再び成瀬&オセの場合
どのくらい眠っていたのか成瀬は薄暗い中でふと目を覚ました。寝返りを打とうとして誰かの腕の中にいることに気付いて焦った。
「起こしてしまいましたか?」
豹の耳の瀬尾が笑って成瀬の髪を撫でた。美しいヘーゼルの目が成瀬を見つめている。
「少し前まで雪豹の姿をしていたのに、戻ってしまいましたね…身体の方は大丈夫ですか?少し無理をさせましたから…」
身体を動かそうとして成瀬は思わず顔をしかめた。身体があちこち軋むような感覚がある。
「いっ…すみません…なんか…あちこち…痛いです…」
そうして唐突に自分が獣になって同じく獣姿の相手とまるで狂ったように本能に身を任せていたことを思い出した。初対面の相手にとんでもない醜態を晒したと成瀬は思わず顔を覆った。
「あの…てっきり…夢だと…思ってました…」
「すみません…途中からそんな気はしてましたが…あなたがあまりにも美しいので…途中で止めれませんでした」
美しいなどという台詞と人生において無縁だった成瀬はポカンとして相手の美しい顔を見上げる。悪魔に憧れて生贄を捧げ続けていた頃は醜い姿を皆にあざ笑われていた。磔刑に処されたときも、石や腐った物を投げられた。それで醜い見た目がもっと酷くなった。
「そんな顔をしてどうしました?」
「いえ…」
何故急にそんなことを思い出したのか分からないが、悪魔になったせいかもしれない。そうして目の前の相手に対して途端に照れ臭くなって成瀬は俯いた。
「あなたの魂は無事に私のものになりました。美しい雪豹はあなたの魂に一番近い姿です…多少なりとも望みは叶いましたか?」
「は…い…多少どころか…十分過ぎるくらいです…」
成瀬は相手の顔が見れないまま小声で言って頷いた。昔と比べれば今の見た目はまだマシな方だ。少なくともこちらを見るなり相手が逃げ出すような化け物じみた姿ではない。てっきり成瀬は醜悪な己の本性を相手に暴かれたのだと思っていた。だが美しい雪豹だったと言われ戸惑っていた。
「私はこれから毎日あなたに魔力を注ぎます。先ほどのような方法が一番効率も良いのですが、大丈夫ですか?この先も続けられそうですか?」
真面目な口調で問われて成瀬は面食らいながらも頷いた。相手は嬉しそうに微笑むと成瀬の頭を撫でた。
「お互いの魔力効率も上がりますし、あなたにも次第に悪魔としての自覚が芽生えるでしょう。この先私の影響をどの程度あなたが受けるのかは興味深いところではありますね」
彼はそう言いながらマーキングの際に噛んだ成瀬の首の後ろの歯型に指先で触れた。慈しむように傷跡をなぞられて、成瀬は無駄に心臓がバクバクした。
「あのっ…変な気分に…なりそうなので…」
成瀬がやっとのことで伝えると彼は可笑しそうに笑った。
「良かった。何の反応もないのかと思って心配になりましたから。変な気分にさせる為に触っているんですよ?だから大丈夫です」
何が大丈夫なのだろう。全く大丈夫どころの騒ぎではない成瀬は急に火照りだした身体を意識した。
「次はこのままの状態での相性を試してみようかと思いまして。その前に身体の痛みを和らげていきますね」
するすると痛む場所を探られる。手が触れた場所から不思議と軋む感覚が消えてゆくのが分かった。あちこちを愛撫されながら、そのまま背後から抱きしめられた。たったそれだけのことで成瀬の理性は呆気なく崩壊した。結局成瀬はその後朝を迎えるまで、豹耳の美しい青年に再び翻弄されることになった。悪魔の体力は尽きることがないのかと成瀬はレースのカーテン越しに白み始めた空を見ながら思った。気を失うように深く眠り、優しい手で揺り起こされると、まるでルームサービスのように美味しそうな朝食が並んで湯気を立てていた。
「おはようございます。温かいうちに食べましょうか」
瀬尾が微笑む。成瀬はゆっくり起き上がって瀬尾が所有印と言いながら刻んだお腹の上の魔法陣をぼんやりと眺めていた。瀬尾の魔法陣は美しい。恐る恐る指先で触れるとお腹の中が切ないような、苦しいような今まで感じたこともない感覚に襲われた。
「お腹が…痛いですか?」
「ち、違います…違うんです…」
成瀬は慌てて首を振りバスローブを羽織った。そうして今更ながら相手をなんと呼べばいいのか戸惑った。
「あの…瀬尾さん…とお呼びすればいいでしょうか?」
「それでは少々他人行儀ですから、下の名前で、一星と呼び捨てで呼んで下さい」
「一星…」
「私もその代わり、恭也と呼びますね」
瀬尾は微笑んで成瀬の手を取り、近くの椅子に座らせた。
「今日は皆さん、それぞれの寝室で朝食を食べているようですよ。いただきます」
瀬尾の声に成瀬もいただきます、と言って一口スープを飲んだ。途端にものすごい空腹を感じた。瀬尾も同じらしく、美味しそうに次々と皿を空にしてゆく。成瀬は温かいバターロールを噛み締めて、不意に幸せを感じた。今まで生きていて、こんなに深く満たされて幸せを感じたことなどなかったかもしれないと思うほど彼は満ち足りていた。魂を捧げるという行為が彼にもたらしたものは、苦痛ではなく甘美な痛みと快楽だった。かつて石を投げられ罵られた醜い生き物は悪魔に変貌を遂げてついに望んだ姿を手に入れた。獣の姿の彼も人の姿の彼も両方を目の前の悪魔は平等に愛した。
「美味しいですね。二人で食べているから余計にそう感じるのかもしれません」
瀬尾の言葉に成瀬は頷いた。
「今…僕は…幸せだなと…思っていました。この朝を…忘れたくないなと」
「嬉しいことを言ってくれますね。私の手であなたを悪魔に変えることができて良かったです」
瀬尾は優しく微笑む。明るい朝日が二人を照らしていた。




