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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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ジーン&リツの場合 38

 ストラスは自分が捕らえた異世界の悪魔に対して使い魔の契約を交わした(あるじ)に驚きを隠せなかった。てっきり始末するか放り出して終わりだと思っていたからだった。


「本気ですか…?」


「あぁ勿論だ。純粋な魂に近い形に変えたら面白くなったぞ。あの(いか)つい見た目はハリボテに等しかった。ハリボテを解体したら実に可愛らしい七歳児になった。お前は七歳の魂を拷問したんだぞ?心が痛むだろう?」


「は…?七歳…?いやいや、それはさすがに…」


「まぁその表現は大袈裟だが、残念ながらそのくらい中身は成長していないということだ。身体ばかりは大きくてもせいぜい生まれて百年にすら至っていない上に最低限の悪魔らしき知識も持ち合わせてはいない…全く…異世界の教育機関はどうなっているんだか。悪魔としては一からの躾だな。リツやルイよりもなってない」


「躾って…まさか…」


「あぁ、もちろん嬉々として黒木が引き受けてくれたぞ」


「うへぇ…」


 ストラスは思わず異世界の悪魔に同情したくなった。黒木ならば忠実に主の望みを叶えるだろう。言い方は悪いがグルーミングに近いギリギリのラインで相手を手なづけ巧みに懐柔(かいじゅう)してゆく。現に風呂場の方からはゾッとする気配が漂っていた。まるで何の音も聞こえないが、二人の気配は確かにある。その静けさが(かえ)って不気味だった。ただ身体を洗うだけでは到底済まないだろうとストラスは思った。風呂から上がる頃には黒木の忠犬よろしく尻尾を振っているに違いない。そうして主は絶対だと同時に信じ込ませる。黒木は嘘はつかないが、ストラスですら舌を巻くほどに言葉が巧みだった。あれで人間時代にはどうして契約が取れなかったのだろうと不思議になる。悪魔になって人としての理性の(たが)が少し外れたことで滔々(とうとう)と話すようになれたとも言えるが、人であった間は使えずに(つまず)いていた意外な能力が悪魔になって開花する例は存在するのも確かだ。良心の比率の問題かもしれない。あの見た目で人を(おそ)れさせるリツのように。

 主と共にリビングに戻ると、エストリエとイチカ、それにリツとルイが仲良さそうに顔を寄せ合ってアイスを食べていた。実に平和な光景だ。オセと成瀬はとりあえずゲストルームのベッドに寝かせてある。見た目は二匹の豹がベッドに寝そべっていて現実味がなかったが、予想以上に相性も良さそうなので、互いの魔力不足を補うには問題ないだろう、とストラスは気配を探りながら思った。契約したオセに異変が起こった場合には、すぐに駆けつけられるように気を配る必要があった。


「二人も食べる?」


 ルイの言葉に二人は頷く。リビングのソファーには黒猫と呼ぶには(いささ)か大き過ぎな、猫姿の宮森が社長の膝に頭を乗せて(くつろ)いでいた。社長はすでにアイスを食べ終わって、テレビのニュースを見ていた。


「あの二人は無事に契約できた?」


 リツが訊いてきたのでストラスは頷いた。そうしてニヤリと笑う。


「成瀬くんは、随分と意外な本性を見せてくれましたよ。犬みたいな顔をしておきながら雪豹になるんだから」


「え?雪豹…?」


 リツも想像が追いつかなかったのか、きょとんとしてジーンの顔を見上げた。


「成瀬くんって元聖職者じゃなかったの?」


「そうだが、どうした?」


「それがなんで雪豹になっちゃうの?」


 真面目な顔をして首を傾げるリツにジーンは思わず笑ってしまう。理解できないようだ。


「なんだ?リツは転生前に近い姿にでも戻ると思っていたのか?リツの場合はたまたまそうなったが、それはお前自身が悪魔の姿の私に抱かれる為に、天使の頃の姿になるのを望んだからだ。儀式を行うと本人が一番強く望む姿に生まれ変わることが多い。簡単に言えばそういうことだな。もちろん契約する悪魔の影響も受けるから、望みが全て叶うかといったらそうではないが」


 ジーンの説明に一瞬納得したような顔をしたリツは、イチカにじっと見つめられていたことに気付いて慌てる。


「へぇ…天使と悪魔で抱き合ったのか。随分と背徳的なのが好きなんだな」


「イチカも気になるなら試せばいい。その気になればどんな姿にだってなれるんだからな」


 平然と言い放ったジーンをリツは横目で睨んだ。


「えー。ソウシはどんなのが好きなんだ?天使姿のオレも見てみたいか?」


 イチカの声に、リビングのソファーで宮森の顎置き場になっていた社長は、振り返って爽やかな笑みを返した。


「どんな格好でもいいよ。あぁでも…獣の格好になるなら猫耳くらいまでにしておいて。それ以上変わると色々と差し障りが出るから」


 社長は宮森の頭を優しく撫でる。緊急時以外でこの大きさに戻った宮森を見るのは久し振りだった。うっかりこの世界に堕ちてしまったときも宮森は共にいたが、姿を現せないくらいに弱ってしまっていた。今このように魔界にいた頃と大差ない姿で過ごせるのは、この家そのものを覆う魔力が安定しているからだろう。悪魔に戻ってから社長自身も体調がかなり良くなったが、この家にいるとより一層過ごしやすさを感じた。


「イチカも隣においで、そろそろ魔力を補おう」


 社長の声にイチカは素直に立ち上がって隣に座る。社長はイチカの肩を抱いた。二人の間に漂っていた当初のぎこちなさはもうなかった。寄り添ったイチカからは安堵している様子が伝わってくる。いつの間にかルイも、アイスにラム酒をかけて食べているストラスに寄り掛かっていた。その反対側にはエストリエがいてやはりさりげなく触れ合っている。三人はそうすることで効率よく魔力切れを防いでいるようだった。


「ルイも一口食うか?」


「んー?いい匂いがするね」


「そんな酒をドバドバかけたものを未成年に勧めるな」


 ストラスは早速ジーンに釘を刺される。ルイはクスクスと笑った。エストリエは呆れ顔だ。


「せっかくの悪魔の誘惑を主自らが否定しないで下さいよ」


「私の分析によればルイに酒を与えたなら恐らくストラスが手に負えない性格に豹変する。ルイに押し倒されたいなら止めないが?」


「えっ?酒乱なのか?」


 そうしてジーンは急にリツの方を見た。


「ふぅん」


 いったい何を見ているのか、ジーンは不意に意味深な笑みを浮かべた。リツは不安になる。


「リツになら飲ませてもいいかもしれないな。実に二年後が楽しみだ」 


「なっ…そんなこと言うなら絶対に飲まないんだから!」


「あの手この手で飲ませてみせるとも。魔界の酒は美味いぞ?そうだな、ボンボンチョコレートを仕入れてこよう」


 チョコレートアイスの残りの一口を食べ終えてジーンは微笑む。思えば悪魔のチョコレートもボンボンチョコレートだった。あれは二度と食べない。こりごりだ。


「さて、そろそろ我々も時間だな…二人きりの時間を堪能するとしようか」


 するりと腰に手を回されてリツはジーンに従わざるを得ない状況になった。悪魔のチョコレートが恨めしい。それだけのことなのに普段以上に心拍数が上がる。


「ごゆっくり」


 エストリエがストラスに腕を絡めながらにっこりと笑ってリツを見送った。 

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