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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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ジーン&五十嵐警部の場合

 翌朝になってストラスはルイを中学校に送って行き、リツとジーン、社長と宮森、そしてイチカは揉めた末に猫となってそれぞれの車で会社へと向かうことになった。当初社長はイチカを留守番させるかどうかで悩んでいたが、長時間しかも距離も離れて魔力切れを起こした場合の対応に困るという結論に至り、社長自らが猫の姿に変えた。エストリエは遠隔からのサポートに回る。一方で真新しい制服に身を包んだルイは少し緊張しているようだった。


「暮林ルイ…暮林ルイ…慣れないなぁ」


 名前を繰り返してルイは、いまいちしっくりこないような顔つきをした。そんなルイにリツは軽くハグをする。


「大丈夫だよ、ルイなら」


「ありがと、リツ」


 ニヤァと鳴いたイチカの声が心の中に聞こえた。


(お前ら仲いいな)


「リツが潜入捜査で中等部に入って友だちになったんだよね。もちろん仲良しだよ」


 父親姿のストラスと共にルイは出て行き、リツは久々にジーンの運転する車での出勤となった。リツは助手席に座る。ステアリングを握るジーンの横顔をぼんやり見ていたら、信号が赤になり停止した。ジーンと目が合う。顔が近付いてきて当然のように唇が重なった。


「…ジーンっ…!」


 やがて青になると隣の悪魔は何事もなかったかのように運転を再開する。


「そんなに熱心に見つめられたら私を求めていると思うだろう?なに、悪魔のチョコレートの効果がどの程度消えたかどうかの確認だ」


 しれっと言った相手に言い返す言葉もなくリツは窓の外の方を向いた。高層ビル群を眺める。この光景にもようやく見慣れてきた。自宅から会社までの道のりに最初は不安も感じたが、かつて暮らしていた場所よりはよほど安全な通勤ルートだった。少し以前より伸びた髪に触れる。フィランジェルだった頃のように長い方がジーンは好みなのだろうか。分からなかったが、その姿になったときにジーンが必ずと言っていいほど銀の髪を指先に絡めてキスをするのを覚えていた。不意に昨夜のことが頭を過ぎり慌てて打ち消す。

 やがて車は会社の地下駐車場に到着した。少し先に着いていた様子の宮森が後部座席のドアを開けて、社長がケージを大事そうに抱えて降りるところだった。

 エレベーターを待っている二人と一匹に追いつくと、宮森がニコニコしながらリツを見ていた。


「車中でも熱々なんですね。見てましたよ」


「え…?」


 リツは宮森の顔を二度見する。


「ちなみに隣の車の方も気付いてましたけど…」


「わぁぁ、もう止めて下さい!」


 リツが顔を覆ったところでエレベーターが到着する。一階でもたくさん人が乗り込んで普段ならつぶされそうになるところだが、今日はジーンが盾になってくれていた。さりげなく肩を抱かれ誰にも触れさせない隅に立たされる。やがて途中で人が降り、ようやく空いたところで三十階に到着した。ニヤァと小さくイチカが鳴く。すでに出勤していた成瀬がこちらを見て目を見張るのが分かった。今日もやはり朝から顔色が良くない。


「おはよう、成瀬くん」


 社長は笑顔で、宮森はいつもの冷たい顔のまま通り過ぎる。


「猫…ですか?鳴き声が聞こえたような…」


「あぁ、ちょっと預かったのでね。部屋に一人で置いておくのも心配だから連れてきたよ」


 社長の言葉に成瀬は目を輝かせた。


「あのっ…休み時間に…見せてもらってもいいですか?猫…大好きなんです」


 社長は余計なことを言ってしまったと内心では後悔したが、そんな素振りは全く見せずに笑顔で頷いた。


「あぁ、いいよ」



***


 リツがしばらく雑務を片付けて、今日のジーンのスケジュールを確認していたところで、ドアがノックされた。宮森が立っていて来客の旨を告げてくる。社長室にジーンと共にリツも呼び出された。来客は警視庁の転生者対策本部所属の五十嵐警部だった。


「おっ!彼が噂の!!」


 ジーンを見るなり五十嵐警部はニヤリと笑った。


「そうですよ、噂の暮林さんの夫のジーン・フォスターさんです」


 ソファーでくつろいでいる社長が穏やかに微笑む。微笑みの貴公子に氷の王子と、他部署の社員があだ名をつけるのも頷ける。見た目だけは完ぺきだ。宮森に促されてジーンとリツもソファーに座る。が、社長の間にジーンが割り込む形で座って、しかもリツの肩を抱いた。


「すみませんね、昨日ちょっとしたイタズラをされたせいで彼女はまだ本調子ではないんですよ…」


 嘘ではないが、そんな微細な不調も見落とさないジーンにリツは呆れる。それに以前の自分と比較したら不調にも数えられない程度の不調だ。とはいえ、何気に社長も膝の上にイチカを乗せて愛でていた。やっていることは大差ない。


「で…本題に入りましょうか?」


 社長の声色が変わる。リツは思わず鳥肌が立った。魔力量が変わるとこうも違うのか。五十嵐警部も思わずといった様子でごくりと唾を飲んだ気配がした。


「いや…巷のニュースで見聞きして知っているとは思うが、最近転生者を狙った事件が多発していてね…注意喚起と共に情報収集をしているって訳で」


 今朝のニュースでも七区の札付き転生者が惨殺されたと報道されていたばかりだ。その前は十九区だったか…とリツは思い出す。しかも部屋には被害者の血で魔法陣のようなものまで描かれていた。何とも気味の悪い事件だ。


「情報収集と言われましてもねぇ…」


 社長が困ったように笑う。


「ところで、フォスターさんだったか…一昨日の夕方五時には何をしていた?」


 五十嵐警部の言葉に一同は目を見張る。まさか疑われている?何を根拠に?五十嵐警部に見つめられたジーンは困ったように肩をすくめた。


「ちょっと待って下さい…思い出しますから…あぁ、その時間でしたら…社長の所有するマンションの部屋を見に行っていました…知人が物件を探していましてね。その知人と内見に」


 五十嵐警部は沈黙したまま面白くもなさそうに口をへの字に曲げた。


「じゃあもう一つ。そのときに何か変わったことはなかったか?」


「変わったこと…そうですねぇ。あぁ、途中電気が切れた…くらいですかね。私にこんなことを聞いてもあまり意味はないような気もしますが…」


「あいにくと意味があるかないかの判断は俺がするんでね」


 五十嵐警部は鋭い目付きでジーンを見つめる。ジーンも無言のまま見つめ返した。リツは目のやり場に困って俯いた。


「ま、今日はこの辺で失礼するんで。俺はあんたがたのプライベートに興味はないが、こっちも仕事だからやってるんで悪く思わないでくれ。あと…容疑者として浮上しかねない怪しい動きも控えろ。これでもかなり喋り過ぎなくらいだ」


 五十嵐警部は立ち上がると不安そうな面持ちのリツに向かってニヤッと笑った。


「面食いだったのか?あまりにいい男過ぎるのも考えものだな。それに…日本語が流暢過ぎるんだよ。胡散臭い点しか見当たらない」


「褒め言葉と受け取っておきますよ」


 リツの肩を抱いたままジーンは微笑む。チッと舌打ちをして五十嵐警部は出て行った。



***



「あぁ…なるほど」


 警部がいなくなると、部屋の隅のデスクでパソコンをいじっていた宮森が小さな声を上げた。


「社長のマンション…七区の犯行現場からかなり近いんですよ。ニュースでチラっと外観を見たときに、見覚えがあるなと思いまして。死亡推定時刻に近い辺りで付近の防犯カメラにでもたまたま映り込んじゃいましたかね…」


 宮森はため息をつく。ジーンは大して気にしてもいない様子でリツに口付けをしていた。


「ちょっ…と…!」


 リツは社長の目の前でされたことに慌てたが、社長は気にせずイチカを元の姿に戻して抱きしめた。


「前は羨ましいと思ったけど、今は僕にだってイチカがいるからね」


「おいっ!ソーシっ!」


 突然抱きしめられたイチカが抗議の声を上げる。


「リツは…まだ微妙に悪魔のチョコレートの効果が抜け切っていないんだ」


 ジーンは再び唇を重ねる。


「悪魔のチョコレート?あんな危険なものをこっちに持ち込んだのかい?」


 社長の言葉にジーンは眉をひそめた。


「私じゃない。使い魔の仕業だ」


「うわぁ…あれ、なかなか持続性が強いのと、効果が切れたら切れたで禁断症状がね…」


「…え?禁断症状?」


 リツの顔色が変わる。


「あれ?フォスターくん、ちゃんと最後まで説明してあげないとダメじゃない。暮林さん、禁断症状が出たら頭が割れそうに痛くなったり息苦しくなったりするから、そのときは我慢しないでちゃんと抱いてって言うんだよ?いい?」


 リツは思わずジーンを睨んだが、ジーンは素知らぬフリでいつの間にか手にした資料に目を通していた。七区で起こった事件の詳細が書かれている。


「魔法陣ねぇ…なんだってわざわざ悪魔の儀式を真似する必要があるのか…嫌な世の中だよ」


 社長がイチカの頭を撫でながら、悪魔らしからぬため息をつくのが聞こえた。

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