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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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ジーン&リツの場合 2

 一方、ジーンの方は時間軸を少し弄って、すでに清葉学園の臨時の養護教諭、桜井仁、二十四歳としての潜入を済ませていた。こちらの時間の流れは魔界よりも早いので、魔界から見ればたかが数日など誤差の範囲内の修正で済む。


「いやいや、前任者が急に入院してしまって驚いたよ。重大な病気の早期発見に至って不幸中の幸いだったがね。それにしても桜井先生が来てくれて本当に助かった。しかし医師免許もお持ちなのに何故養護教諭の道を選んだのかね?」


 学園長が尋ねる。ジーンは笑った。


「未来を担う子どもの数が減少の一途を辿っているのに加えて若年層の自殺者も増えている昨今、若者に寄り添える現場で働きたいと常々思っておりましたところ、こちらの教育理念に深く共感しまして…若輩ながらそのお手伝いができればと思った次第です」


 長すぎない黒髪に知的な眼鏡をかけて、学園長好みの若者に化けてみた。首尾は上々だ。


「そろそろ転入希望者が面接に来る時間だった。聞いたところによると定期的な服薬が必要とか。先生がいてくれて心強いよ。転生者も受け入れているのがこの学園の特徴の一つでもあるんだが、彼は養子縁組に成功した珍しい子どものようでね。私はこういった家庭の子も受け入れてこその学園だと思っているんだ。政府は排除だ撲滅だと騒いでいるが、皆等しく命を受けて今を生きている。若者には等しく教育も受けてもらいたい、私はそう思っているのだよ」


 学園長の言葉に嘘はないが、転生者と養子縁組する奇特な家庭は子どもに恵まれない富裕層が多いのも事実だった。富裕層を取り込めば寄付金も自ずと増える。利害関係が一致してこそのビジネスだ。それに富裕層の欲しがるのは容姿端麗で賢い子どもだ。そう、空気のせいで頭に霞がかかっていなければ、リツだって賢い。それに少々痩せ過ぎではあるが容姿端麗だ。

 学園長と別れて、ジーンは医務室へと入る。しばらくはここが彼の城だった。使い勝手のいいように配置を少々変えた。ベッドのマットレスも少しレベルアップする。頭の中でここにリツを押し倒す自分を想像してジーンは思わず悪魔じみた笑みを漏らした。その日が待ち遠しい。いつでも手に入れようと思えば入れられるが、このギリギリのラインを越えないところを攻めるのも楽しかった。


「君の合格はほぼ決まったようなものだな…」


 ジーンはうっとりと呟いて、己の唇に少し冷たい指先で触れた。



***

 

 

 ごく普通の簡単なテストと面接の後に暮林一家は別室で待たされた。リツは緊張したまま、化けた両親と共に待っていたが、次第に頭がぼんやりしてきた。


「体調悪そうだな…」


 ストラスがリツの様子に気付いて出掛けにジーンから持たされた鞄からアンプルと注射器を取り出す。アンプルの先端を弾いて折ると、手慣れた様子で薬液を吸い上げた。


「主のようにキスする訳にはいかないし…」


 リツは長袖をエストリエにめくられて上腕を消毒された。


「え…?」


「魔力を補充するよ」


 針が刺さる。リツは想像よりも痛くないと思いながら、ぼんやりそれを見ていた。薬液が体内に入ると次第に靄のかかったような頭がはっきりしてくる。ストラスはタブレットを出し時間を記録する。


「ここに通うようになったら、決まった時間に医務室に行くんだ。今からどのくらい効果が持続するかも念の為に測っておく」


「注射よりキスの方がいいわよねぇ」


 クスリと隣でエストリエが笑ってリツの顔をちらりと見る。リツは困って苦笑した。


「ねぇ、我が君って…夜の方はどうなの?」


 エストリエが耳元で囁いてくる。こんなところでする話ではないと、リツは慌てた。


「なっ…どうもなにも…」


「まだ添い寝とキスだけだ」


 ストラスがエストリエに向かって平然と言ったので、リツはなんでそこまで知っているのかと更に慌てた。顔が熱い。


「えぇ!?嘘でしょ!信じられない」


 エストリエには珍獣でも見るような目で二度見された。


「あなたも悪魔になったんだから、もっと欲望の赴くままに自分を解き放ちなさいよ。ね?」


「エストリエ、二人には二人のペースがあるんだ。主が言うには待つことも楽しみの一つらしいぞ。俺には理解不能だけどな」


 ストラスが言ったところでドアがノックされる。あっという間にテストと面接の結果が出てリツは呆気なく合格していた。


「こちらが制服を購入できるショップになります。今なら学園内のショップもまだ空いているので利用できます」


 事務員と思われる青年がタブレットを渡してきた。


「こちらは入学した生徒に配布されるタブレットです。この中に全てのテキストの情報が入っていますので忘れないで持ってきて下さい。ノートはタブレットと紙の選択が可能ですが、どちらにしますか?」


「ではタブレットで…」


 リツはタブレットを受け取る。薄くてとても軽い。会社のものよりも高価そうだった。


「不明点があればタブレットで質問して下さい。こちらがIDと初期のパスワードです。自由に変更して構いません」


 彼はリツを見て僅かに微笑んだ。


「君は幸運な子だね。これからの学園生活が楽しいものになるように祈っているよ」


 リツには分かった。この人は恐らく恵まれなかった転生者だ。目の下にはクマ。顔色が悪い。どこか自分と同じ匂いがする。リツはぺこりと一礼をした。


「リツ、制服を買いに行きましょ」


 エストリエが微笑む。通り過ぎる際にストラスが彼の耳元で小声で囁くのが分かった。彼は目を見開く。


「同郷のよしみで」


 ストラスは彼をしばらく抱擁した。


「マーキングする。これは仕事だからな、嫉妬するなよ奥さん」


 ストラスは近付いて彼の顔を覗き込む。


「もうっ…」


 ため息をつきながらエストリエがリツの目を覆った。


「…オセ…次に迎えに来るまで絶対に死ぬなよ」


 やがてリツの両目からエストリエの手が離れると、彼はへたり込んで真っ赤になり、口を押さえていた。目の下のクマは完全に消えている。数日前の自分とまるで同じだとリツは思った。


「…暮林律くん…君はいったい…」


 青年がリツを見て困惑した表情を浮かべる。


「そのうち分かる。でもリツには絶対に手を出すなよ?これは減刑のチャンスだ。君だっていつまでも流刑者のままではいたくないだろ?」


 ストラスの言葉に青年は大きく頷いた。


「アンプルは使えるか?だったら、とりあえず明日の分は分けてやる。リツ用に調整したものだから君なら一日一回でそれなりに効くだろう」


「ねぇ、まだかかりそうなら先に制服を見に行くわよ?」


 リツはエストリエに手を引かれて待合室から出た。タブレットの校内地図でショップの位置を確認する。各サイズの在庫数も明記されていて分かりやすいと思ったが、スカートまでがあることにリツはやや呆れた。


「ここ…男子校…だよね?」


 ショップに到着すると、本当にスカートとリボンまで販売されている。いくら多様化の時代とはいえ男子校で女装する生徒は果たして何人いるのだろうか。リツの怪訝そうな表情に店員はにこやかに声を掛けた。


「転入生の方ですか?スカートを見て驚いてます?意外と人気なんですよ。夏は涼しいって」


 いや、そういう問題ではないだろう。無難にスラックスを手に取る。ワイシャツとブレザーも持って試着室に入る。


「リツ、どう?」


 カーテンの向こうでエストリエの声が聞こえる。


「ウエストが…ゆるい…」


 カーテンを開けると、店員が魔術でサイズの微調整をしてくれた。ブレザーの袖も心持ち短くする。


「あら、似合うじゃない」


 エストリエがクスリと笑う。


「ジャージも必要ね」


 ショップで一式買い終わる頃にようやくストラスが現れる。着替えたリツを見て破顔した。


「似合ってる。新鮮だね」


 端から見れば仲の良い親子に見えるのだろうか。来客用の出入り口から外に出ると、グラウンドで体育の授業中の生徒たちが見えた。リツは不意に視線を感じる。校舎を振り返るとカーテン越しに長身の人影が見えた。


(この気配…)


 ストラスに呼ばれてリツは駐車場に急ぐ。視線の主が気になったが車に乗り込む。


「リツさんも、気づきましたか?」


 車内に戻るとストラスは途端にリツに対して丁寧な口調に戻った。


「見られてた…」


「誰かさんは心配症ね」


 クスクスとエストリエは笑う。


「えっ?さっきのってもしかして、ジーン?」


「主以外に誰がいるんですか」


 慌ててタブレットで校内見取り図を見る。グラウンドの位置からしてその場所が医務室と書かれているのが見て取れた。リツが教師の名前の一覧を確認する。


「臨時養護教諭、桜井仁…じん、って…ジーンだから?」


 安直過ぎる。ジーンとは似ても似つかない、眼鏡をかけた若い日本人男性の顔写真があった。


「あら、これはこれでいい男じゃないの。明日から楽しみね」


 エストリエが画面をタップして顔写真を拡大する。リツは慌てて画面を閉じた。リツの編入するクラスは三年一組らしい。クラスメイトの名前の一覧に三柱冬真の名前があった。生徒会長と書かれている。バスケットボール部と読書部に所属。部活動の掛け持ちも可能なのか、とリツは妙なところに感心する。どちらかというと穏やかで優しそうな顔立ちだ。


「三柱冬真と佐伯凛…」


 リツは車内に持ってきた会社のタブレットを開く。どちらもショートヘアーで凛の方がキリッとした強そうな目鼻立ちをしている。


「リツって本当に真面目よね。そういうところも、我が君の癖に刺さるのかしら…」


 隣のエストリエはやや呆れたような顔をして、車中でも真面目に仕事をするリツの綺麗な横顔を見守った。

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