成瀬&オセの場合
「さて皆も揃っているので、この先は少々真面目な話をしようか」
ジーンの言葉に今までの話でも十分に刺激的だった成瀬や瀬尾は思わず改めて背筋を伸ばした。
「今この場にいる者は、今世間を賑わせている転生者殺害事件と関わりが出る可能性が高かったのでここに呼び寄せた訳だが、瀬尾くんを襲った人物とは面識がなかった、それで合っているかな?」
訊かれたオセは慌てて頷いた。
「覆面で顔はあまり分かりませんでしたが…知り合いにシトラスさん以外であんな体格の良い人もいないですし…声にも聞き覚えはなかったです」
「やれやれ、この格好でうろつくのはしばらく止めておくかな。面倒なのが食いついてきそうだ」
ストラスが心底嫌そうな顔をした。警察にマークされるのはうんざりだ。苛ついたストラスはわざと遠いスーパーに出掛け、近隣ではそこでしか取り扱いのない外国産のチョコレートや食材を買い込んで帰宅した。
「昨日社長を襲撃した連中の中にもガタイのいいのがいたわ。リーって呼ばれてた人だけが、どっちかというと長身の細マッチョって感じなんだけど、他の連中はそれこそ、今の夫よりも大きかった。人にしてはちょっと異常なサイズよ。単に異世界の悪魔を雇っただけで、昨日の襲撃事件と殺人事件は無関係なのかもしれないけれど…」
エストリエは何かを思い出しているのか、斜め上に視線を向けた。イチカは不安そうな顔で隣の社長を見ていた。
「大丈夫だよ。悪魔の利点は、怪我をしたところで人だと致命傷でもそこまで大ごとにはならないから」
「でも、痛いのは同じだろ?嫌なんだよ、そういうの」
イチカは小声でつぶやく。社長は困ったような顔をしてイチカの肩を抱いた。こちらもどうやらベタ惚れのようだ。女性社員に勝ち目はない、と成瀬は判断を下す。得てしていい男にはすでにパートナーが存在する。社長も例外ではなかったようだ。
「ま、要するにこの先、成瀬くんを襲撃する可能性の高い連中は体格も規格外な化け物じみた連中がやってくる、そういう訳だから、拘束されるとまず勝ち目はないし、捕まった挙句の果てには儀式めいた部屋で身体を切り開かれて絶命する羽目になる…」
ジーンはどこか楽しむような口調で恐ろしい台詞を口にして成瀬を震え上がらせた。
「大人しく生贄とやらに捧げられるか、ひと足掻きするのにここにいる悪魔の誰かと契約をするか…さて、どちらを選ぶ?」
「あの…」
不意に瀬尾が手を挙げたので成瀬は驚いた。瀬尾は迷いながらも口を開く。
「えぇと…僕でも問題ないのでしたら、誰かに少し手伝ってもらって彼を悪魔にしますが、いかがでしょうか?」
「ちょっと!瀬尾さん!僕が先に名乗り出たのに、急にどうしたの!?」
ルイが頬を膨らます。
「えぇ…だからですよ。ルイくん、君は今はまだ目立った行動は控えるべきです。仮に警察に何か訊かれた場合、僕と成瀬さんが、たまたま呼ばれた常務宅での食事会で一目惚れした相手とパートナー契約を結んだ…その流れの方が自然です。それに仮に君に一目惚れした、となると彼が世間からは白い目で見られるか、君自身の評判が悪くなります。悪魔になったら安定するまで共に過ごさないといけないんですから。ルイくんは学校だってあるでしょう?」
瀬尾の言葉にルイは大げさなため息をついた。
「別に僕の評判は元から悪いからどうってことないよ…でも、またあの事件を蒸し返されてもウンザリするし、じゃあ仕方ないから、今回は瀬尾さんに譲るよ。それに悪魔に戻ったらなんか…今の僕よりも瀬尾さんの方が強そうだし」
成瀬の意思を無視して二人の間ではすでに話が決まってしまっていた。あの事件?成瀬はこの少年も訳アリなことに気付いたが、聞かなかったことにした。
「まぁ、それじゃあ、二人は少しパートナーらしいことを試してみて問題なければ、先に進んじゃっていいんじゃない?」
実に軽い口調で言って、社長は成瀬を立たせる。瀬尾も立ち上がって近付いてきた。ジーンが言った。
「三階上がってすぐのゲストルームが空いている」
「えっ…いや、あの僕はまだ正直なところ…何が何だか…」
「歳上の僕がパートナーではダメですか?好みじゃないなら仕方ない。やはり若い子は人気ですからね…」
瀬尾に残念そうに言われて、成瀬は慌てて首を横に振る。瀬尾は繊細そうな整った顔立ちをしていた。アリかナシかで言うなら、十分にアリだ。
「そ、そんなことはないです。ただ急すぎて…ちょっと…」
「猫科の動物が好きならきっと悪魔の僕のことも気に入ると思いますよ?」
意味深な笑みを漏らしてこちらを見る相手に成瀬は、だから自分が猫が好きなどと彼に話した覚えはない!と、思ったが悪魔には成瀬の好みまで筒抜けのようだった。成瀬は、ついに葛藤と決別し顔を上げた。
「分かりました…まずは…パートナー契約が可能かどうか…試しましょう」
***
成瀬はスマホを開いて二人の名前を入力する。パートナー契約が遺伝的に可能かどうかを試す為だった。解除するのも簡単なので、詳細の入力は後回しにして、まずは必要最低限の情報で契約を結ぶをタップする。データを取得しています、の後にしばらくして鐘の音と陳腐なメロディーが流れた。
「まぁ…これで禁忌を犯す可能性はゼロになったという訳ですね」
成瀬の言葉に瀬尾は困ったように微笑んだ。
「君も歳下なのにクールというか、色んなことを諦めてきた顔をしてますね。今の姿の僕はそこまで魅力的でもないですが、ではこちらではどうですか?」
不意に目の前の姿が揺らいで髪の色が金色に変わる。どういう訳か獣の耳が生えて、美しいヘーゼルの光彩を持つ黒い瞳が成瀬を見ていた。
「これ以上戻すとキス以上の行為に及んだ場合、大変なことになるのでこの辺で。僕は元々は豹の姿も持っています。いかがですか?」
「いかが…って…いや…その…美しすぎて…言葉で表現…するのは無理です」
成瀬は途端に顔が熱くなるのを感じた。自分が得意な冷静さを失ったことに気付いて慌てたが、何故か相手は嬉しそうな顔をした。
「君はクールに見えたり…途端に人懐こい犬のように年相応の表情をしたり…面白いですね。どちらが本当の顔なんでしょう。使い分けてるんですか?」
頬を撫でられて抱き寄せられる。自然と唇が重なって魔力が流れてくるのが分かった。
「実は今日死にかけて、大急ぎで悪魔に戻してもらったばかりなので、今すぐパートナーらしいこともあまりできないのですが、先に魂にマーキングしたいので首を噛んでもいいでしょうか?」
「えっ…首?あ…豹だから…ですか?」
成瀬の言葉に瀬尾は頷いた。
「見えないように気持ち少し下の方にしますね。暮林さんは見えるところにつけられて困ってましたから…」
何かを思い出したように相手はクスリと笑う。成瀬は、何故こんなときにも彼女の名前が出てくるのかと、少々複雑な気持ちになった。
「あぁ、すみません。緊張しているかと思って…」
瀬尾は彼のネクタイを緩めてボタンを外し始めた。半分ほど脱がしてそこで首の後ろに触れる。
「痛かったら、言ってください」
その後に唇が触れるのが分かった。首の後ろに息遣いを感じて成瀬は緊張した。しばらくして一瞬鈍い痛みがあったが、すぐにそれは消えて、そのまま成瀬は後ろから抱きしめられた。やがて唇が離れる。どういう訳か頭がふわふわするような不思議な感じがした。
「終わりました。このまま儀式を行うので、少し待っていて下さい」
しばらくすると彼は屈強な外国人を連れて現れた。
「そうだな、今地下は使わない方が無難だ。ちょっと待て。カーペットを避けて場所を空けるから。それに自分で描いた方がいいだろ?」
彼はニッと笑って瀬尾に何故かチョークを渡す。彼は頷いて慣れた様子で部屋の床に魔法陣を描き始めた。
「事件を起こしてる奴らの魔法陣はデタラメなんだよ…それっぽく見せてるだけでテキトーなんだ。だから転生者を攫ってる奴らと、転生者を切り裂く者は別にいる…ってのが、我々悪魔の見解だ」
彼は瀬尾が魔法陣を描く間、成瀬にそんなことを言った。
「…大丈夫か?圧倒されてる間に悪魔に変えるって話が勝手に進んだように見えたけど」
「えっ?あ、僕ですか?」
ぼんやり魔法陣が出来上がってゆくのを見ていた成瀬は慌てて顔を上げる。
「他に誰がいるんだよ?」
彼はフッと笑った。それだけなのに妙な色気を感じる、と思って成瀬は慌てる。
「いえ…僕は元々…悪魔に憧れていたんです…聖職者のくせに…神ではなく…悪魔を崇め…悪魔になれると教えられた方法で何人も犠牲にしました。騙されてたんです。馬鹿ですよね」
「…この儀式はホンモノだよ。供物は自分だ。彼に身も心も魂も捧げる…。強固な結び付きを求めるなら全部捧げた方がいい。ま、後から捧げてもいいけどな。その辺りは二人に任せる」
「描けました」
「おう、じゃあ二人とも脱げ。見ないでおいてやるよ」
彼はベッドに腰掛けて後ろを向く。瀬尾が先に脱ぎ終わると腹に妙に生々しい傷跡があった。瀬尾は苦笑する。
「あぁ、これは今日刺されたんですよ。彼に悪魔に変えて貰わなかったら、あっという間に死んでましたね。救急車を呼んだところで病院に着く前に絶命するのも分かりきってました」
「ま、正直ギリギリ過ぎて俺も焦ったわ。間に合って良かったけどな。脱いだんなら真ん中に座れ。後は任せる」
不意に辺りが暗くなり魔法陣が薄緑に光るのが分かった。彼の手が触れる。耳元で囁かれたので頷いた。
「成瀬くんの魂を貰うよ。貰ったからには大切に守る」
成瀬は目の前に立派な豹の姿を見た。ゾクゾクする。猫科の中でも成瀬は豹が好きだった。これが彼の悪魔の姿の一つなのだと知って彼の魂は喜んでいた。美しい悪魔に魂を捧げるその瞬間はとても甘美に思えた。口の中に血の味を感じる。豹と人とが混ざり合った状態の彼の腕に抱かれて成瀬は目を閉じた。どういう訳かお尻の後ろがムズムズする。痛みと同時に何かが飛び出てくるのが分かった。
「え…?」
「成瀬くん、君も半分以上豹になってるよ?」
彼はぼう然としながらたった今生えた尻尾を見る。どういう訳か白に斑点がある。パタパタと動かしてみる。本当に自分の尻尾だ。ちゃんと動く。
「雪みたいで綺麗な毛並みだね」
瀬尾の微笑んだ顔を見た気がしたが、彼のまぶたは急に重くなり閉じてしまった。
ベッドに座って、儀式をチラ見していたストラスは、無事に雪豹の姿に変わった成瀬を見て意外そうな顔をした。
「随分と綺麗に化けたな。姿は魂の純度に比例するっていうが…純粋に悪魔に憧れて、なれると信じてひたすら生贄を捧げていたんだろうなぁ…」
どこか感心したようにストラスは言って美しい雪豹になった成瀬の姿を見つめていた。




