ジーン&ルイの場合
「なんだ?お前は過保護だな」
ストラスの姿を見たジーンは面白そうに笑う。リツはヒヤヒヤしながら二人の間に漂ういつにない緊張感を読み取っていた。
「…主にはそんな趣味はないと思っていたんですが、少々不安になりましたよ?とうとう禁断の扉を開けてしまったのかと」
「は?」
「なにを想像したの!?」
ルイとリツが同時に抗議の声を上げる。ストラスは予想以上の二人の剣幕に少々慌てた。動揺を誤魔化すように彼は咳払いをして口を開く。
「…それはそうと…アスモデウス元帥からこんなものが送られてきたんですが、いったい誰の仕業ですかね」
ストラスがスマホの画面を向けると、そこには屋上でのストラスとルイの濃厚なキスの写真があった。
「私じゃない」
ジーンが首を横に振り、ルイとリツも大きく頷く。不意に影の中からフフッと誰かの含み笑いの声がした。
「あっ!黒木さん!?」
リツがジーンの影を覗いて声を上げる。悪魔のチョコレートといい、こんな写真まで盗撮していたとは。
「元帥は思いのほかルイさんに興味を抱いていらっしゃいましたよ?これは奪い甲斐がありそうだ、とも。ご存知ですか?日本のことわざにもあるでしょう?外堀から埋める、と。あなたの心が手に入らないのなら手始めにルイさんから…というところでしょうかね。ゆめゆめ油断なさらぬよう…」
実に楽しそうな笑い声が遠ざかる。ストラスは影を睨んで大きなため息をついた。
「…アスモデウス元帥って…誰?」
「ルイは知らなくていい、というか一生知り合いにもなるな。あ…いっそのこと、あの警部と仲良しの天使とでも先に友だちになっておくか?」
心底嫌そうな顔でストラスが言いながら、ふと思いついたようにリツの顔を見る。
「あぁ…ラファエル?ん?あ…そういうこと…ある意味彼女はアスモデウス元帥の天敵だもんね」
リツが苦笑する。首を傾げたルイにジーンが余計な知識を与えた。
「アスモデウス元帥の別の呼び名は色欲の悪魔だ。彼に興味を持たれたら軽く二百年はつきまとわれて毎日甘い言葉で口説かれるぞ?」
「へぇ…アスモデウス元帥って格好良い?」
「こらルイ!興味を持つなって言ってるだろ!」
「だって一方的に興味を持たれても、どんな人か分からないと対処のしようもないから…」
ルイの言葉に確かにそれも一理あるとリツは思ってしまう。リツも元帥のことはよく知らない。だが、ジーンにそっちの興味を持たれなくて良かったとも思ってしまった。厄介そうだ。
「ストラスを百倍好色にして、男女問わず寝所に連れ込んでは女悪魔たちに殴られている御仁だな。渋い見た目でストラスのことも口説いていた」
「あっ!それは言わない約束…!」
「そんな約束はした覚えもないが?」
ジーンは慌てるストラスに冷たく言い返す。
「うーん、ストラスに僕も?好みの幅が広すぎてちょっとよく分かんないな。それに女性もオッケーなんでしょ?要するに節操なしってこと?」
ルイの言葉にリツは思わず失笑し、ストラスは噴き出した。
「やれやれ、色事に関しては手の施しようもない御仁だが、仕事は出来るし頭も切れるのだよ?」
ジーンはストラスが過剰な魔力を流さないように注意しながらルイの頭を撫でるのを見ていたが、エストリエ以外に彼が誰かにこんなことをするのは数百年振りだというのも分かっていた。そうして自分がリツに対して向ける愛情と、ストラスがルイに向ける愛情との間にさしたる違いはないことも承知していた。
「ストラス、元帥に取られないように契約はきっちりと結ぶべきだと思うぞ?掠め取られてから歯噛みしても遅い。彼が本気になったら…あまり考えたくはないが、ルイの意思などお構いなく魔力で魅了して手を付ける。お前はそうなっても本当に構わないのか?」
「…絶妙なタイミングで嫌なことを言いますね…」
ストラスは主に恨みがましい視線を向けた。そんなことは言われずとも分かっている。実のところエストリエにも似たようなことを言われたばかりだった。ルイの魂は現在ストラスの手の内にある。だが最終的に肉体はまだ縛ってはいない。だからルイは今回のようにケビンの方にフラフラ引かれて肉体のみ結ぼうとした。半ば悪魔の本能的に。
「ストラス…無理しなくていいよ。僕は…大丈夫だから…」
悪魔としての力も増してきたルイはここ数日の間にストラスが誤魔化し続けていた事実に薄々気付いてしまっていた。昨夜契約を交わした成瀬と瀬尾の気配からもルイは自分が中途半端な状態であることを理解した。自分は二人と比べると浮いている。社長とイチカを見てもその差は歴然だった。まだ縛りが緩い。もっと深く繋ぎ止められたかった。最初は自分のどこか倒錯した性的思考からそう感じているだけだとルイは思っていた。だが理由はそれだけではなかった。そうしてケビンを相手に不足を補うべく試そうとしたが途中で気付いてしまった。彼は悪魔ではない。半吸血鬼の突然変異では契約の穴を埋めることは到底不可能だった。
「おかしな連中も動き出している今、契約に不完全な部分があるのは不安要素にしかならない。アスモデウス元帥ならまだしも、リーのような得体の知れない連中に奪われたらどうする?お前が手をこまねいているのなら、私が国王の権限を行使して代行する…ルイの肉体は私が貰うぞ?」
「え…?」
ルイではなくその想定外の言葉に動揺したのはリツの方だった。ルイは困ったようにストラスとジーンの顔を見上げている。主の突然の宣言にストラスは引きつった笑みを浮かべた。
「国王の権限って…そんなところで行使するもんじゃないでしょうよ…」
ストラスは彼が冗談だと言うのを待ったようだった。だがジーンは至って真面目な表情のままリツを見下ろした。
「すまない、リツ。だがここでルイを失う訳にもいかないだろう?」
「えっ…あぁ…うん…それはもちろん…そうだけど…」
ルイは大切な友だちだ。そうして弟のような存在でもある。リツにとってはもはや家族と言ってもいいくらいの存在だった。
「おいで、ルイ。煮え切らないストラスを待っている時間はもうないんだ。大丈夫だ。すぐに終わる」
ジーンはルイの手を引いて迷いなく先ほど使った部屋へと引き返す。この数分の会話の間に何が起こったのかリツは理解しきれてもいなかったが、ジーンが本気なのは感じられた。アルシエルという悪魔はやると言ったらやる。一度腹を括ると恐ろしく行動が早い。そういう悪魔だ。
(アルシエルが…ルイを…抱く?)
リツは急に心臓が妙な具合に跳ね上がるのを感じた。不穏な動悸にクラクラする。先ほどの額へのキスは相手を試したのか。自分をルイが受け入れられるかどうかを。結果、長年の悪魔の勘により彼はそれを可能だと判断した。隣のストラスはぼう然とした表情のまま動かない。アルシエルに肩を抱かれたルイが、こちらを振り返る。リツと目が合う。ルイも動揺してはいたが、それでもリツよりは遥かに毅然とした様子だった。むしろその瞳には期待の色すら見え隠れする。ジーンのこの世界における年齢設定がルイのストライクゾーンだということを、リツは今の今まで意識してもいなかった。そうはならない、と高を括っていたせいもある。なのに。
(ごめん、リツ)
ルイの唇が確かにそう動くのが見えた。




