ジーン&リツの場合 33
その日の夕方、無事に戻ってきた三人にリツはホッとした。大丈夫とは言われていたものの、やはり心配だった。イチカは施設で共に育った姉や兄のような存在と再会を果たし嬉しそうな、そして照れ臭そうな表情で帰宅した。
皆で夕飯を食べた後に社長が改まった様子でイチカに声をかけた。
「昨日も話したと思うけど、君に今後何かあっても困るから先にイチカの身体を悪魔に戻す儀式を行おうと思う。その方がお互い魔力も使いやすくなって楽になると思うんだ」
「わ…分かった」
儀式と聞いたせいか、さすがに緊張した面持ちでイチカは頷いた。
「地下室を貸しますよ。必要なら同行しますが…不要ですよね?」
「いや…念の為に…いてもらった方がいいかな」
意外にも弱気な様子の社長に言われてジーンは片方の眉を上げた。
「リリスにだって翼があったでしょう?そうするとせめて上は脱いで行った方がいいんですが、あなたは私が彼女の裸を見てもいいんですか?」
ジーンは腕を組む。するとイチカが口を開いた。
「ラ…ライラの姿でなら気にならないから、いてもいいよ」
そういう問題でもないのでは?とリツは思ったが余計な口は挟まないでおく。それに、すでにもう一度しっかりと見てしまっている。
「じゃあ…気をつけて」
リツが言うと横からルイが無邪気に告げた。
「儀式のとき、あまりにも痛くて僕は気絶しちゃったよ。リツはしなかったらしいけど、やっぱり女の子って強いのかなぁ。イチカも頑張って!」
「お、おう…」
ルイに握った拳を突き出されて、イチカもそれに合わせてグータッチをする。
「じゃあバスローブにでも着替えて。どうせ血塗れになって燃やしちゃうんだから、服や下着も全部脱いでね」
エストリエが言うとイチカは慌てて言った。
「ええっ?燃やすのか!?バスローブも勿体ないだろ。素っ裸でいいよ」
「ええっ?さすがにそれは…」
「要は、生け贄みたいになるんだろ?別に素っ裸で構わないよ」
エストリエの声とイチカの声が遠ざかる。リビングに残されたルイとリツ、それにストラスと宮森は思わず顔を見合わせた。
「面白い子だな。豪快でいいねぇ」
ストラスが面白そうに笑った。
***
地下に行った三人はその後なかなか戻ってこなかった。時間だけが刻一刻と過ぎて、次第にリツは不安になってきた。手持ち無沙汰のせいで無駄に飲み物を口に運ぶが、味わってもいなかった。
「大丈夫かな…?」
「そんな不安そうな顔しないの」
エストリエがリツの頭を撫でる。エストリエは宣言通り素っ裸になったイチカの服を回収した後すぐに戻ってきていた。リツはエストリエの肩にもたれかかる。そこから更に時間が流れた。
「…あ!」
しばらく経って足音を聞きつけたのか、ストラスに寄り掛かっていたルイが素早く振り返った。宮森は何故か途中から猫の姿になっていたが、その瞬間やはりピンと耳を立てていた。
「暮林さん…申し訳ない…僕が不甲斐ないばかりに、彼に負担をかけ過ぎた…」
ぐったりしたイチカにバスタオルを巻いた状態で社長は歩いてきたが、疲弊したようにその場に座り込む。ストラスが慌ててその額と背中に手を当てて魔力を流し始めた。
「顔色が悪いな…何があったんです?」
「説明は後だ…リツ…早く来てくれ…」
リツは慌ててジーンのそばに駆け寄る。肩に触れた手のあまりの冷たさにリツはゾッとした。歩くのも辛そうだ。やっとのことで階段を上がり寝室のベッドに共に倒れ込む。素肌が触れ合う方が魔力は流しやすい。リツはワイシャツのボタンを外した。思わず手が震える。ジーンは体の芯まで冷え切っていた。リツは口付けしながら自分も急いで服を脱ぐ。普段ならこんなリツを見て軽口を叩くジーンが何も喋らないことに次第に焦り出した。
「ジーン、何か言って」
「…もっと…だ」
口付けの合間に吐息と共に声が漏れた。
「え…?」
更に口付けをしながらリツは魔力を流し込む。布団を被って冷たい身体を覆い掌でくまなく相手の身体に触れる。なかなか温かくならない。舌までが氷のように冷たい。
「リツの…血を…」
「え?私の血?」
ジーンが頷いたので、リツは慌てて首を差し出してジーンの唇に近づけた。
「噛める?」
冷たい舌が触れて背筋が粟立った。牙の刺さる感覚すら麻痺しそうな冷たさだ。けれども痛みがあって血が流れ出したのが分かった。そこだけが燃えるように熱く痛い。ジーンが血を飲んでいることに、とりあえずホッとする。どのくらい経ったのか、少しずつジーンの身体に人らしい体温が戻り始めた。首を舐められて傷口を塞がれる。触れ合った身体がようやくほのかな熱を取り戻す。緩慢な動作でジーンはようやくリツを抱きしめた。
「すまない…少し飲み過ぎた」
「そう…?多分…私は大丈夫だよ…」
ジーンの唇が重なって先ほどよりも魔力が増えたのが分かった。口の中が温かい。
「さっきは…少し…危なかった…」
リツを抱く腕にも力が戻る。腰に回した手がするりと下に伸びてきて、ジーンの更に求めるものをリツも理解した。
「まだ…足りない?」
リツが言うとジーンはようやく笑った。
「そうだな。よく分かっているじゃないか」
ようやく温もりを取り戻した指に愛撫されながら深く口付けされる。それだけのことでこんなにもホッとするのかとリツは次第に上がり始めたお互いの体温を意識しながら頭の隅で思った。やがてゆっくりとジーンがリツの中に入ってきた。荒々しい衝動とは違って今日は優しい触れ合いだった。
「何が…あったの…?」
「うん…?あぁ…ルシフェルが…魔法陣に…弾かれたんだ」
「えっ…?…っ!」
「だから…一度…仕切り直しをした…」
よく分からない。リツは今聞くべきではなかったと思いながらジーンの与える穏やかな快感に飲まれる。
「恐らくは…魔界で…彼の帰還を…良しとしない者の仕業だ…」
「っ…!」
深いところを刺激され思わずリツは仰け反る。大丈夫なのかと聞こうとしたが、言葉にならなかった。ジーンもしばらく無言になる。両手の指が絡まって互いの魔力が流れ合い次第にその波に飲まれてゆく。
「ジーン…!」
目を開けると、いつの間にか欲望を剥き出しにした悪魔がリツに覆い被さっていた。
「夜は長いぞ?まだ始まったばかりだ…」
その言葉で今までの触れ合いが、この悪魔にとっては単なる前戯に過ぎなかったのだとリツは全てを理解する。
「あの…ジーン…!?」
「苦情は後から受け付ける。そうだな、明日の朝にでも。リツの血のお陰で調子も戻った。こら、逃げるな。これからだというのに」
ジーンに抑え込まれてリツは観念した。
(そうだ…今日って…土曜日だった…)
休みの日の夜のジーンは大抵獣になる。相手は悪魔なのだ。一瞬でも優しいだけの触れ合いで終わるなどと勘違いした自分の方がどうかしていた。そうしてジーンから与えられる荒々しい快楽さえもを全て受け入れつつある自分の身体にリツは震えた。ジーンに染められ徐々に作り変えられている。
(私も…悪魔だ…)
獰猛な獣に貪られながらリツは我慢できずに、とうとう甘やかな悲鳴を上げた。ジーンの言う通り、長い夜はまだ始まったばかりだった。




