ルイ&ケビンの場合
病院から帰宅したルイとストラス、それにケビンを見るなり、出迎えたエストリエは盛大な悲鳴を上げた。
「ちょっと!なんてものを連れてきたのよ!!早くそんなの捨ててきて!」
今にも攻撃を始めそうな体勢で身を低くするとエストリエは人差し指の爪を鋭く伸ばす。
「おーっと!活きのいい姉さんだなぁ。とりあえずお試しでルイと仲良くさせてもらうんで、よろしく。俺はケビン。姉さん、どこの世界の吸血鬼だったんだ?俺んとこは半吸血鬼の扱い最悪でさ。ハンターの中でも嫌われるし、そのくせ俺なんて突然変異で再生力だけ強いから最前線に立たされるしで、割に合わねぇっつーの」
ケビンはルイの肩に馴れ馴れしく手を回して頬を寄せた。
「やっぱ若い子の血はいいねぇ…お前、マジめちゃくちゃ美味いよ」
「そう?ハマる?」
ルイまで妙に蠱惑的な目付きをして相手を見上げて誘惑している。エストリエは傍らのストラスに射殺しそうな視線を浴びせた。
「なんであなたがいながら、こんなけったいな奴とルイがいちゃつくのを許してるのよ?契約悪魔としての沽券はどこに行った訳?そんなんだからアスモデウス元帥に不能だなんだと絡まれるのよ!」
「あー。だってこんな奴を真面目な五十嵐警部の元に置いとく訳にいかないだろ。監禁先でこいつ警部の血を吸って、ちゃっかり一次契約してたからな…」
「えぇ…!?あの頭カッチカチに固そうなおじさんの血を吸ったの?信じられない!血だったら何でもいい訳?」
エストリエはケビンの顔を不躾に観察した。確かにルイが好みそうな無駄に整った見た目をしている。エメラルドのような瞳。肩まで伸ばした少しクセのある黒髪。黙っていれば文句ナシのいい男なのだがしかし。
「それがあのおっさん、危機的状況だと大概受け入れるタイプなんだなーパニックとか起こさない精神力の持ち主で良かったよ。なんせ会ったとき俺、真っ二つに引き裂かれちゃってて、下半身は別の部屋に置き去りで上半身だけでご挨拶したからねー」
よくもまぁペラペラと喋る喋る。これは我が主が嫌な顔をするタイプかもしれない、とエストリエは額に手を当てた。頭が痛くなる。
「ケビン、お喋りストップ」
そのときルイが彼の口に指先を当てた。途端に彼は押し黙る。ケビン本人すらも驚いた顔をしていた。
「言い忘れてたけど、あんまりお喋り過ぎると、この家のご主人さまの機嫌を損ねるから程々にね。沈黙は金なりって知ってる?真っ二つどころじゃ済まなくなるよ?ミンチにされちゃうかも。まぁ、その前に僕が手を下すけどね?」
ルイは無意識のうちにエストリエの不快を読み取り悪魔の力を使っていた。一時的とはいえ血で縛った相手だ。ルイはにこりと笑った。その笑みがどこか空恐ろしくて、単に可愛い生き物だと思って近付いたケビンは相手の力量を見誤っていたことを悟った。
「ケビン、とりあえずお風呂に入ろうか。その格好のままじゃね。好みの男になってくれるんでしょ?」
ルイはケビンの手を引いてすたすたと浴室に向かう。その背中を見送ったストラスとエストリエは呆気にとられて一瞬ぼんやりしてしまった。先に我に返ったストラスがため息をつく。
「あれは…ルイに染められるな」
エストリエも頷いた。
「ルイったら、ちょっと怖かったわよ。さっきの従わせ方。私でもゾッとしちゃった」
エストリエは思い出して鳥肌の立った腕をさする。
「ルイは元炎の精霊…なんだよなぁ。焚き火の炎かと思ったら、あんな業火みたいな燃え方もできるんだな…やれやれ俺もルイのことを見誤ってたのか?」
御しやすい相手と思ったことは一度もないが、ひょっとすると自分に対してルイは控え目に言ってもかなり遠慮していたのかもしれない、とストラスは思った。
「ま、契約した相手に飲まれない度量があるのはいいことだけどな…」
***
その数時間前、ジーンとリツは五十嵐警部を助けた後に別室に監禁されていた男女二人の元にさりげなく警官たちを誘導していた。二人は警察官に化けて現場内にいたが、監禁されていた二人がイチカの知り合いであることに到着早々気付いたジーンは、やれやれとため息をつきそうになった。だがひどい怪我はなさそうでホッとする。とりあえず化け物じみた見た目のクセに頭の中は実にお粗末な悪魔とも呼びたくもない連中二体は回収した。廃ビル内にはそれとは別に雇われたと思われる人間たちも数名いた。意図してなのか単に誤ったのか、名前に数字の入った一般人まで誘拐して儀式めいた部屋で楽しんでいた彼らも現行犯逮捕となった。保護された際にジーンにいち早く気付いた加納一は小さく会釈した。ジーンは周囲に会話を聞かれないようにさりげなく魔力を使った。近くにいたリツも素知らぬふりをするが、会話は聞いていた。
「ありがとうございます…あの…木嶋三菜って…どうなりましたか?…一緒に誘拐されてきたんですが…」
「あぁ、あの女性か?一応生きてはいるが、知り合いなのか?」
「…職場の同僚です。木嶋にハメられたんですよ。俺達…」
「そうか。だが十分過ぎる報いを受けた…自ら墓穴を掘ったな」
「そう…ですか…」
先に運ばれたのを見たが、あの様子では相当酷い目に遭っているだろうとジーンは思った。彼らに報復でもする目論見だったのだろうか。だが、実行犯は彼女もついでに誘拐して凌辱した。最初からそのつもりだったのか、途中で気が変わったのかは分からない。加納七を陥れるつもりが木嶋は自らその代償を払う羽目になった。
「君のパートナーは月の満ち欠けがたまたま味方をして助かった…そういうことだ」
「あの…変な奴にナナに子宮筋腫があるって言われたんですが…それ…本当ですか?」
ジーンはちらりと担架に乗せられたナナを見る。確かに元気とは言い難いが、この状況のみのせいではなく貧血の影響もあるのだろうと思った。
「あぁ、そうだな。だが治療は出来る。出血量も変わるはずだ。君もさぁ乗って」
彼は一の背中を押して救急車の方へ向かわせる。平気そうな顔をしているが、あちこち殴打されたのだろう。あのおかしな半吸血鬼が力を分け与えていなかったら早々に倒れているに違いなかった。
「さて、我々は退散するとしようか。ガブリエル、撤退だ」
はいはいと、言いながら絶対にこんな警官はいないだろうという胡散臭さの抜けない警官姿のガブリエルが現れる。人目につかない場所まで来ると三人は姿を消して翼を出した。
「念の為に、ガドリエルには見張りをつけるべきだな。逃亡されては面倒だ」
「確かに彼はかつての僕の知り合いだけど…彼も堕天しちゃってるから、もうそっち管轄で好きにしちゃって構わないんじゃないの?今更天使の翼を戻して天界の白い塔に閉じ込めるのも手前だろうしね…」
「すでにサリエルには連絡済だ。まだ天界に翼の残っている者に関してはこれでも情報共有が必要でね」
「いちいち細かいねぇ…僕には到底無理だよ。どうせ燃えるならリツじゃなくてそっちの翼が燃えてれば良かったのに」
「そんなうまくはいかないものだよ物事は…」
黒い翼で羽ばたきながらリツが笑う。
「ガドリエルのことだ。逮捕されて大人しく罪を認めはするが、豚箱で大人しくするかと言ったらそうはしない可能性の方が高いな」
ジーンの低いつぶやきに、ガブリエルは眉を上げた。
「派手に自殺でもするか…?」
「まぁ…そんなところだろうな。ま、それも出来ないように手は打ってあるが」
ジーンは笑って上空でガブリエルと別れた。別れ際にジーンが訊ねる。
「ところで店のランチは何時までだ?」
「あー?二時までやってるよ」
「分かった。一度会社に戻る。社長に報告しないとならないしな…」
「で?その二匹はどうするんだ?」
「あぁ、これか?」
とりあえず二匹のハムスターの姿に変えられてゲージに入れられた悪魔を見てガブリエルは苦笑した。
「うちの悪魔への手土産にでもしようかと思ったが…要るか?躾には時間がかかりそうだぞ?」
「いや、六季のペットにどうかと思ったんだ」
六季とは彼の預かるルイの弟の名前だった。
「いいんじゃないか?自力では元に戻れないくらい縛ったからな。猫の方が良かったか?」
「いや、猫二匹はさすがにな。飼うのが大変だ。ハムスターくらいでちょうどいい」
空中でゲージを受け取ると、ガブリエルは三十二区の方角へと飛び去った。




