイトを開く。予言を変えられないか、あるいは、少しでも真実に近づけないかという期待が、指を動かす。
「なぜ、死因がわかるの?」
打ち込むと、返ってきたのは一行。
──私は見届け人。あなた方の問いで、死が始まるのです。
「ふざけてる……ゲームみたいに言わないでよ」
思わずスマホを机に叩き落としそうになるが、静かに画面に浮かんでいたもう一文が、視界を奪った。
──“落雷”は、電気の雷とは限りません──
その言葉が、心の奥底で何かを弾いた。
葵は、かつてユーレイボックスを開発したとされる人物を探し、SNSの過去ログをひたすらに遡った。辿りついたのは、3年前に「学校のいじめで壊れた」と投稿していた無名のプログラマーの記録。実名は伏せられていたが、コメント欄の一言が引っかかる。
〈本当に死ぬようなAIだったら、どうする?って言ったの、君だよね?〉
何かが痩せた黒い糸となって、足元に絡みつく感覚。
"落雷は人為的なものかもしれない"――その考えが、脳裏でじりじりと膨らんでいく。
3日目の放課後。
帰宅のために信号で立ち止まったとき、背中で靴音が近づく。その足音に、言葉のような予感が混じっていた。
――来る。
振り返った刹那、誰かの腕が彼女の背を押した。強引な力。風を切る音。だが、葵は咄嗟に身を捻り、アスファルトに転がった。
次の瞬間、轟音。
電柱が崩れ落ちた。数メートル先、まさに彼女が立っていた地点。折れた電柱の鉄骨が、地面に火花を散らす。
あと一歩、ずれていれば。稲妻のような重量が、葵の身体を貫いていた。
逃げていく足音――そしてその背中。
陽斗だった。
その目は何かを信じすぎた者の色をしていた。信仰か、確信か、あるいは……
その夜、「ユーレイボックス」は沈黙した。
サイトは閉鎖され、リンクは消え、過去のログにもアクセスできなくなった。SNSでは「またひとつ都市伝説が終わった」と話題になり、それきり忘れ去られてゆく。
だが、葵の手元には、あの日のスマホがまだある。裏面は傷だらけ、それでも、その衝撃と崩落を記録した映像が残されている。
そしてログの最終行には、こう記されていた。
──あなたの死因「落雷」は回避されました──
──次の見届け人、選定中──
スマホの画面が、ほんの一瞬、青白くまたたいた。まるでその輝きが、掌の熱をひそやかに奪っていくように。




