再びリツ&ルイの場合
午後になって、変装したルイが暮林の父に扮したストラスと共に最寄りの駅まで友人たちを迎えに行った。
トウマにアサヒ、コウキの三人には変装する旨を伝えてあったが、駅で待つルイの姿に絶句した。
「久し振り!行こうか」
ルイはコンタクトレンズでも入れているのか瞳の色も黒で髪も黒かった。後ろをついてゆくと立派な外車が停まっていることに三人は更に慌てた。
「リツの親って金持ちなの?」
コソコソとアサヒが訊いてくる。まぁね、とルイは答えて三人を後部座席に座らせ、自分も乗り込んだ。
「パパ、出していいよ」
ストラスは後ろを振り返り真面目そうな父の顔で挨拶をした。パパと呼ばれたことに何やら身体がむず痒くなる。悪魔のくせに妙な背徳感に襲われた。
「うちの子どもたちと仲良くしてくれてありがとう」
当たり障りのない挨拶をしてストラスは車を発進させた。
「あれ?リツは?」
コウキに訊かれてルイは何とも言えない表情を浮かべる。
「みんな、驚かないで聞いてほしいんだけど…リツは女の子…というか…十八歳のお姉さんなんだよね。僕を助ける為に潜入捜査してたんだ」
「またまたぁ、リツが女の子?そんな訳ないって」
コウキは笑おうとしたが、アサヒは急に何かを考え込む様子になった。
「…だからなのか?毎回体育のとき個室の更衣室にわざわざ急いで行ってたのって…」
「いやいや、あの食べっぷり見てただろ。女子ってあんなに食えるもんなの?ないない」
コウキは全く信じていない。車を運転するストラスは思わず吹き出しそうになり、うっかり笑い声を漏らしてしまった。
「失礼、うちの娘は確かに大食いだからね。それにボーイッシュだ。でもこの度、めでたく結婚したんだ。もちろん相手は男性だよ。父親の私が言うのだから間違いない」
ストラスの言葉にコウキはぼう然とした顔付きでルイを見た。
「ルイ…お姉さんと住んでるのかよ。じゃああのときキスしたのも…お姉さんとしたってことじゃん!うわー!!裏切り者!!」
コウキは絶望したように頭を抱えた。
「ルイだけズルいぞ!!」
世間で流れていたニュースや情報番組の内容を知らない訳でもないのに普通に接してくれる友人たちにルイはホッとする。やがて車は豪勢な邸宅の車庫に吸い込まれる。三人はキョロキョロと周囲を見回し感嘆の声を上げた。
「すごいとこに住んでるね」
アサヒの言葉にトウマも頷く。
「さ、入って入って!って言っても今日の会場は屋上なんだけどね」
ルイは笑いながら帽子を脱ぐ。金髪が現れてカツラだったのだと誰もが疑わなかった。さらりと目の前で手を動かすと瞳の色も青に戻る。
「何今の?魔力使った?」
アサヒが目敏く気付いてルイの目を覗き込む。
「まぁね」
ルイが言いながら室内に繋がるドアを開けた。
「いらっしゃい」
真面目そうな日本人女性の姿に変わったエストリエの隣にリツがいた。けれども明らかに雰囲気が違う。少年ではない。その肩を抱くようにして長身の外国人男性が立っていた。
「みんな…久し振り。ルイに聞いたと思うけど…潜入捜査で中学生の変装をしてたの。騙してごめんね」
「リツの夫のジーン・フォスターです。よろしく」
今日は五歳ほど若作りにしたジーンが爽やかな笑顔で三人に挨拶をした。
「あっ…どうもこんにちは。リツ…さんには、仲良くしてもらって…こちらこそ…ありがとうございます」
アサヒがなんとか挨拶をしようと試みるも、整ったジーンの顔に圧倒されたのか、よく分からない挨拶になってしまった。
「みんな、そんなに緊張しないで。私は変わらないよ?とりあえず屋上に行こうか。今日は天気も良くてきっと気持ちいいよ」
リツが笑う。
「楽しんでおいで」
ジーンがそう言って五人を見送った。
***
屋上のテーブルにはすでに様々な料理が用意されていて、木々で目隠しされたまるで隠れ家のような空間に三人はやや興奮気味になった。
「すごいね、ここ。居心地良さそう」
トウマが椅子に座ってテーブルの上の料理にも目を見張る。
「わー!肉もある!肉だ肉!」
コウキが歓声を上げる。学食の茶色で埋まった皿を思い出し、リツは思わず笑ってしまった。
「コーキのお昼はいつも茶色で埋め尽くされてたよね。出社しても学校の学食がしばらく懐かしかったよ」
「でも、ここの料理もすごく美味しいから、僕なんてだんだん体重が増えてきたよ」
ルイがコップに炭酸水を注ぎながら言う。リツのグラスには蜂蜜に漬けたレモンを浮かべて炭酸で割ったものを手早く置かれた。
「あ、ありがとう」
「どうせ叫び過ぎて、喉やられてるでしょ?」
しれっとルイに言われてリツは慌てた。リツも学食の時を思い出し慌ててアサヒに訊ねる。
「アサヒは緑茶で良かった?」
「うん、ありがとう。叫び過ぎって?」
残念ながら聞き逃してもらえなかった。リツの代わりにルイがニヤッと笑って囁いた。
「だってリツは新婚だよ?それに相手は歳上の外国人でしょ、そりゃもう毎晩激しいに決まってるじゃない」
「ルイ!もう、その話は終わりにしてよ!」
「いやいや、それはぜひとも詳しく聞きたいでござる!」
コウキまでが変な日本語で喋り出す。目をギラギラさせて鼻息まで荒くなった。
「…まずは再会を祝して乾杯じゃない?」
トウマが助け舟を出してくれて四人は乾杯する。ルイの作った蜂蜜レモンは確かに美味しかった。黒木さんが漬けたのだろうか?とリツは飲みながら考える。
「ルイ、良かったね。元気そうでホッとしたよ」
トウマが微笑んだ。ルイは頷く。そうして意を決したように言った。
「みんなももうテレビとかで知ってると思うけどさ、隠してるのも何だから先に言うね。僕は女の子より歳上の男の人が好きなんだよ。この性癖は変えようがないから、リツの結婚相手の部下って人に契約パートナーになってもらってるんだ」
事前にストラスともそういう話をしていた。ストラスは快諾してルイの頭をわしわし撫でていた。
「ルイ、説明終わったのか?どうも、ストラスです。ルイの契約パートナーってのをやってる」
屋上に繋がるドアを開けて屈強なストラスが姿を現す。ルイは嬉しそうに駆け寄って抱きついた。
「まぁ、ルイは色々あってこんな風に育ったけど、カミングアウトしたのは、それでも良ければ友だちとしていて欲しいってことだと思うんだ。ずっと嘘で塗り固めるのもしんどいからな」
ストラスはルイの顎を持ち上げるとおもむろにキスをした。しかも軽いキスではなく、かなり濃厚な生々しいキスだった。ストラスが誰かとそういったことをしているのをリツは今までハッキリと見たことがなかったので内心では慌てた。貪るような口付けが続く。ルイの腰を抱いてまるで本物の恋人に注ぐかのような熱を帯びた視線でストラスはルイをじっと見つめた。
「…続きは、今夜な」
ルイの耳元で囁いて、ストラスは妙に色気のある視線でポカンとしている男子中学生たちを見た。やがてストラスはルイから離れ、何事もなかったかのように室内に戻ってゆく。ルイは僅かな間ぼんやりとしていたが、照れ隠しのように笑ってテーブルに戻ってきた。
「な…なんなんだよ。めちゃくちゃガタイのいいイケメン外国人じゃん!俳優かよ!ってそういえばルイだって外国人だよな。みんな日本語流暢過ぎて焦るわ」
ジャスミンティーをゴクゴクと飲みながら真っ赤な顔をしたコウキが早口で言う。リツでさえ圧倒された。免疫がないコウキはもっとだろう。そうしてリツはコウキがジャスミンティーを飲んでいることを意外に思った。
「リツと付き合ってるって…あれって、そういう設定だったんだね」
今更のようにアサヒが言ってサンドイッチを頬張って目を見張った。
「美味しい!めちゃくちゃ美味しいこれ!」
「でしょ?あれは僕を今野から守ってくれるための設定だよ。でも、あの時まさか本当にキスするとは思わなかったけど」
ルイはリツの顔を見てニッと笑う。
「しかも、あれバードキスじゃなかったよね。リツって清楚に見えるのに、いきなり舌まで入れてくるんだもん、けっこう驚いたよ」
「ちょっ…!」
リツはサラダを飲み込み損ねてむせた。
「だって、あれは精一杯ジーンのを真似しただけで…!」
「ふーん」
ルイがニヤニヤ笑いながらリツの顔を覗き込む。何だか今日は意地悪だ。
「…だって。みんな聞いた?ジーンって、リツの旦那さんなんだけどね。すっごく情熱的なんだよ。昨日だって眠らせてもらえなかったでしょ?」
「それを言うならストラスだってそうでしょ?」
リツはルイを睨んで蜂蜜レモンをゴクゴクと飲んだ。妙に憎たらしい。
「…なんか姉弟ケンカしてるみたいで新鮮だね」
トウマがアサヒと同じサンドイッチを食べながら笑う。
「ちくしょう…キスキスって…なんだよ、もう。みんな羨ましすぎる!!」
唐揚げを一口に放り込んだコウキが叫び声を上げた。
「そういや今野といえば、ルイがいなくなったら、めちゃくちゃ大人しくなってんの。案外本気で好きだったのかもなーって思った。ルイにとっては迷惑なだけだったかもしれないけどさ」
アサヒがポテトをつまみながら言う。学食では常に和食一択のアサヒがこういうものを食べている光景は新鮮だなとリツは思った。リツの視線に気付いたのかアサヒが笑う。
「そんなに珍しい?こういうのも好きだよ。それにいい油を使ってるのかな?素材の味が活かされててすごく美味しい」
「うん、珍しい。アサヒって魚の骨をきれいに取るイメージだったから。骨取り職人」
「何それ、リツの中の僕って魚の骨取り職人だったの!?」
アサヒが爆笑する。
「リツって言うこと面白いよね。もう学校に来ないのが残念だよ」
「もーこう見えて一応、仕事してるんだから」
「そうそう、株式会社セラヴィの異世界転生対策本部転生撲滅推進課常務秘書でしょ?略称、異転撲常務秘書。なんかエロい響きだよね。秘書だよ秘書。ホラホラどう思う?コーキ」
「うわぁぁぁ!ヤメロ!なんだよそれ、エロい、ヤバい、鼻血出る」
コウキは大袈裟に身悶える。
「…男子中学生の頭の中ってどうなってるの?意味分かんないよ」
リツが呆れながらポテトをつまむ。
「でも別にコーキが大袈裟な訳でもないよ。言わないだけでそれなりに僕だって興味あるし。それにセラヴィの社長ってけっこう有名人だよね。転生者なら大概知ってるよ。転生者の若きエリートが立ち上げた会社だって。そこで働いてるなんてすごいよ」
「うーん…そうなのかな?社長は…何だか掴みどころのない人なんだよね…確かに、困ってる転生者の相談所ではあるんだけど、私なんて異転撲の方だし」
そのとき屋上に繋がる扉が開いてすき間からイチカが顔を覗かせた。小さくリツを手招きする。
「お!美人のお姉さんだ!」
何かセンサーでもついているのかという早さでコウキも目敏く振り返った。リツは駆け寄る。
「イチカ、何かあったの?」
リツが扉を閉めて訊ねるとイチカは小さく頷いた。
「ごめん、邪魔するつもりじゃなかったんだけど、エストリエがちょっと出掛けてていなくてさ。ソウシも秘書と慌てて出て行っちゃって」
耳元でイチカは囁く。
「うん、持ってるよ。ゴメン先に教えておけば良かったね」
確かにストラスやジーンには聞きにくいだろう。収納に案内して引き出しを開けた。
「どれでもいいから使って。あと嫌じゃなければ、屋上に来てくれてもいいよ。女子に飢えてる中三男子もいるけど」
「うわぁ…あれって、前の任務のときに潜入してたってやつだろ?リツ、すげーな。とりあえずサンキュ。気が向いたら行くよ」
イチカは笑った。リツが屋上に向かおうとしていると、どこからともなく黒木が現れた。
「そろそろお菓子もお出ししましょうか?」
「ありがとう。何か持って行くものある?」
「では…少々お待ち下さい」
するりと消えた黒木は大きなトレーに、スナック菓子やチョコレートなどを山盛りにして現れた。
「中三男子は食べ盛りですからね。主でしたら三階の奥の部屋にいますよ?少し顔を見せてからお戻りになるといいでしょう」
黒木は片目をつぶって見せる。確かにあまり長時間ジーンを放置すると後からお仕置きと称して色々されそうだ。リツは良いアドバイスをくれた黒木に感謝して、普段は足を踏み入れない三階へと向かった。




