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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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ジーン&リツの場合 39

 寝室でジーンとリツはひとしきり抱き合って互いの欲望を満たしていた。やはりまだ悪魔のチョコレートの効果が残っているのか、リツがいつになく積極的に自分を求めてくることにジーンは喜びを感じていた。今、腕の中のリツは天使の姿をしている。長い銀の髪に豊満な胸。白く長い手足。悪魔に変えてもその美しさはより一層輝いて見えた。


「アルシエル…角が出てる…」


 フィランジェルの声色でリツが笑って両手を伸ばして悪魔の角に触れる。長めの黒髪の間から生えた二本の角の先をするすると撫でた。


「本当はね、戦っているときも…その角に触ってみたいなって思ってた…」


「そう…なのか?」


 唐突な言葉に彼は戸惑う。こんなものに何故興味を持つのかと不思議でもあった。


「だって、私にはないから…すべすべしてて…気持ちいい…感覚はあるの?」


「ないな。仮に失ってまた生えてくるとしばらくは感覚もあるが…そのうちなくなる」


「そうなんだ…」


 何故か嬉しそうにフィランジェルは笑う。アルシエルの盛り上がった筋肉に指を這わせて撫でる。不意に荒々しい感情が過ぎりアルシエルは再び腕の中の天使に深い口付けを始めた。そのままアルシエルはリツの中に入る。口の中で牙が伸び、背中から悪魔の翼が出るのを感じた。今まではそれでも抑えていた。だがフィランジェルの姿を見ていると、次第に抑えが効かなくなった。自分の腕の中で快感に仰け反る白い喉元に彼は思わず噛みついた。牙で深く刺して溢れ出る血を獣のように貪る。フィランジェルの身体が震えた。けれどもそれが恐れではないことをアルシエルは理解していた。彼はついに自身を解放した。乱れた呼吸を整えながら、ゆっくりと牙を抜く。アルシエルは丁寧に傷口を塞ぎ始めた。最後に流れる血を舐め取ると、薄っすらと開いたフィランジェルの青い瞳が彼を見て笑みを湛えていた。上気した頬が美しい。その行為に彼女が昂ぶっているのだと分かって仄暗い興奮に彼は酔い痴れた。


「…そんなに…美味しい?」


「あぁ…お前の血は…不思議と…そう感じる…」


 血よりも赤く美しい瞳がフィランジェルを見下ろし、長い髪に触れる。不意にフィランジェルはそれを見てクスクスと笑い出した。


「リツのときも髪を伸ばした方がいい?銀の髪じゃないけれど…」


「なぜだ?別に…今のリツのままでも私は十分に美しいと思っているぞ?」


「だって、この姿になったら必ず髪に触れるから…長い方が好みなのかなと思って…」


 そう言ったフィランジェルは不意にリツの姿に戻った。アルシエルもジーンの姿に戻ると、リツの少しだけ伸びた黒髪に触れた。


「…それで…髪を伸ばそうとしていたのか?まぁ、黒髪ロングの一見すると清楚に見えるくせに官能的なリツも見てみたい気はするな」


 ジーンはリツを抱きしめる。黒い瞳は間近で見ると茶色い。どちらの姿でも愛しい。どこまでもこの魂を黒い己の手でどす黒く染め上げたいと思う自分と、この無垢な透明さを失わせないまま大切に守りたいと思う相反する自分の感情をアルシエルは持て余していた。そうして、別室でルイを抱かずにいるストラスの葛藤を読み取る。一線を越えてしまえば楽になるだろうに、エストリエに対してもルイに対してもそれは失礼なことだと、自分の部下は耐え忍んでいるようだった。


(ルイにも本当の意味での恋人が出来れば問題はないのか)


 今回、ルイは成瀬をオセに譲った状態になったが、そもそもルイがパートナーに成瀬を選ぶとは思えなかったこともあり、ジーンは余計な口出しをしなかった。ルイの好みは成瀬のような若造ではない。もう少し年齢差がないとルイは本気にはならないだろうとも思った。


(そうなると…黒木だが…あれはルイを甘やかし過ぎて骨抜きにしそうだ…いざというときに使い物にならないのは困る)


 思い悩んでいるジーンに向かってリツが言った。


「ねぇジーン、私もこの姿のままでも戦えるように…身体を鍛えたい」


「急にどうした…?」


 ジーンが不思議そうに問うとリツは明るい茶色の少し長い髪に指を絡めた。


「最近物騒だから。出来る限りのことは自分でもしようと思って」


「そうか。まだ戦っていたときの感覚は戻り切っていないか…それでも反射神経は上がったと思うが、そういうことなら付き合おう」


「ありがとう」


「いや…別に大したことじゃない」


 ジーンはリツの頭を撫でる。リツの望みに付き合うことは彼にとっては息をするように当然のことだった。彼はもう一度リツを抱きしめると、ゆっくりと眠りを促す魔力を流す。悪魔のチョコレートの効果はかなり抜けたが、まだ僅かに残っていた。少し眠らせないと、またリツを抱いてしまいそうだった。しばらくすると穏やかな寝息が聞こえてきた。


「おやすみ、リツ」


 ジーンは囁いて目を閉じた。



***



 リツがぐっすり眠ったのを確認してジーンは静かに起き上がった。リビングに降りるとストラスが一人缶ビールを飲んでいた。


「ビールか、珍しいな」


「まぁ…たまに、飲みたくなる日もあるんですよ」


 ジーンも冷蔵庫から別の銘柄のビールを取り出してグラスに注ぐ。缶ごと飲むよりこの方が旨いと思う。泡との比率に満足して口をつけると、ストラスがニヤニヤしながらこちらを見ていた。


「主はいつだってブレないですよね…」


「急になんだ?」


 グラス片手にストラスの向かいに座る。缶ビールを飲み干したストラスに向かってジーンは、最近思っていたことを口に出した。


「…私とお前との主従契約を…解除するか?」


「え…?急にどうしたんです?」


 ストラスは明らかに動揺して一瞬元の悪魔の姿に戻ってしまった。


「いや、私の及ぼす影響がお前にとっては(かせ)になっているのではないかと思っただけだ。ルイとのことも含めて」


 ストラスは主の目をみたまま不意に口元を歪めた。そうして顔を覆う。


「嫌だなぁ…俺にまた昔の(けだもの)に戻れと言うんですか?前は厄介だと思った人間くさい感情も今はそれほど嫌いじゃないんですよ。それに今更枷を外して奔放に振る舞ったら今度こそエストリエにぶん殴られそうだ」


 ジーンはビールを飲みながらわしゃわしゃと髪を掻き乱すストラスを見ていたが、思わず笑ってしまった。


「…確かに変わったよ、お前は。私が変えてしまった。何百年と時間をかけてゆっくりと」


「解除しないで下さい。ルイはルイで…俺が悩んでる間に自活する道を切り拓くんじゃないかと思ってますよ。あいつは見た目よりずっと中身は強い。いつ手玉に取られるかとこっちは戦々兢々(せんせんきょうきょう)だ。ま、それも含めて楽しんでもいるんで、そのお心遣いのみいただいておきますよ」


「そうか。楽しいのなら、ま、とりあえずは保留とするか。アスモデウス元帥にネチネチ言われたのだよ。お前が悪魔として不能になるか鬱になるかした場合は玉座から引きずり降ろしてやる、とね。まったく…口は悪いがあれはあれでお前のことを心配しているらしい」


「はぁ?顔を合わせる度に嫌味しか言わないのに心配ですか?それこそ、どうかしてるんじゃないですかね…」


 ストラスは肩を竦める。彼こそ主の契約で数百年ほど縛られて奔放な下半身を少しは矯正されるべきだと思った。だが、彼が魔界にいて目を光らせているからこそ、二人がこうして異世界にいても魔界が安定しているのも事実だった。


「だったらお前はあの元帥に、お前のことが心配だ、と耳元で囁かれたいのか?そんなことを言われた日には女悪魔の姿に変えられて組み敷かれるんじゃないかと不安になって夜も眠れないだろう?」


 うっかり一瞬想像してしまったジーンは眉をひそめる。ストラスが女の姿になるのを見たことがない訳ではないし、気軽にリツの姿になってバイトを辞めに行ったりもしているので、本人にはそれほど抵抗はないのかもしれないが、ジーンにとって気味が悪いとしか表現のしようがなかった。


「…嫌なこと思い出させないで下さい。絶対にエストリエには言わないで下さいよ。…ここ二百年ほど…元帥に言い寄られてるんですよ…」


 長年黙っていたことをとうとう主に白状したストラスは、目の前のジーンが呆れ返る顔をしたのが分かった。


「…元帥の守備範囲が広すぎて、私には到底理解しかねるが…なるほど、そういうことか」


 ジーンはグラスのビールを飲みながら苦笑したが、事ある毎にストラスとエストリエに一言二言余計なことを言う元帥の心境だけは、ようやく理解できた気がした。


「エストリエにもとんでもない恋敵がいたとはね」


 ジーンは面白そうに笑う。白状してしまったストラスはやはり言うべきではなかったかと、深いため息をついた。 

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