ジーン&リツまたはルイの場合
その日の業務を終えて帰宅したジーンとリツ、それに成瀬と瀬尾は、家の空気に妙な変化を感じた。一足先に到着していた社長たちも微妙な表情で四人を見る。
「おかえりなさいませ」
いつもと変わらぬ調子の黒木とシャイタンが出迎える。シャイタンはすっかり黒木に懐いているようだった。リツはいつもはすぐに現れるルイが顔を見せないことに違和感を覚えた。
「で?…ルイとケビンは?」
矛先を向けられたストラスは微妙な表情のまま二階を指差す。
「寝室に籠ったきり…出てきません…」
「そうか」
ジーンは気配を探るような顔付きの後にやや呆れた顔付きになった。
「…このままだと…ケビンの方が危ないかもしれないな。ストラス、そろそろ引き剥がしてこい」
「えぇ!?嫌だなぁ…」
「ルイの契約悪魔はお前だろう。何を遠慮しているんだ」
ジーンに尻を叩かれてストラスは渋々ながら階段を上って二階に消える。一同は微妙な表情のまま天井を見上げていたが、業火の如く燃え上がっていた炎の気配がようやく静まってゆくのが分かった。
「…リツも来るんだ」
いつもの習慣でジーンの後に手洗いとうがいをしていたリツは、呼びに来たジーンに強引に手を引かれて二階に連れ去られた。寝室から半裸のルイを担ぎ出してきたストラスは、ため息交じりにジーンに向かって告げた。
「…悪魔になりたてのクセに、何だってこんなに燃えるんだか…」
遅れて寝室から床を這いながら顔を出したケビンは気まずそうにストラスの方を見た。今のケビンは倍以上に老けて見える。短時間に何があったのか目の下のクマが酷いことになって頬まで痩けていた。
「ケビン…お前どれだけ吸い取られたんだよ?色男が台無しだな」
「知らねぇよ…キスしただけで…何でこんなことになるんだよ!俺だって…こんなの初めてだ。全然吸い取れねぇ…」
ジーンはストラスからルイを引き取り、リツに向かって言った。
「リツ、ルイから少し魔力を吸い取れ。魔力過多に陥っている。制御できなくなったんだな…」
「えぇ!?吸い取れって言われても…」
「今日は昼間それなりに魔力を使ったからな。不足分をルイから吸い取れば落ち着く」
「…だったらルイからケビンに戻してやったらいいじゃない」
リツは言ったが、ジーンは首を横に振った。
「今またルイをケビンに近付けると吸っ取ってしまう。主従関係を覚えさせる為に始めたようだが、歯止めが効かなくなったんだろうな。一度クールダウンが必要だ」
「クールダウン…私で?」
そのままリツは空き部屋に引き込まれて赤い顔で息を荒げているルイとジーンの三人になるという気まずい状態になった。ベッドに横たわるルイの額にリツは手を当てる。その熱さに驚く。
「…ルイ?分かる?」
リツの声にルイは薄っすらと目を開けた。苦しそうな息遣いのまま小さく頷く。
「リツ…来て」
リツは一瞬戸惑ってジーンを振り返ったが、彼は頷いただけだった。リツはルイに寄り添うようにしてそっと横たわり抱きしめる。熱い。本当に燃える炎を抱いているような熱だった。
「ルイ…怖かった?」
「うん…怖い…今も怖い…ケビンを殺してしまうかと思った…」
「大丈夫だよ、ケビンは生きてるから。かなり…ゲッソリはしてたけど…」
リツはゆっくりとルイの熱を受け取ってゆく。五十嵐警部を救出するために、今日はけっこう魔力を使った。会社に戻ってからも忙しくて、ジーンと触れ合う余裕もなかった。ガブリエルのところで作った料理を配達してもらい、仕事をしながら食べたほどだ。実のところ魔力はかなり減っていた。リツはルイの背中を撫でながら魔力を吸い取る。炎の他に今まで感じたことのない不思議な感覚もあった。これがケビンの魔力なのだろうか。エストリエのものとも違う。半吸血鬼と聞いていたがルイの炎と混ざると妙に魔力が上がるような気がした。
「ルイは…ケビンと相性が良過ぎるのかもしれない…だから…触れ合うとルイが思っている以上に魔力が増加する…」
「リツにも分かるようになったのか。記憶が戻ると、そういった魔力の違いも感じるものなんだな…」
感心したようにジーンに告げられたリツはルイを抱きしめたまま、少し顔を上げて彼を見上げた。ジーンは近付いてくると二人の傍らに座った。
「…思ったより悪くはない光景だな。腹が立つかと思ったが、これはこれで別の愉しみがある」
そう言いながら目を細めたジーンは手を伸ばして二人の頭を撫でた。ルイは一瞬不服そうに眉をしかめたが、撫でられているうちに諦めの表情になった。ルイはジーンの手が心地良いと思った。熱が冷やされてゆく。
「ルイ、私がいいと言うまでは勝手にケビンを抱くなよ?勿論抱かれるのも禁止だ。キスをするなら頬だけにしろ。制御することを覚えないとお前たちはお互いを滅ぼすぞ?」
リツの腕の中でルイが不服そうな表情をするのが分かった。まるで目の前に美味しそうなケーキがあるのに皿ごと下げられた子どものような表情だとリツは思う。
「ルイ…拗ねないの」
リツの言葉にルイは一層不満気な表情をした。
「目の付け所は悪くなかったが、こうも魔力量が上がるのも考えものだな。ケビンは突然変異だと言っていたか…それにしても妙な体質だな…」
ジーンは何かを考えていたようだったが、答えに行き着いたのか不意に笑みを浮かべた。リツはルイを抱きしめたまま、背筋が寒くなった。ジーンがこんな風に笑うと、アルシエルの頃を思い出す。天界の軍を蹴散らして槍で貫いていたその横顔が脳裏を過った。まだ互いが敵同士として憎しみをぶつけ合っていた時期の記憶だ。リツの記憶に気づいたのかジーンはふと困ったようにリツを見下ろして頬を撫でた。
「思い出さずとも良い記憶まで戻ったな…」
「…ジーン?」
何故か彼は傷付いているように見えた。リツは首を横に振る。
「思い出さなくて良い記憶なんて多分ないんだと思う…どんなアルシエルのことでも…私は記憶していたいから…」
ジーンは驚きの表情を浮かべてリツの顔を見つめた。そのまま彼は微笑んでリツに顔を近付ける。目を閉じる間もなく唇が重なった。リツの腕の中にいたルイがため息をつくのが聞こえた。
「もう…いちゃいちゃするなら、二人だけのときにしてよね…」
ルイの言葉にジーンは眉を上げてルイを見下ろす。
「そんなにキスがしたければ、しばらくはまだストラスにでもねだっておけ。契約した悪魔との触れ合いを急になくすと、それはそれで別の不調が出るからな」
「そういうもの…なの?」
リツの言葉にジーンは苦笑する。
「当然だろう?契約した悪魔が魂を握っているのだからな。それに私はストラスとも主従関係の契約を結んでいる。そのストラスと契約をしたルイも多少はその影響を受ける…私が触れてもそこまで嫌な気にはならないだろう?」
ジーンは何を思ったのか少し意地悪な顔をしてルイの顔を覗き込んだ。そうして額に口付けをする。突然のことにルイは目を見開いたまま固まった。そうして徐々に赤くなってゆく。
「ちょっ…なに…!」
「ストラス相手にこんなことをする気には到底なれないが、ルイには妙に色気があるからな。魔界に行ったら悪い連中に食われそうで少々心配になる。あまり隙を作るな。悪魔はその隙に取り入るのがうまいからな。そろそろ熱も引いただろう?」
ジーンは笑いながらリツとルイの手を引いて起き上がらせた。部屋から出ると、ストラスが難しい顔をしたまま腕を組んで近くの壁にもたれていた。ストラスの表情に気付いたジーンは、挑発するような視線を送る。リツは嫌な予感がした。




