表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/108

五十嵐警部の場合 2

 ドアが開いて現れたのは、先ほどの全頭マスクの巨躯の男とはまた別の男だった。だがこちらも異様にデカい。それに横幅もある。こちらもやはり全頭マスクを被っていたが、目元は吊り上がっていて細かった。裂けたように大きな口の中に生えた歯はどれもノコギリのようにギザギザと尖っている。彼はケビンには目もくれず、五十嵐警部の首の後ろをむんずと掴むと引きずってゆく。


(大丈夫だ影に紛れてついてゆく)


 声だけが聞こえ、ケビンの姿は視界から消える。目の前で扉が閉まり、薄暗い中を彼はズルズルと引きずられて運ばれた。


(いや…これは…ひょっとするとまずいんじゃ…)


 だが巨躯の男の手は鋼の如く頑丈で多少暴れたところで無意味なのは分かっていたし、下手すると大怪我をする可能性すらあった。


「ドクター…連れてキタ…」


 彼がドアを開けると中には気味の悪い光景が広がっていた。血で描かれた魔法陣のようなものが汚れた床一面に広がっている。だが、目の前の相手の白衣には一滴のシミもついてはいなかった。


「よく来ましたね。十一の数を持つ者よ」


「…は?俺は名前に一しか入ってねぇよ」


 五十嵐警部はほっそりとした相手を見上げる。女のような美しい顔をしているが男性だ。一見すると気弱そうな見た目だった。とても残忍な方法で人を殺害するようには見えない。だが五十嵐警部の長年の勘が告げる。この目は人を殺している。


「計るという字に十を含んでいるではありませんか。あなたは孤独な素数なのにそれを理解していないのですか?」


「は?何が孤独な素数だ…俺には到底理解できないね」


 五十嵐警部が吐き捨てるように言うと、相手は残念そうに首を横に振った。


「素数は一とその数自身でしか割り切れない孤独な数字なんですよ。孤独ゆえに美しい。それすら理解できないとは嘆かわしい。札付き転生者たちもまた孤独だ。故郷を追われもう戻れない孤独な魂…たとえ傍らに誰かを置いたところでその孤独は埋まらない。一層その孤独さが浮き彫りになるだけ…」


 芝居がかった調子で彼は大袈裟に嘆き、不意に笑みを浮かべて彼の方を見た。嫌な目付きだった。


「あなたは…その隣の巨大で哀れな生き物と自分は全くの無関係だと思っていますよね?この生き物たちを低脳にした責任の一端はあなたが担うべき罪だと私は考えるのですよ?」


「は…?」


 五十嵐警部の両手は巨躯の男に掴まれたままだ。近付いてきた美貌の男性は素早く手を動かした。ほぼ認識が不可能なほどのスピードだった。警部の服は破れた。が、皮膚には傷一つついていなかった。彼はその皮膚の上にメスを握ったままの指先を当ててすうっと撫でた。


「転生しているうちに都合良く悪いことは忘れる頭の持ち主で羨ましい限りですよ。かつて魔王を討伐した勇者殿?あなたの剣で刺した魔王の腹の中に赤子がいたことまではご存知なかったでしょう?」


 触れられているうちに、五十嵐警部は自分がかつて勇者と崇められ、選ばれし仲間と共に魔王討伐を行ったことを思い出していた。確かに倒した魔王は女だった。だが、そんなことは知る由もなかった。しかしたった今告げられたことで、五十嵐警部の中に妙な罪悪感が芽吹いた。魔王は母になるはずだった?


「その腹の子は希望でした。低俗で低能な悪魔が多い中、彼は優れた知能を持って生まれるはずでした。何故なら彼は神の使者と魔王とが愛し合った結果、生まれてくるはずの子だったのだから」


 目の前の相手に顎をつかまれて、五十嵐警部は顔を覗き込まれる。何故かこの顔に見覚えがある、そんな気がした。


「神の使者と聞いても畏れないのですね…あぁ…この世界には神が存在しないからなのか…結果として、悪魔たちは高い知能を得る機会を永遠に失い、魔王を失って統制力のなくなった下々の悪魔たちは散り散りに異世界へと逃れて行った…人は最初は悪魔のいなくなった世界に喜んだかもしれない。だが憎むべき悪を失った世界は新たなる憎悪の対象を求めて、異世界の悪魔を探すようになった…勇者であるあなたの後継者たちが作った組織は歯止めの効かない暴走を始めている。中にはあなたのご友人のように、平和主義を貫く悪魔もいるというのに」


 突風が吹いたかのような衝撃を感じ五十嵐警部はいつの間にか地面に仰向けに倒れていた。服まで吹き飛ばされたのか上半身はすでに裸だった。彼の上に美しい顔の男が乗っている。と思ったらそれは彼が討伐した魔王の女の顔になっていた。


「実にいい景色ですね…今からあなたは私に切り開かれて、女のように悲鳴を上げる。魔王を倒すことが正義だと何の疑いもなく話し合いの場も設けずに残虐の限りを尽くした元勇者の罪がようやく暴かれる…」


 メスの先端が彼の胸に触れ身体に痛みが走った瞬間に、辺りが突然暗くなった。何かがぶつかるような音とくぐもった悲鳴、時折聞き覚えのある声がした。再び明るくなったときに、樋口巡査部長の声がした。


「ガドリエル…いや、十七夜月(かのう)聖也(せいや)を転生者の監禁及び傷害罪で現行犯逮捕する」


 手錠をかけられた彼は、わずかに目を見開いて樋口巡査部長の顔を見た。


「…勇者の守護天使のご登場…という訳か…やれやれ。どうして目覚めたんだ?」


 樋口巡査部長はそれには答えず、五十嵐警部の方を見て眉を寄せた。五十嵐警部は起き上がって血の流れる胸の傷にポケットからハンカチを出して圧迫した。


「大した傷じゃねぇ。他の部屋にも監禁されてる奴がいる」


 程なくして他の警官も到着したが、樋口巡査部長の協力者たちは皆尽く姿を消していた。五十嵐警部はそのまま病院へと搬送される。後になってから引きずられたときにあちこちぶつけた打撲の方がむしろ痛くなってきていた。

 傷口を縫合された後、少しうとうとした間に彼はおかしな夢を見た。自分が勇者で神官とハーフエルフ、それにドワーフを連れて魔王討伐に出掛ける夢だった。そうして自分の後ろには常に守護天使がいた。それはどういう訳か樋口巡査部長の顔をしていた。


「あ…」


 目覚めると、五十嵐警部のベッドの横には樋口巡査部長が座っていた。彼は点滴をぼんやりと見上げる。その視界に入り込んだ彼女は怒ったような顔で彼を睨んだ。


「イガさん…なんだっていつも猪突猛進なんですか。勝手なことばかりして拉致監禁されて挙句の果てに私に助けられるなんて、ホント格好悪いったらないですよ」


「わりぃな…格好悪くて結構だよ」


 ククッとベッドの下の方で嫌な笑い声がして、樋口巡査部長はギョッとしたように足元を見た。


「おいおい…あの場で見た嫌な夢だと思ってたら違うのかよ…悪いな、どうやら変なのを連れてきちまったみたいだ…」


 ベッドの下の影からぬるりと姿を現した黒のタンクトップとハーフパンツの外国人に、樋口巡査部長は危うく上げかけた悲鳴を飲み込んだ。


「…多少は…助けてくれた…のか?いや、むしろ俺が助けたよな?」


 五十嵐警部はケビンを見て呆れたように言う。


「いや…でも…この人がフォスターさんの前にいきなり出てきて教えてくれたお陰で、最短経路で突入できたから…じゃなかったら…もっと怪我してた可能性が…」


 樋口巡査部長はそこまで言って、しまった、とばかりに口をつぐんだ。フォスターと聞こえた気がする。


「…悪魔に手助けしてもらった訳か。なるほどね…」


 樋口巡査部長は気まずそうに沈黙して、ケビンを横目で睨んだ。


「もう用が済んだならどこかに行ってくれない?」


「守護天使の姉さん、そんなに露骨に用済みみたいな言い方されてもね…それなら、ちょっと知り合いの悪魔を誰か呼んでくれよ。そしたらうまいこと契約でもしてもらってそっちについて行くからさ。あれ?ちょっと待った!シトラス・オレンジがいるぞ?変な格好してるけど」


 そう言って彼はぬるりと床下に消える。何度見ても気持ちが悪い。床が液体にでもなったかのようだと樋口巡査部長はため息をつく。


「…あの…私、天使でした。思い出したんです。ま、それで別に劇的に何かが変わるわけじゃないですけど…勇者って、実に無鉄砲なイガさんらしいですよね…」


 不意に面会はできないはずのドアがノックされる。だが警戒するでもなく樋口巡査部長はドアを開けて、そこに立っている見知らぬ生真面目そうな男性を招き入れた。その後ろから見覚えのある顔が入ってくる。一時期世間を騒がした伊集院家の三男だった。


「…なんですか。今日は一保護者としてルイの経過観察で受診しに来たんですよ。いつの間に変な使い魔を使役するようになったんです?」


 彼は言いながら目の前でシトラス・オレンジの姿に戻った。五十嵐警部はあ然としてその様子を見ていたが、床下から再びケビンが姿を現した。


「あの…今日はフォスターさんのお世話になったおかげで五十嵐が殺されずに済んだんですが…あっ!もちろん、あなたも…捜索して下さってありがとうこざいました。で、この人、何なんですか?」


 最後は五十嵐警部に向かって言う。ケビン本人はと言えば、ルイにやたらと絡んでいた。


「何って…現場でたまたま会って…血を飲まれたっつーか…」


「…はい?」


 樋口巡査部長の顔が険しくなる。それはそうだろう。詳しい経緯など説明しても信じられないに違いない。けれどもケビンと五十嵐警部の顔を交互に見ていたストラスは、なるほど、という顔で頷いた。


「血を与えたことで一時的な契約関係を結んだ訳だな…で?なんでルイに絡んでるんだお前は…」


「いや、だって、俺だって異性愛者のおっさんより、自分を受け入れてくれそうな相手と契約した方がお互いウィンウィンじゃん?おっさんの魔力じゃ足りなくて今はこんな格好だけど、君の血を貰ったら好みの男になってやるよ?どう?俺とあんなこと、こんなことしたくない?」


「えーどうしようかなぁ?」


「おい、そこで迷うなルイ、やめとけよ。ダンピールもどきなんか連れ帰ったら、エストリエがブチ切れるぞ?」


「でも、この人…あ、人じゃないか、ずっと警部さんにくっついてる訳にもいかないんでしょ?別に血を飲まれるのは慣れてるし、僕の望みも叶えてくれるなら一石二鳥だと思ったんだけど…あのね?うちには元吸血鬼で今は悪魔の女の人がいるんだ。彼の奥さんなんだけど…うまくやっていけそう?」


「んー?俺は別に構わないよ。吸血鬼殺しには飽きたんだ。体のいいように使われて、結局ここでも使われて…しばらく安全なとこで休みたいんだよ。それだけなんだ。お試しでもいいよ。俺だってたまにはキレイな少年の血が飲みたい」


「僕はきれいじゃないよ。薄汚れてる。それでもいいならどうぞ?」


「おいこら、ルイ!!」


 ストラスは止めようとしたが、すでにルイの首にケビンは唇をつけていた。噛まれた瞬間にルイは震えて、閉じていた目を薄っすらと開ける。美少年の恍惚とした表情に、五十嵐警部は目のやり場に困って長身の外国人を見上げた。彼は呆れたように肩をすくめて五十嵐警部に頭を下げた。


「すみませんね。変なとこをお見せして。樋口巡査部長でしたっけ?まぁ、覚醒したなら多分、こんなダンピールもどきに彼を守護させなくても、大丈夫だとは思いますが、彼の魂を見失う前にちゃんと今度は絆を繋いでおいた方がいいと思いますよ、ってこれは悪魔の余計なお節介ですが」


 二人の顔を見ながらそんなことを言うので五十嵐警部は戸惑ってしまった。一方の樋口巡査部長の方は慌てていた。


「なっ…何を言ってるんですか!私は別に彼のことなんか何とも思ってないんですから!!」


 ストラスはニヤリと笑って樋口巡査部長の顔を見た。


「いつ誰が誰のことを思ってる、なんて言いました?それに本当は好きなくせに、そんなことを言ってたら、彼には一生伝わりませんよ?彼らくらいに大胆にならないと…」


 いつの間にかルイとケビンは口付けを交わしていた。さっき会ったばかりの相手だ。なのに何がどうなって、この二人はキスをしているのかと、樋口巡査部長は思わず赤くなる。無駄に二人とも綺麗な顔をしているので尚更たちが悪い。ケビンはルイの肩を抱き寄せたまま囁いた。


「ルイ…なんでお前、そんなにキスがうまいんだよ」


「え?そう?そりゃ…まぁ…経験豊富だから?」


 意味深に笑ってルイがストラスの方を見上げる。頼むから今ここで余計なことは言うなとストラスは思った。事態が更にこんがらかる。


「とりあえず一時的にルイに契約先を移したので、彼をここから離すことは可能になりました。この先はどうぞお二人でごゆっくり」


 彼は片手を軽く上げるとルイを連れて出てゆく。


「じゃーな、警部殿!」


 軽く言ってケビンはルイの足元に消えた。呆気に取られた二人が残される。樋口巡査部長はため息をついた。


「あの…さっきから現実離れしたことばかり起こってるので、これもその一つだと思って聞いて下さい…私は五十嵐警部のことが…その…好きです。相棒になる前からずっと…言わないと多分気付いてももらえないと思ったので言いました。それだけです」


 五十嵐警部は何を言われたのかを理解するまでに通常の倍以上の時間を費やした。そうして今自分は告白されているという事実に気付く。


「おい、それだけって…悪い。鈍くて。そもそも自分がそんな対象になるとは思ってなかったんだ。だから…」


「いいんです。私には色々良くない噂もあったと思いますし。天使なんで、エネルギーがすぐ足りなくなってたんですよ。といってもついさっき、その事実に気付いたばかりなんですけど。だから仕方なく補給するのに手近で間に合わせてました…」


 五十嵐警部は小さなため息をついた。自分がさっさと気付いていれば、そんなこともしなくて済んでいたのだろうか、と考えてしまったからだった。


「こんな人相悪いおっさんのどこがいいんだ…?樋口は美人だなと思ってたよ。セクハラになるから言わないだけで、女として見たことがないと言ったら嘘になる。俺だって男だしな」


 五十嵐警部は照れたように言って目を逸らした。


「それって…アリってことですか?」


「…あぁ…そうだよ。こんな美人に好きだと言われて、嬉しくない男なんていないだろ」


 不意に樋口巡査部長は自分の今日の格好を見下ろした。


「こんなことなら…もっとちゃんとオシャレしていれば良かったです…でも嬉しい」


 樋口巡査部長は五十嵐警部の頬に触れた。


「やっと…手に入れた…私だけの勇者…」


「…天使に助けられてばかりの情けない元勇者だけどな…」


 五十嵐警部が言うと樋口巡査部長は微笑んだ。


「いいんですよ、生きてさえいれば結果オーライです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ