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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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ガブリエル&成瀬の場合

 言葉通りに昼休みに成瀬を誘うと恐縮したものの大人しくついてきて、三人はガブリエルの店に到着した。喫茶楽園と書かれたプレートの下がった小さな木の扉からは想像もつかない店内の広さに成瀬はキョロキョロと辺りを見回す。雑居ビルの奥のはずなのに外の景色は陽の光の差し込む窓の並ぶ一階だ。一体何区の景色だろうと不思議に思う。そもそもエレベーターで上がったはずなのにいったいどうなっているのかと首を傾げたが、その点について指摘する者は誰もいなかった。それにカウンター席には先客がいて、こちらに気付くと人相の悪い顔で笑った。隣の美人には見覚えがあった。妙なところで会ったと思った。


「よぉ!色男、久し振りだな。あのときは世話になった」


 ジーンに向かって手を挙げたのは五十嵐警部だった。その隣には樋口巡査部長もいる。すでに食後らしく珈琲を飲んでいた彼女はリツを見るなり立ち上がってきて抱擁した。


「暮林さん!お久しぶり。うーん!やっぱりこの重厚感!魔力の質が違うわぁ…」


 爽やかな石けんのような香りがほのかに漂う。美人に抱きしめられてリツは照れくさくなった。


「おいおい…それじゃまるで俺の魔力がペラッペラの粗悪品みたいじゃないかよ…」


 五十嵐警部のガッカリした声色にリツはおや?と思った。何やら親密な空気感だ。ひょっとして?と樋口巡査部長の美しい顔を見上げる。


「イガさんのと違うのは当たり前でしょ。私、天使だからどうしても魔力が少し足りないみたいなの」


 そう言って照れたような表情を浮かべた樋口巡査部長はようやくリツを離す。


「今日のランチメニューは黒板を見てよ」


 ガブリエルが言って指差す壁には、いつの間にか小ぶりな黒板がかけられており、オシャレな手書きの文字でメニューが並んでいた。


「チキン南蛮定食、ナポリタン、ビーフシチュー!どれも美味しそう!」


「あ、僕はナポリタンにします」


 成瀬の声に、樋口巡査部長はハッとしてようやくその存在に気付いたようだった。


「その節は本当に、ごめんなさいね」


 成瀬は慌てたような顔で言った。


「いえいえ!平気です。職質されたり疑われたりするのはもう日常茶飯事なので」


 それはそれで気の毒だと、その場にいた誰もが内心で同情した。


「では私はビーフシチューにしよう。リツは?」


「えっ!?えーじゃあ、チキン南蛮定食で!」


「りょーかい」


 ガブリエルは頷いて厨房へと消える。水はセルフらしくすでに成瀬が注いでテーブル席に運んでいた。ジーンはどこからともなく食後に食べるエチケットタブレットのような物を取り出した。未開封だ。それを樋口巡査部長に渡す。思わず手を出して受け取ってから、彼女はしまったという顔をした。


「少し不足しているなら、この方が使いやすいかもしれない。チョコレートだと多過ぎるから、これなら一粒か二粒で足りるだろう。まぁ…その二人の様子だとお互いの魔力に慣れてきたらそのうち安定するとは思うが」


 五十嵐警部と樋口巡査部長を交互に見ながらジーンは冷静に分析する。


「リツも最初はよく魔力切れを起こしていたが今はもうほぼない。見る限り魔力の相性も悪くはなさそうだ。私とリツがむしろ良過ぎるんだ。通常よりも。だから濃厚だと感じる…」


 ジーンはそう言って隣に座らせたリツの頭を撫でる。ジーンの向かいに座っている成瀬は気まずそうな顔をした。


「で?君は今のところ不調はないか?」


「えっ…?あ、はい。大丈夫です。午前中も…その…時間をいただいたので…」


 成瀬は落ち着かない様子で水を口に含んだ。


「これでも悪魔になりたての国民の健康には気を配っているんだ。だから質問しただけで…そんなに身構えられると気の毒になる…」


 ジーンは苦笑する。あぁ、魔界の国王陛下はそこまで気配りをするものなのか、とリツは妙に感心していた。確かになりたての頃は自分も不安定だったことを思い出す。今は元聖女がちょっとキスしただけで鼻血を出すほどに魔力量が増えてしまった訳なのだが。それはそれで問題だ。


「はい、ナポリタンでしょ、それにビーフシチュー、チキン南蛮定食」


 ビーフシチューにはサラダとバケットもついていた。ナポリタンにもサラダとスープがついている。チキン南蛮定食を見たリツのお腹が鳴った。


「わ!美味しそう!いただきます!」


 リツは両手を合わせて食べ始める。成瀬はフォークにくるくるとパスタを巻き取りながら、いつも彼女は美味しそうに食べるよなぁと半ば呆気にとられながらそれを見ていた。美味しそうに食べる人の姿を見ていると、ついていない人生でも、もう少しだけ前向きに生きてみようかなという気持ちにさせられるから不思議だ。食べることは生きることと直結していて、美味しいものを食べると少し元気が出るような気もしていた。


「わ…美味しい…」


 ナポリタンを頬張った成瀬は目を見張る。どこか懐かしい甘めのケチャップなのもいい。もちもちの麺の食感。ウィンナーにピーマン、玉ねぎ。子どもの頃はあまりピーマンは好きでもなかったのに、最近は美味しいと感じるようになってきていた。これぞ王道のナポリタンだと成瀬は思った。

 一方でリツはナポリタンを口に入れて目を丸くした成瀬を見て、彼も瞬時にして胃袋を掴まれたのだとすぐに察した。ガブリエルはその気になれば、この料理で敵味方無関係に引き込んで、自分の配下にできるのではないか、そんな妄想が過ぎる。天界を牛耳るのも訳ないだろう。けれども彼がそんなことをする気がないことも重々承知していた。鶏肉の旨味が口いっぱいに広がる。ガブリエルのチキン南蛮はジューシーだ。ご飯が進む。何よりこの手作りタルタルソースの絶妙な味付け。何が入っているのだろう。野菜の酢漬けの他にもほんのり大葉の香りも感じる。ミョウガも入っているのだろうか?タルタルソースを口に入れて分析しているリツを見て、ジーンは笑った。


「ガブリエル、このタルタルソースのレシピは秘伝なのか?」


「いや、そんなことはないよ。どうしたの?知りたい?」


「あぁ、リツが成分分析を試みて難しい顔をしているから、教えてもらおうかと思って。気に入ったようだから家でも作ってやりたい」


「常務って甘いですよね…暮林先輩には…」


 成瀬に言われたジーンは意外そうな顔をした。


「君だって、オセ相手には甘い声で囁くだろう?それと大差ないさ。好きな相手はとことん甘やかして(とろ)けさせたいと思わないか?」


 成瀬は耳まで赤くなって押し黙る。リツはうっかりそんな二人を想像しそうになり、途中で慌てて脳内映像を掻き消した。昼間からこれはいけない。それに瀬尾と付き合い始めた影響なのか、成瀬に今までは感じられなかった色気のようなものが漂っているのも確かなのだった。悪魔になったせいなのだろうか。


「ジーンのビーフシチューも美味しそうだね!」


 リツは誤魔化そうとするあまり、そんなことを言ってしまった。確かに美味しそうなのだが、本当はそんなことを言うつもりではなかった。


「なんだ、食べてみたいのか?いいぞ?」


 スプーンを差し出されてリツは戸惑う。


「あぁ、食べさせてほしいのか?」


 リツの沈黙を勘違いしたジーンはスプーンでもすぐに分けられる柔らかさの肉を半分にして、リツの口元に差し出した。思わず食いついてしまってから、向かいから冷めた視線を感じる。成瀬だった。


「食い意地張ってますよね…」


(そんなんじゃない!)


 否定したかったが口に入っているので言えなかった。それにこちらも蕩けるほど美味しい。


「んー」


 リツの上げた声にガブリエルが笑う。


「ほんっと、美味しそうな顔して食べるよね」


 リツはたとえ食い意地を張ってると言われようが間違いなくこのビーフシチューは美味しいので、ついに否定することを諦めた。


「誰かが美味しそうに食べる姿を見ていると、僕はそれだけで幸せを感じるんだよねぇ」


 天使の元上司はそんな台詞を口にして、リツを見て微笑んだ。

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