ジーン&リツの場合 1
「は?憑依案件…?」
社長から資料の入ったタブレットを手渡されてリツは途端に仕事モードの顔付きになる。そんな横顔も悪くないと思いながらジーンは資料に目を通す。
「対象者はTokyo's 7 wards在住の三柱冬真、十五歳だ。彼には憑依している魂があって、その魂が佐伯凛…以前、暮林さんが電話で対応した母親の子どもの魂であることが分かったんだ」
そこまで明確に分かっているのなら何故憑依している佐伯凛を元の身体に戻せないのか。すると社長はため息をついた。
「三柱冬真本人が凛と離れることを拒否している。凛の正直な意見が聞きたかったが、冬真の母親に阻止された。どうも母親の方も凛を離したくない…私にはそんな風に見えたんだ」
「珍しい…ですね…」
リツは資料を見て考え込む。憑依に気付くとすぐに引き離せという家庭が多いのだけれど。でも。
「三柱冬真は内向的な性格か?で、凛はその真逆?」
ジーンが画面の資料をめくりながら言う。社長はジーンの顔を見て僅かに目を細めた。
「理解が早くて助かるよ」
ジーンはパラパラと資料をめくる。
「小学生時代は古書クラブに在籍、しかも清掃委員という、あまり率先して他人はやりたがらないような委員をやるような少年が、中学に入ったら突然バスケットボール部に入って生徒会長に立候補…この流れは主人格が冬真から凛に入れ替わったと見るのが妥当だろう。母親も華々しく活躍し始めた息子を自慢に思っている、そんなところじゃないのかな」
「三柱冬真本人の魂の方が心配です。下手すると憑依者に身体を明け渡して、冬真本人が転生してしまうんじゃ…」
リツが不安そうに呟く。
「ただ…もう一つの問題は…電話で話したとき凛のお母さんの話では…交通事故に遭ってそこからずっと目覚めないと…」
冬真も凛も生きること自体に消極的な予感がした。しかも凛は異世界の人間に憑依するほど逃げたがっている。元々は快活な性格であっただろう凛に何が起こったのか。そして冬真は何を望むのか。母親の望みと子どもの望みはイコールにならないことが得てして多い。親の心子知らずとは言うものの、親と切り離されて施設暮らしを続けてきたリツにはそもそも親がどういう存在なのかも分からない。
「リツ…大丈夫か?」
頭を撫でられて顔を覗き込まれる。
「親というものが…私には分からないので…感情に寄り添って考えるのが…難しくて」
リツの言葉にジーンは頷いた。
「そうだな。分からない。分からないからこそ、相手に聞くしかない。本人の希望と親の希望と…一番無難な着地点を見出だせればいいが、そう上手くはいかないのが現実というものだからな」
ジーンは資料を閉じると立ち上がった。
「さて、まずは母親のいないタイミングで話を聞く必要があるな。リツは冬真の通う学校に編入してもらおうか。あとは養護教諭辺りに…少々休暇を取って貰うとするかな」
彼はタブレットで別画面を開いた。
「ええっ!?いくらなんでもチビだからって無理!!」
編入と聞いてリツは慌てる。
「中学生男子程度なら余裕でいけるだろう。冬真の通う学校は小中高一貫の今どき珍しい男子校だ」
完全に楽しんでいる顔の悪魔を見てリツは叫んだ。
「いくら私の胸がないからって!!」
「そういう訳じゃない。今のは勉強の方の話だ。リツは忘れたのか?お前は身体も悪魔になったんだぞ?ちょっと意識を変えるだけで、年齢も性別も自由自在。何にだってなれるんだ」
「…え?」
ジーンの言葉にリツはポカンと口を開けて固まった。
***
「なぁにそれ面白そうじゃない!私が母親役ね」
エストリエはノリノリだった。早速黒髪に知的な眼鏡姿の女性に変身して見せる。
「じゃあ父親は俺ってことで」
ストラスも乗り気の返事だ。やはり年齢不詳ではあるが最初の姿より少し小さくなり、仕事の出来そうな黒髪の日本人男性に変わっていた。悪魔たちは皆楽しそうだ。ジーンに手伝ってもらって姿を変えたリツだけが、実に不服そうな顔をしていた。
「わ…僕は、不満なんだけど」
身長にさほど変化はなく、ただし身体は紛れもなく男子だ。言わずもがなの美少年。転校前の学校の設定で着せたブレザーにネクタイ姿も、なかなかにそそる、とジーンが内心ろくでもないことを考えたのは悪魔故の思考のせいのみにはできないだろう。
「転生したら男だったこともあるだろう?何を今更恥ずかしがるんだ?」
リツがジュディスに貰った手首の魔法陣と自分のつけた魔法陣をジーンは移動する。服の上からするすると下半身の方にまで指先を這わせる。ゾクッとしてリツは声を上げる。
「ちょっと、どこ触って…」
「さすがにここまで脱がされる事態が起こると困るな…私も冷静ではいられない」
腰骨よりも更に下に魔法陣を並べてジーンは独りごちた。確かに下着では隠れるが際どい位置だ。リツの腕の鳥肌に目をやる。もっとゾクゾクさせたい。
「じゃ行きましょ。うまいこと編入させてくるから任せて下さい」
にこやかに笑うエストリエに手を引かれてリツは強引に出発させられて行った。ジーンはタブレットを操作する。ターゲットに送り付けておいた呪いのメールが無事に開封されたようだった。
「お父さんもよろしく頼むよ」
ストラスはニヤリと笑う。
「お任せ下さい」
***
私立清葉学園。三柱冬真の通う学校の教育理念や部活動などを調べながらもリツは不安になる。暮林律。名前は漢字を少々変えたのみだ。就職の面接では連続で落ち続けた過去がある。それはリツが札付きの堕天使だったからだが、そう思っても次第に嫌な汗が出てきた。面接は苦手だ。
「あら、大丈夫?顔色悪いわよ?」
エストリエが言って不意に顔を近付けてくる。リツは慌てて口を手で覆う。
「魔力切れじゃないからっ…!」
まったく油断も隙もない。運転しながらストラスがミラー越しに呆れた顔をした。
「止めておけよ。いくら今は美少年だからって、手を出したら血を搾り取られるぞ?」
「えーつまんないの。いいじゃないのよキスくらい。減る訳じゃないんだし。こんなに若くてピチピチなのに。ねぇ?」
するりと腰に手を回される。
「止めて下さいっ…!」
途端にバチッと音がして火花が散った。
「痛っ!なによこれっ!魔法陣!?」
エストリエは信じられないといった表情で赤くなった掌を見る。
「これ一体誰の魔術?」
「多分…今のは、ジーンの友だちのジュディスって人がくれた魔法陣かな…」
リツが言うと、ストラスは面白そうに笑い出した。
「あぁ…そりゃ強力な訳だ。悪魔でもないのに、あんな強い人間がいるのかって思ったからなぁ」
「ジュディスって…それどこの女よ?」
エストリエの表情が途端に険しくなる。
「なんだよ、異世界の既婚者に嫉妬してるのか?案外可愛いところもあるんだな」
背後から首を絞められてストラスは叫んだ。
「やめろ!運転中だって!」




