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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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宮森&花咲の場合 1

「…戻るのが遅いから何をしているのかと思ったら…いったい何をしていたんだ」


 ジーンに言われてリツは口ごもる。常務室のソファーに座らせた花咲の鼻を圧迫して止血しながら、ジーンは多過ぎる魔力をゆっくりと吸い取っていた。そうしてさりげなく記憶と気配を探る。


「…別に何も」


 リツはそっぽを向く。目の前に本人もいるのに言えるわけがない。しばらくして鼻血は止まったようでジーンは手を離したが、花咲に向かって言った。


「リツの魔力を吸ったのか。元聖女如きが魔界の王妃の唇を奪うからだ」


 そう言ってジーンはソファーから立ち上がり、リツの元に歩いて来る。リツはある種の予感に慌てて飛び退った。


「そういう所は鋭いのに他人には迂闊だな」


 ジーンは言いながらも巧みに部屋の隅にリツを追い詰めると、(あご)を捉えてリツに口付けをした。奪われた魔力が戻ってくる。もう十分なのにジーンはしばらく離してくれなかった。リツの顔がわずかに赤らむ。あえて少し過剰に流したのだと分かった頃には、心臓がバクバクしていた。ジーンは面白そうにリツの顔を覗き込む。近くにあった自分のデスクに思わずリツは手をついた。


「注意しろと言ったのに、しないからだ。人目があるからさすがにこの続きは私でもしないが、少し反省していろ」


 そう言い残したジーンは、ソファーに戻って花咲の前に座る。こちらに向かって花咲が気まずそうな視線を向けてきたので、リツは力なく笑った。


「私のことは気にしないで」


 リツは椅子に座ると呼吸を整えてから、経理部に内線で花咲の不調を伝えた。


「さて花咲さん、まず一つ目の質問だ。未成年の君に昨日無理矢理酒を飲ませたのは誰だ?」


「私が…勝手に飲んだだけです…未成年の多田さんが…飲まされそうになって困ってたから…同期の秋村の知人に…それに昨日誕生日で…二十歳になりました」


 リツはこのときになって初めて花咲が歳上だったと知った。


「なるほど。で?君は目覚めたらホテルにいて、魔力もほぼ残っていなかった…相手が悪かったな。元聖女の君の方が相手よりも魔力が多かったんだろう。魔力も吸い取られてヤリ逃げされたというところか」


 リツはジーンの歯に衣着せぬ物言いにギョッとする。が、花咲は気まずそうに視線を膝に落としただけだった。


「君は…ひょっとしてインターン時代にも似たようなことを経験したのではないか?元聖女の妙な正義感を振りかざして自分がか弱い誰かの盾になることで尊い自己犠牲を払っていると酔い痴れるのは結構なことだが、それでは君自身はいったいいつ救われるんだ?」


 花咲は唇を噛んだまま固く手を握りしめて押し黙っていた。ジーンは立ち上がると、どこかに電話をする。宮森を寄越してほしいと聞こえて、花咲の肩がビクリと震えるのが分かった。すぐにドアがノックされて、社長秘書の宮森の声がした。


「入っておいで」


 ジーンの声に一礼して足を踏み入れた宮森はそこにいる花咲楓に気付いて、いつになく厳しい顔をしてジーンを見つめた。


「あの…これは、いったい…何故、花咲さんがここに…?」


 ジーンは近付いて宮森の肩を叩く。そうして耳元で囁いた。


「君は去年、社長に嘘をついたな?先ほど魔力過多になったので花咲さんに触れたが…君の痕跡はごく微量だった。仮に社長の思うような関係が二人の間にあったとしたら、もっと消えないマーキングの跡が残るはずだ。何故なら君は仮にも魔王の使い魔。悪魔でありながら自ら望んで鎖に繋がれた者…」


 悪魔の中には時折いる。強い悪魔の配下となるべく、使い魔の地位に自ら下る者が。強い悪魔を下につけることで、契約者である主となった者の魔力も底上げされるので、相手に請われてこれを拒む者は少なかった。


「だが…咄嗟(とっさ)についた君の嘘が余計にややこしい事態を招いた。去年君の選んだ救済措置は一時的には花咲さんを救ったが、加害者側にとっては実に都合の良い相手として誤認させてしまったんだ。何をしても訴えない相手。しかも気晴らしに消費できてどれだけ酷いことをしようとも妊娠する心配もない都合の良い身体…それは、果たして本当に救いか?どうなんだ?」


 ジーンに告げられた宮森はさすがに顔色が変わった。恐る恐るといった様子で宮森は花咲の方を見る。花咲は俯いていた。


「恐らく…昨夜起こったことで、花咲さんは身体に刻まれた恐怖の記憶を思い出してしまったんだろう。遠い前世の記憶ならまだしも、今世で起こったことを忘れさせるというのは、案外難しいものなんだよ」


 宮森は去年の雨の日の出来事を思い出していた。適当に相手を見繕うべく、夜の街を歩いていたら、不意に会社で嗅いだ匂いを感じた。女性の格好をしているのにその中身は雄だったから妙に記憶に残っていたのだった。インターンとして大学の方から来ていた若者だった。宮森の目の前で彼は車通りの多い道路にふらふらと飛び出した。鈍い音がした。彼は慌てて救急車を呼ぶ。駆け寄って彼に触れた宮森はその記憶を覗き見てしまった。


「…私は…あのとき…憧れの宮森先輩に救われて…このまま死んでもいいと思いました…入院している間も…先輩は…よくお見舞いに来てくれた…嬉しかったんです…もう少し生きてみてもいいかなと…思いました」


 ぽつりぽつりと花咲は話し出した。所在なげに立ち尽くしている宮森の背中をリツは押して花咲の隣に座らせる。


「事態をややこしくしたなら、今その責任を取ったらどうですか?何の感情も抱かない人に対して足繁(あししげ)くお見舞いに行くようなキャラでもないでしょう?だって氷の王子なんですから」


「いや、でも…私、そもそも女じゃないからっ…!責任も何も…そんなこと言っても先輩が困るだけ…!」


 花咲が慌てて首を横に振る。


「その点なら安心しろ。宮森は同性愛者だ。むしろ花咲さんのような存在は気になって仕方ないというところだろうな」


 ジーンの言葉に花咲はぽかんと口を開けてジーンとリツを見た。そうして隣に座らされて珍しく困ったような顔をしている宮森を見る。彼は花咲と目が合うと頷いた。


「本当ですよ。正直なところインターンの頃から気になっていました。でもあなたは…その…酷い目に遭って傷付いて死のうとしていた。だから…僕は軽々しく付き合おうなどとは言えませんでした。僕は…その…付き合ったらすぐにでも相手を抱きたくなるので…恥ずかしい話ですが、その点に関しては自制が利かないんです。暴力を振るったりはしませんが、しつこくて嫌だと言われたり…」


「えぇ…そこは…その…少しは手順を踏む努力をして下さいよ…手加減するとか…」


 リツが脱力する。ジーンはちらりと二人を見たが宮森の肩に手を触れた。宮森が目を見張る。


「少し…力を貸してやるから癒してやれ。私が触れるより好意を持った相手の方がより効果が出る。リツ、少し報告がてら社長室に行くぞ」


「じゃ、後は二人で少し話し合うなりして…」


 リツはジーンに手を引かれて慌てて片手でケージを掴むと本当に出て行ってしまった。ケージ?と花咲は首を傾げる。そういえば社長も猫を連れてきていたと聞いた気がした。常務室に取り残された二人は途端に気恥ずかしくなって押し黙る。先に沈黙に耐えきれずに折れたのは宮森の方だった。


「あの…少し癒してもいいですか?」


「え…?」


「触りますから、嫌だったら言って下さい」


 宮森は真面目な顔をして花咲の腰の辺りに手を伸ばした。慎重に触れながら痛みの在り処を探る。


「あ…」


 花咲がビクッと震える。


「すみません、もっと下の方が痛みますよね…いいですか?」


 花咲は観念して頷いた。腰より下に宮森の指先が触れる。花咲は身体の痛みに目覚めてから鎮痛剤を飲んだが、あまり効果は得られなかった。何よりホテル代はおろか隣には誰もいない、温もりも何もない冷えたベッドで一人朝を迎えたことに一層胸が痛んだ。ひょっとしてあの酒に何か薬を盛られたのだろうかと思う。一杯のサワーで、あんなに気分が悪くなるとは思わなかった。


「花咲さん…辛くても死のうとしないで下さい…私で良ければそばにいますから」


 花咲は身体にずっと残っていた痛みが少しずつ和らいでゆくのが分かった。何故こんなことが出来るのだろうかと思ったが、今は聞かない方がいい気がした。それより、何かとんでもないことを囁かれた気がする。自分は都合の良い夢でも見ているのではないかと思った。


「先輩こそ…本当に…いいんですか?」


「えぇ…でも、私と付き合うと面倒なことに巻き込まれる可能性は高くなるかもしれません。それでも良ければ、ですが」


「…会社に…先輩のファンが多いから…ですか?」


「いえ…それよりも多分もっと面倒です。札付きの転生者としての人生を捨てる覚悟はありますか?」


「えっ?人生を…捨てる?元々捨てたくて私は死のうとしたんですよ?面倒でも何でも…先輩といられるなら十分です」


 宮森は花咲を見つめると初めて微笑んだ。花咲はその笑顔に見惚れて、自分がすっぴんで眼鏡姿だったことを今更ながら思い出し赤くなった。


「イヤッ!こんなブサイクな顔っ…!」


「素顔だって僕は好きですよ?それに、付き合ったらこれから毎朝見ることになるんですから…」


 宮森の言葉に花咲は顔が熱くなる。サラリとこんな台詞を口にしても、宮森が言うとサマになる。


「あ、そうだ、大事なことを伝えていませんでした。僕の本性は獣なんです。その辺りは大丈夫ですか?」


 花咲はこの言葉を彼の性癖に関する比喩だと捉えて頷いた。程なくして全く違うことを知ることになるのだが、このときの花咲は憧れの先輩と両想いになれたその喜びに完全に浮かれていた。それに人としての常識内で考えても目の前の人の姿をした男性が実は悪魔でその本性が黒豹なのだとは、どれだけ想像力が豊かでもその可能性に思い至ることの方が少ない。この場合は花咲を責めるよりは、宮森の言葉不足を指摘すべきとも言えた。ともあれ、この日豹の本性の悪魔と元聖女の転生者、しかも今世は男というやや風変わりなカップルが成立したことは紛れもない事実だった。

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