ルイ&ムツキの場合
本日の業務もようやく無事に終わるかという時間帯に常務室の内線が鳴って、リツはやや身構えつつ受話器を取った。
「代表に喫茶楽園のマスターと名乗る方から常務にお電話が入っていますが…お断りしますか?」
慌ててリツは不審な電話ではないことを伝えて電話に出る。するとマスターであるガブリエルの少し慌てた声が聞こえた。
「ちょーっと立て込んじゃってて、悪いんだけど一人子どもを預かってくれないかな?」
「えっ?それって六季くんですか?はい、少し待ってください、ジーンに確認するので」
ルイの弟の六季を預かって良いかと伝えると案外あっさりとジーンは了解した。子ども好きには到底見えないのに意外だとリツは思いつつ、十分後に喫茶楽園へ向かうと告げる。こういうとき都心のビルにもちゃっかり出店していてくれていて助かったと思った。ジーンと共に目と鼻の先と言えるくらい近距離のビルに向かうと、喫茶楽園のプレートをガブリエルが外すところだった。夜は別のオーナーがバーを経営している。そうしてガブリエルの隣にはランドセルを背負った少年がやや警戒した表情で立っていた。
「…ホントに…ルイ兄ちゃんの知り合いなの?」
ジーンとリツとを交互に見て六季は胡散臭いと言わんばかりの顔付きになる。色白の可愛らしい顔立ちが台無しだ。同時にかつて彼がいた伊集院家の家長の性的嗜好が垣間見えてしまいリツは複雑な心境になった。
「あぁ、本当だよ。私はジーン・フォスター。彼女はリツ。疑うならビデオ通話でもしてみるかい?」
少年は頷く。わずかな保留音の後にルイが出たが、その後ろにはケビンまでが映り込んでいた。
「あれ?えっ?ムツキなの?びっくりした。どうしたの?」
「なんだ?えー弟?可愛いじゃん」
六季は無言のまま、ジーンにスマホを突き返す。ジーンは二言三言喋って電話を切った。
「…誰?あいつ。兄ちゃん…ホントにロクでもないんだから…僕には品行方正でいろって言うくせに」
ガブリエルはそんな六季の頭をくしゃりと撫でて言った。
「六季はいい子だよ。たまにはハメ外してこい。んじゃ、ま、頼んだわ」
それでもやや不安そうな六季だったが、駐車場に着いてジーンの車を見るなり目を輝かせた。ケージを持った成瀬が慌ててエレベーターから降りてくるのが見える。
「すみません、遅くなりました」
「いや、今戻ったばかりだから大丈夫だ。ルイの弟の六季だ。こっちは同じ会社の成瀬くん。ケージもあるので少し狭いが二人とも後部座席に乗ってくれ」
だが六季は細かったので狭いと感じることもなく乗り込むことができた。六季はケージの中の瀬尾に興味津々だった。
「僕もね最近、ハムスターを二匹飼い始めたんだ!可愛いんだよ」
成瀬が、そうなんだ、と必死に子どもに嫌われないトーンで会話しているのを聞きながら、リツはそのハムスターの正体を知っているだけに、微妙な表情になってしまった。ジーンが珍しくラジオをつける。毒舌キャラでテレビでも見掛ける、札付き転生者の男性の独特な話口調が飛び込んできた。
『結局さ、札付き転生者が悪いって世間では言われがちだけど、本当のところはどうなのかなんて誰も分からない話じゃん。俺はむしろ希望転生者の方がたちが悪いって思う訳よ。だって元の世界から自ら望んで逃げ出してんのが希望転生者な訳で、それでいくと一番気の毒なのは無希望転生者なんじゃないかなって思う訳。彼らは巻き込まれちゃって訳も分からずこっちに飛ばされてるから。だからさ、何が言いたいかって言うと、異世界転生撲滅を声高に叫ぶ連中ってさ、札付き転生者を真っ先に元の世界に追放しろって言いがちじゃん。違うのよ。まずは無希望転生者を早く元の世界に返してあげるのが先で、それから希望転生者の受け入れを全面拒否しつつ、札付き転生者をちゃんと回収しに来てる異世界の連中に引き渡してゆく、この流れでやっていくべきなんじゃないかと俺は思ってる…』
ラジオに耳を傾けていた六季が頬を膨らませた。
「でもさ、じゃあいくら待っても回収しに来ない異世界の札付き転生者はどうすりゃいいのって話だよね…リキトさんと一緒にいたら、ちょっとずつ思い出したことがあるんです。僕のいた世界は戦争で、もうなくなってる気がしていて…」
六季は座り心地のよいシートに埋もれた状態でランドセルを抱えていた。
「…ここにいるのって…みんな転生者なんですか…?いや…フォスターさんは違う…?リキトさんと少し似た気配がするから…」
天使に似ていると言われた悪魔はやや意外そうな顔をしたが、おもむろに口を開いて告げた。
「六季くん、君はルイに会ったら多分以前とは違う気配になったと感じると思う。だがそれはルイが自分自身で選択した結果だ。誰かが無理矢理そうした訳じゃないということを、どうか理解してほしい」
「え…?何?そんな風に言われるとちょっと怖いんですけど」
「僕も…自分の意思で選択しました。その結果今があります」
成瀬が口を開く。六季は成瀬を不思議そうに見ていたが、次第に目を大きく目を見開いて驚きの表情を浮かべた。
「君は…元…聖人…?僕は札付きの悪魔崇拝者の聖職者って実にロクでもない前世の持ち主なんだけど、今は悪魔になって少し気分が楽になったんだ」
「え…ちょっと待って下さい…じゃあルイ兄ちゃんは…今はもう元、炎の精霊じゃないってことですか?もしかして…悪魔になった?」
「御名答。さすがは元聖人。頭が冴えているとすぐに答えに行き着く…」
運転しながらジーンが言うと、六季はしばらく押し黙っていたが目を輝かせて顔を上げた。
「マジで?ルイ兄ちゃんが悪魔!?うわーどうしよう、元聖人って嫌じゃないかなぁ?成瀬さんは、僕のこと大丈夫ですか?」
ショックを受けるどころか、本人はむしろ兄の変化に対して前向きに見えた。一同がホッとしたところで自宅に到着する。周りを見回した六季は感動したように声を上げた。
「うわー伊集院家よりも広そう」
車庫に車を入れて、室内に移動する階段を上っていると、足音が近付いてきた。
「ルイ兄ちゃん!!」
六季は出迎えた相手の腕に飛び込んだ。
「ムツキ…」
自分よりも小柄な相手を抱き留めたルイは微笑みながらも、彼にしては珍しく複雑な表情を浮かべていた。
「ねぇ、ルイ兄ちゃん、ずっと…会いたかったんだよ」
ムツキはルイに抱きついたまま離れない。リツは妙に困惑した様子のルイと目が合ってしまった。
「ルイ、ただいま」
リツが言うと、突然ルイは何を思ったのか上半身だけリツの方に向けてガバっと抱きついてきた。
「ちょっ、ルイ!?」
「おかえり、リツ。ねぇムツキ、よく聞いて。僕は今、リツのことが大好きなんだ」
「え…?」
ルイに抱きついていた六季が驚いたように顔を上げてルイから離れた。
「うそだ!だってこの人、女でしょ!?」
「そうだよ?でも中性的だし魅力的でしょ?だからちょっと宗旨変えしよっかなって」
背後のジーンの気配が怖くてリツは振り返ることすら出来なかったが、ルイの切羽詰まった様子に、ここは合わせるしかないと思い、こっそりと指輪を外してポケットに入れた。六季は突然リツを睨む。整った顔立ちなので凄みがあった。
「ルイ兄ちゃん…悪魔になって…おかしくなっちゃったの?女の人を好きになるなんて、僕の大好きなルイ兄ちゃんじゃない!!」
六季はそう叫ぶと、大粒の涙をこぼして泣き出してしまった。




