リツ&ルイまたはジーンの場合
「おいおい、どうするんだよ?」
後から騒ぎを知って駆けつけたストラスは、いつにも増して不機嫌そうな主と困り顔のリツ、縮こまるルイの三人と向き合っていた。泣いて半狂乱になった六季をなだめたのは意外なことに成瀬だった。成瀬が雪豹の姿になって現れると、動物好きな六季はすっかり魅了されて、そのまま成瀬に寄りかかって眠ってしまった。
「だって…あぁでも言わないと…ムツキは…僕のことを諦めてくれないから…」
「やれやれ伊集院家の教育はどうなっているんだ?養子とはいえ、兄弟同士でもそういった関係を強要されていたのか?」
ジーンが深いため息をつく。ルイは気まずそうに小さく頷いた。
「…兄と僕もそうしないと罰を受けるから…そういうのを日常的に見せられて育ったムツキはそれが当然って思い込んでいるところがあって…正直なところ…離れてホッとしてたんだ…嫌いな訳じゃないけど、そういう対象にはさすがに見れない…だってムツキは十歳だよ?」
「すまなかったな。そこまで考えが及ばず気軽に預かってしまって」
珍しくジーンがルイに謝罪したのでリツはぽかんとしてしまった。
「もっと六季の情報も集めておくべきだったな。カウンセラーの話では落ち着いているという話だったから、ここまで中身が拗れているとは思っていなかった…何だ?リツは間の抜けた顔をして。仕方ない、しばらくはリツを貸しておくから厄除けにでも使うといい」
「…はい?厄除け?」
悪魔の口から厄除けなどという思いがけない単語が飛び出し、リツの意思とは無関係に話が進んでゆく。その間にリツはルイと交際中という立ち位置にされてしまった。思えば清葉学園でそんなフリをしていたこともあったが、その時のリツは男子だった。だが今は女性だ。そんな自分相手にルイがフリなどできるのだろうか、と思っていたがルイは意外なことを言ってきた。
「確かに恋愛感情とは少し違うけど、僕が使い魔になってもいいかなってくらい人として…?ん?悪魔として…?なのかな?まぁ、とりあえずリツのことが大好きなのは本当だから、ムツキには嘘をついた訳じゃないよ。性的対象としてのベクトルはストラスに向いてるし、悪魔として尊敬してるのはストラスだけど、それとこれとはまた次元が違うっていうか…うーん、だんだん自信なくなってきたな。そこって厳密に分ける必要ある?リツとなら余裕でキスできそう」
何だか会社でもキスがどうのと言っていた気がする、とリツは半ば諦めてストラスの顔を見上げた。リツと目の合ったストラスは相変わらず優しい目を向けてくる。何を考えているのかさっぱり分からない。
「俺だってまぁ、人助け程度のキスで目くじらを立てたりはしませんよ。だいたいルイはエストリエから魔力を貰うキスは受け入れてるんだから、それに対して不快感を顕にするのは、むしろ主の方なんじゃないですか?」
「絶妙なタイミングで嫌なことを言うな…」
「いつだったかの、お返しですよ」
ふふんとストラスは笑う。ジーンは不機嫌そうな表情のままルイを手招いた。よく分からないままに近付いたルイは唐突にジーンに唇を奪われる。
「はぇっ…!?」
思わず間抜けな声を上げたのはリツで、ジーンは次の瞬間にはルイと熱心とも思えるほどの深い口付けを交わしていた。やけに長い。ようやく唇を離したジーンは事もなげに言った。
「…ケビンの魔力の気配は少し特殊だからな。リツに触れて悪影響が出ると困るから先に吸い取っておいた…リツ?さっきから、なんなんだ、その顔は。お前の方が動揺しているだろう。まったく。ルイが本当に使い魔になったら、この程度のことは日常でも必要になる場合があるんだ。今からでも練習しておくといい。少し多めに魔力を吸い取ったから、リツが補充しないとルイは倒れるぞ?ストラスは手を出すな。そろそろ六季も目覚めてリビングに降りてくる頃だろう…」
「…ジーンの意地悪!」
だが、本当に目の前のルイはみるみるうちに顔色が悪くなり、最後にはリツに倒れかかって抱きついてきた。
「だって…悪魔だもん…このくらいは当然…するよ」
息も絶え絶えのルイをよそに、ジーンとストラスは素知らぬフリでキッチンへと移動し、とうの昔にアホらしいと言わんばかりに離脱して一人優雅にアイスクリームを食べていたエストリエの元に合流すると酒を飲み始めた。
「ギリギリまで…待って」
リツの耳元でルイが囁く。カチャリと小さな音が響いてドアが開く前に二人はお互いを抱きしめ合ってキスをし始めた。成瀬が何か言う声が聞こえたが、途中で六季の息を飲む音がやけに大きくリビングに響いた。再び泣き出した声と共に軽い足音が遠ざかったが、ルイはまだ魔力不足で唇を離さなかった。やがて唇の間に舌が入り込み、リツは動揺したがルイは止めなかった。リツはそのままソファーに押し倒される。教室で冬馬の中にいる佐伯凛に言われてリツが自らしたキスとルイのそれとは種類が全く違った。リツはルイの欲望を感じた。少し唇が離れた隙にやっとのことで目を開けると予想外なことに、やけに男の顔をしたルイがリツを見下ろしていた。
(リツの魔力…すごく…気持ちいい…)
いつになく熱を帯びたルイの声が脳内に響く。
(ルイ…ちょっと…待って…)
(待たない…もっと欲しい…ちょうだい…)
再び唇が重なる。だがソファーの上から大人の悪魔たちが顔を覗かせて、ストラスの手がルイをもぎ取るように、ひょいと抱き上げるのが見えた。
「リツからそれ以上奪うのはダメだ。俺にしときな。ルイがどっちもいけるとはちょっと意外な発見だったけどな。少し縛った俺の影響が出たかな…」
ルイの頭を撫でながらストラスはゲストルームの方へと歩み去る。
「…ジーン…」
一方でソファーに倒れ込んだままのリツを上から見下ろしたジーンは眉を上げた。怒っている訳ではなさそうだが、呆れられている可能性は十分にあるとリツは思って顔を覆う。身体が妙に熱い。ルイの目を見て少し困惑してもいた。頭がぼんやりする。
「お前はルイが相手だと流されるのか…虫除けの魔法陣も本人が受け入れると効果が出ない訳か。まったく…これだから目が離せないんだ。まぁ…ルイも悪魔として日々成長しているから、あれに魅せられるのはある意味、悪魔としては健全な反応とも言えるな」
ジーンはリツを抱き起こして、そのまま静かに抱きしめる。エストリエがコップに入った何かを差し出してきた。
「単なる水よ。でも飲んでおいた方がいいわ。ルイと口付けをしたら興奮しやすくなるのよ。最近ね。その手の力を使えるようになったのは。今のうちに胃に流してしまえば大丈夫」
リツは慌ててゴクゴクと水を飲んだ。少し経つと、一瞬でも相手が欲しいと渇望するように思った感覚は遠のいていった。いつの間に?炎の精霊だからなのか、相手からも熱を引き出すのがうまい。
「弟がキスして欲しいとせがんでくる、ってルイが言ってたことがあったのよ。あの子のことだったのね。今のルイとキスしたら、それこそ取り返しのつかないことになるわ。だから今回はこれが最善とはいかないまでも、皆が妥協できる着地点よね」
エストリエは二人が消えたゲストルームの方をちらりと見た。
「第二夫人や愛人って、いたらどんな感覚なのかしら、自分は許せないに違いないって思っていたけれど、ルイだと不思議とそういう感情にはならないのよね。それは多分私もルイのことを愛しているからなんだと思うわ」
エストリエは微笑んだ。ジーンの腕の中でエストリエを見上げながら、リツは敵わないなぁとひっそりと思った。この家で誰よりも強いのはエストリエなのかもしれない、そんなことを思いながらリツはそっと目を閉じた。




