ジーン&黒木の場合
一方その頃ジーンは悪魔の姿で地下室の拷問部屋に閉じ込めた異世界の悪魔に会っていた。抜かれた歯は再生してきたようだったが、彼の口は血塗れだった。床にも血が飛び散っている。抜いた歯はきっちりとトレーに並べられていた。几帳面なストラスらしいと思ってジーンは思わず笑う。
「ひらねぇって、ひっへんはろ。俺は…やとわれは、はけ」
歯のせいでうまく発音出来ないらしい。ジーンが無理矢理魔力で歯を伸ばすと彼は絶叫した。
「いてぇぇぇ!!ちくしょう!なんだって俺がこんな目に!」
「誰が余計なことを喚き散らせと言った?重要な情報を何一つ話せない下っ端なら、その舌を引き抜いても問題はあるまい。もはや不要だな」
ゴム手袋を履いた手で口をこじ開け、閉じないように器具を突っ込む。無防備になった相手の舌をペンチでつまむと、悪魔の顔に恐怖が過ぎるのが見えた。この異世界の悪魔は皆一様に醜いのだろうか、と不意にジーンの中に同情めいた感情が湧き起こる。しゃくれて大き過ぎな口。やはり大きな団子っ鼻。お世辞にも美とはほど遠い面構えだ。そして妙に離れた両目。
(やめろ…やめてくれ、頼む)
「謝り方がなっていない」
ペンチを握る手に力を込めて引っ張ると彼は震え上がった。心の中で叫ぶ声が聞こえた。
(申し訳ありません!許して下さい。俺は何も知らないんです!ただ転生者を捕まえて来いと命令されただけで)
「誰から?」
器具を外すと彼は、はぁっと息を吐いた。異世界の悪魔は凶暴だと思っているのが伝わってきた。
「私は優しい方だぞ?お前の歯を抜いた相手だって、一昔前ならその腹を掻っ捌いて腸を引きずり出して、お前の首にぐるぐる巻きつけるくらいのことはやっただろうな?今日は随分と紳士的な方だ。で?誰なんだ?」
「俺に…命令してきたのは、同じ世界にいた悪魔だ…でも…奴も言われたことを伝えてきただけで…上には別の奴がいるみたいだった…そいつは…ドクターと呼ばれてた」
「ドクターだと?それ以外の情報は?」
ジーンは相手の記憶を盗み見る。だが見えるのは異世界の悪魔ばかりだ。低俗無知。
「知らねぇ。ただ…聞いた話では…そいつは相手が前世に行った悪行を見抜けるとかなんとか…神だか天使だか知らねぇがこの世を憂いていると…」
「必要以上にいたぶってから殺すのは何故か聞いているか?」
「さぁ…あ!でもそういえば…そいつは足に蜘蛛の巣模様の入れ墨をしていた…とか。俺は見た訳じゃないから知らねぇが…」
(蜘蛛の巣か…蜘蛛ならばバアル絡みだが…そう単純でもないだろうな)
「もういい、お前に用はない。どこへなりとも行け。ただし、我々の獲物に手を出した場合、二度目はない。異世界の悪魔の間にはそんな最低限のルールもないのか?歯を抜かれるだけで済んだことに感謝するんだな」
彼は唐突に解放された。が、どうしていいのか分からず彼は途方に暮れた顔をした。
「いや、行けって言われても…行く場所もねぇし…奴らはしょっちゅうアジトを移すから一度はぐれたら合流するのも難しいんだ。俺は下っ端の下っ端だから…誰も探しにも来ねぇ…旦那、後生だ!俺を旦那の使い魔にしてくれよ!俺をこき使ってる奴よりよほど強い魔力を持ってるじゃねぇか。もうこの世界の空気にはうんざりなんだよ…使い魔にしてくれたんなら、絶対に必ず役に立ってみせるから!」
「…あいにくと使い魔は間に合っている。お前よりよほど優秀なのがいるからな。それにお前をどうして信用できる?それにその見た目ではな…この世界では悪目立ちが過ぎる」
そのまま歩み去るかと思った相手は、だがそこで足を止めた。
「お前、名は?」
「そんなものは…ねぇ…シャイタンと…上の奴からは呼ばれていた」
「シャイタンだと…?」
どういう訳か相手は大笑いした。
「お前に名付けた者はその名の意味も知らぬのか?やれやれ、どうなっているんだ、お前の上の奴とやらは」
ひとしきり笑ってから、相手は顔を近づけてきた。唇から流れる血を指で拭って彼はペロリと舐めた。
「なるほど。思ったほど不味くはないな。緊急時のエネルギー補給程度の役割ならこなせるか…」
「えっ…それって…どういう?」
彼は親指を噛んで、反対の手で顎を持ち上げた。
「口を開けろ。特別に契約してやる。私の配下につけ。私は魔界の国王アルシエルだ。何処の悪魔かは知らぬが魔王の名を名乗る悪魔よ」
彼は逆らえずに口を開ける。親指から垂れる血の一雫が舌の上に落ちる。途端に全身が痺れるような感覚に陥り、彼はガクガクと震え出した。
「うわっ…あっ…!」
身体が燃えるように熱くなり、思考が停止した。彼を見下ろす目はその反応を楽しんでいるようにも見えた。
「魔王を名乗るなら少しは耐えろ。姿形を変えているんだ。まぁ少々強引にいじるから暴れるな。全体的に小さくする。その顔も異質だ…馴染ませる」
彼の身体はどんどん縮んで、とうとう七歳児くらいの姿になった。
「黒木、いるか?」
「はい、おりますとも」
扉を開けると黒木がバスタオルを持って待っていた。
「躾はお前に任せる。汚れてしまったから風呂で洗ってやってくれ」
「おやおや随分と可愛らしいですね。ふむ、ジジイはお嫌いですか?では、仕方ありませんね、このくらいで…」
黒木は青年の姿に変わると少年をバスタオルに包んで持ち上げた。
「わぁっ!なんなんだよ、こいつ!離せよ!」
「こいつとはご挨拶ですねぇ。私はこう見えて使い魔の筆頭なんですよ。先に仕えていた使い魔を捻じ伏せて今の地位を得たのですから、少しは敬っていただかないと。このクソガキ悪魔を躾して人前に出せるようにする、でよろしいでしょうか?」
「あぁ、それで頼む。好きに扱っていいが、くれぐれも殺すなよ?」
実に物騒な台詞を口にして魔界の国王と名乗った人物は少年姿のシャイタンに囁いた。黒目がちの瞳が可愛らしい。わりと上手く変形できたと思った。あまりにも魂にある情報とかけ離れてしまうと、形を保てず変形してしまう。今はこれが限度だ。後は本人がどのくらい魔力量を増やせるかによるが、彼は元が下っ端の下っ端だった。しばらくは何も出来ない人間と同じだろう。その間に躾けてしまえば、使い魔として使えないこともないだろう。何しろ相手は黒木だ。どんな手を使ってでも一人前に仕立て上げる。
「いいか?絶対に黒木に逆らうなよ…?この優しそうな見た目で、怒らせると私よりも怖いからな?」
七歳児にされたシャイタンは黒木に抱えられ、絶望的な眼差しを彼に送ったまま、風呂場に大人しく連行されて行ったのだった。




