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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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ジーン&成瀬の場合 2

 その後ジーンは本気で成瀬を餌付けし始めた。ようやく身体に魔力が行き渡って起き上がれるようになった成瀬の前に、カスクートとプリンと珈琲が並べられる。


「少しは食べておいた方がいい。どうせ昼も抜きで戻ってきたのだろう?」


 成瀬は突然の待遇の良さに(かえ)って警戒した表情になった。当然だ。リツですらジーンの態度の変化を怪しんでいた。けれどもそんなことは表情には出さずに静かにチョコレートプリンを口に運んだ。


「どうせ今はどの部署も小休憩を入れている。これくらいなら食べる時間はあるだろう?」


「…あの…ひょっとしてなんですけど…取り調べされている途中で…急に中断されたような感じで終わって…偉い人が謝罪にまで来たんですけど…何かしてくれたんですか?」


「あぁ…それに取り調べの最中に君が五区の事件まで起こしようがないだろう?逆に君には揺るぎないアリバイが出来てしまった訳だ。私は少々上の方の知り合いに電話をかけただけだよ。部下が倒れる前にそろそろ戻してほしいと」


「上の知り合い…?」


「別に誰かまでは知らなくていい。それに私も最初は少し君を疑っていたんだ。すまなかった」


 成瀬は驚いた顔をしたが、首を横に振った。


「僕が怪しまれるのはいつものことですから…慣れてますよ。道を歩いてるだけで職質されることもよくありますし」


 人生そのものを半ば諦めているような顔付きで彼は言った。それでもカスクートをかじると少し表情が明るくなる。思いのほか美味しかったらしい。成瀬はリツの横顔をちらりと見てからジーンの方を見て不思議そうな顔をした。


「常務は…いったい暮林先輩のどこが良くて結婚したんですか?」


 ジーンは成瀬の言葉に片方の眉を上げる。リツはプリンを口に入れながら、真っ向からその質問をジーンに投げかけた者は今までいなかった、とまるで他人事のように思ったが、よくよく考えれば失礼な発言だということに思い至る。


「君にはリツの良さが分からないようで何よりだよ。それにリツの良さは私だけが分かっていればいいことだ。手を出される心配もなさそうでむしろホッとしたよ」


 ジーンは平然と言い放ってチョコレートプリンを口に運ぶ。先に食べ終わったリツは珈琲を飲んでいた。美味しい。ふうっと息を吐く。


「答えになってませんよ…」


 成瀬は不服そうに珈琲をすする。ジーンは低く笑って面白そうに成瀬を見た。


「君は別に私から答えを聞き出したい訳ではないだろう?だったらあえて言うが、身体の相性と言ったら君はそれで納得するのか?お陰でリツは魔力回復薬の必要もなくなった。この世界ではパートナーとの相性も重要だ。契約しても魔力の回復効率が良くなる相手に巡り会えるとは限らない。ないよりはマシ、そのような世の中で、我々はただ交わるだけで揺るぎない魔力を手に入れることができる」


「…常務!止めて下さい。そういう話をされると困ります」


 思わずよそ行きモードになってリツは苦言を呈したが、相手はプリンを口に運びながら意地悪そうな顔で笑ったのみだった。


「だが事実だろう?お陰で、余計な者まで目覚め出したのか周りまで急に騒がしくなってきたじゃないか。まったく…いい迷惑だよ。成瀬くんも今日は自宅には帰らない方がいいかもしれない。また誰かに都合良く利用されたいのなら別だが、下らない偽物の儀式の生贄に捧げられたくはないだろう?」


 ジーンの言葉にカスクートを食べ終えた成瀬はギョッとした顔付きになった。確かにここ数日転生者を狙った事件が続いている。


「…どうも…事件を見ていると…札付き転生者の前世の行いを読み取った上で選んでいるような気がしてならないのだよ。前世で大量に命を奪っている者…最初は元勇者…次は元黒魔術師…そして、速報で流れた情報から判断する限りでは、元死刑執行人」


 ジーンはじっと成瀬の方を見る。


「君の前世の情報から私が導き出した答えは、君も狙われる可能性が高い、そういうことだ。もちろん外れるに越したことはないが、単なる数字の問題ならその可能性は十分にある」


「えっ…それでいくと…もしかして私も…?」


 リツはハッとしたように顔を上げた。成瀬はそんなリツの反応に意外そうな顔をする。とても大量殺人を犯すような人物には見えなかったからだった。だがジーンは頷いた。


「そうだな…天界と魔界の戦争で何人殺したかなど…私だっていちいち覚えてなどいない。リツだってそうだろう?我々が秘密裏に協定を結ぶまでは…実に無駄な血が流れ過ぎた」


「あの…二人は一体…」


 成瀬は眉を寄せる。ジーンは世間話のような口調で続ける。


「別に大したことではない。私は悪魔の司令官として魔界の軍勢を引き連れ、リツは天界の司令官として天界の軍勢を引き連れて戦っていた…それだけだ。後にリツは無実の罪で堕天使にされ、この地に流刑となった。私は彼女の魂を探し続けてようやく最近見つけ、悪魔に変えて魔界に引き込んだ。別に大した話でもないだろう」


 だが成瀬は口に入れようとしていたプリンをすくったまま固まった。


「あの…常務が司令官なのは納得行くんですが、暮林先輩も司令官…なんですか?いやいや、信じられません。そもそも天使ってこんなにぼんやりした生き物なんですか?」


 重ね重ね失礼だとリツは思った。彼が元聖職者だという方が信じられない。そもそも悪魔崇拝者になる以前の彼は何を信じていたというのか。やはり神なのだろうか?だから元天界にいた自分には辛辣(しんらつ)なのかと考える。


「この世界の空気は堕天使や悪魔には特に悪影響を及ぼす…ぼんやりして見えるのはそのせいだよ」


 そう言ったジーンは、突然素早くリツの方に何かを放り投げてきた。慌ててリツは片手でそれをキャッチする。魔力の入ったチョコレートだった。


「ちょっと、いきなり投げないで!危ない!」


「だが受け取れたじゃないか。ぼんやりしていそうで反射神経はそれなりに戻ってきているな」

  

 ジーンは笑う。リツはチョコレートを口に放り込んで怒ったような顔をしていたが、成瀬は何が起こったのか理解出来ずに二人のやり取りをあ然として見ていた。成瀬にはジーンの投げたものを目で追うことすら不可能だった。


(あれが…見えていた…?)


 確かに少しぼんやりしていて、会社で初対面の相手に魔力を分けてしまったりと、どこか危なっかしい様子も含めて不思議な女性だとは思っていたし、それらを含めても常務と対等には全く見えていなかった。敵陣の司令官同士だったという過去の話を聞いてもにわかには信じ難いと思った。けれども。


(対等なのか…いや、もしかするとそれ以上?)


 成瀬は少し見る目が変わる。見るからに強い気配をまとっている常務よりも得体が知れない分、厄介なのかもしれないとさえ思った。


「成瀬くん、そんな訳でとりあえず今日は私の家に避難するといい」


 常務の言葉に成瀬は思わず頷いてしまったが、どういう訳か、リツの方が盛大に驚いた顔をした。


「えーっ!?本気ですか!?」


 リツはジーンと成瀬の顔を交互に見て、信じられないといった風に呆れた顔をした。


「何か不服でも?」


「いえ…別に」


 成瀬の方をチラ見したリツは、それきり口をつぐむ。あの悪魔だらけの家に悪魔崇拝者を招くのかと思ったらリツは複雑な気分になったのだが、ジーンは気に留めてもいない様子だった。悪魔の考えることは分からない、と自分も悪魔なことは棚に上げてリツは深いため息をつきながら珈琲を飲んだ。

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