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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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カノウ&カノウの場合

 長いだけでほぼ無意味な会議に参加し会議室の後片付けをして加納はデスクに戻る。山盛りのコーヒーカップと湯飲みを三往復して運ぶ。いつもは会議が終わったら駆けつける瀬戸が来ないのを不思議に思っていたが、そこで一足先に戻った事務長に嫌味を言われている瀬戸を発見した。


「すみません、エラーが出てデータがうまく更新できなくて…そのうち会議が始まってしまって…」


 瀬戸の語尾が震える。給湯室から出た加納が慌てて事情を説明した。


「事務長、昨日から今日にかけてヤドリギから退去した児童はいますか?」


「そんなことを私に聞くな。一体なんなんだ」


「いえ…人数が合わないので…誰かが転出したのかと思っただけです」


「あ…あぁ…そういえば、いたよ。忙しくてすっかり忘れていたよ。ハハハ…」


 事務長は嘘くさい笑い声を立てた。これ以上聞くと余計なことに首を突っ込む羽目になる。加納は無理矢理笑みを作って応じた。


「そうでしたか。ではデータはこちらで修正しておきますね。瀬戸さんにも修正の仕方を教えるということでよろしいでしょうか?」


「あ…あぁ…私は忙しい!これから予定があるんだ、頼んだよ」


「はい」


 加納は頷いた。事務長は規則を守るつもりもないらしい。元より期待はしていないが適当さにため息が出そうになった。



***

 

 

 データを修正して加納は気付いてしまった。三十八区から抜けていた少女が一人いた。児童と直接やり取りのない事務職員の彼女にはそれが誰なのか通常は分からない。けれども今回に限っては明らかに変だと思った。

 昼休憩の時間に顔見知りの職員を誘って屋上に行った。彼は交代で寮監も勤めている同じ札付き転生者の幼馴染でもあった。何の因果か同じく名字は加納。血縁関係はないが同時期に引き取られて恐らく当時の担当が適当に名付けたのだろうと推測できた。名前の方はもっと適当だ。ハジメ。数字の一だ。自分は七だから大差ないが。ハジメの誕生日は一月一日、七の方は一月七日。推して知るべし。そうして自分たちすら調べられない機密事項に生みの親の情報が入っている。稀にパートナー契約を結ぼうとして弾かれるのはその為だ。うっかり婚姻届を出して弾かれるなど悪夢だ。だからほぼ転生者は早めのパートナー契約でまずは婚姻可能な相手かどうかを確かめる。


「ナナ、顔色悪いぞ?大丈夫か?」


「あんまり…でもちょっと気になることがあって…」


「いいから、少し待てって。休憩時間くらい仕事のことは忘れろ。どうせその調子だと頭も痛いんだろ」


 一はそう言って七を抱きしめた。長年見ていると相手の具合の悪さが手に取るように分かる。七は一もまた魔力が足りていないのに気付いた。


「月イチのやつか?」


「ほんとデリカシーないよね…だったら何なの」


「いや、毎回調子悪そうだから、ちょっとは優しくしとくかな、と。そういや木嶋っているだろ。あれ、なんなの?」


「何って…木嶋さんのせいでこっちは頭痛三割増なんだけど。香水は臭いし仕事しに来てるのか喋りに来てるのか分かんないし爪も長いし。それで同じ給料貰ってるんだから意味不明」


 フッと一は低く笑った。七のこめかみをゆっくりとマッサージする。七は目を閉じた。少し痛みが楽になる。一だって魔力は少ないのにこうして分けてくれる。


「あいつ男なら誰でもいいのか?それともお前に気がありそうだと思って俺にまで寄ってきたのか…」


「そんなの知る訳ないでしょ。どうせ嫌味な女とかなんとか悪口言ってるんだから。でも事務長の縁故関係らしくて、こっちの話なんかまともに取り合ってもらえないよ。それより、私が知りたいのは葉月一花の情報」


「ハヅキイチカ…!?やめとけよ、余計なことに首突っ込むなって」


 その名前に一は慌てた声を出した。


「昨日まではそのままだったのに、今日出勤してきてデータを見たら彼女がここから消えてた。昨日寮を出た子って他に誰かいた?」


「…あまり言いたくないけど、誰もいないな。つまり、そういうことだよ。ここの施設長は色々とまずい事やってるからね。ハヅキイチカなんてもう何年も見ていない。お前だって俺に確認するまでもなくそんなことは分かり切ってるだろ。俺らのときだって、そういう幽霊が他にもいたじゃないか」


「…やっぱり…か。でも転出したってことは生きてたのかなって思って。どうせ他にも幽霊がいるんでしょ?」


「やめとけよ、突っ込んで調べたって俺らみたいな札付き転生者の職員にはいいことなんてないからな」


「分かってるよ。でも、酷いことになってないといいなって…」


 七は小声でつぶやく。時折いつの間にか抹消されている名前もある。施設を飛び出し数年以内に亡くなる者も多い。


「彼女は八月一日生まれ…でも、なんか綺麗な名前で羨ましいって思ってた」


「俺らなんてハジメとナナだもんな。最近入った後輩に、ナナさんって奥さんなんですか?って聞かれたよ。もう面倒だから結婚しちゃう?俺たち」


 前にも同じようなことを言われて、その時は笑って断った。確かに過去にパートナー契約を結んでいた時期もある。でも終わりにしたつもりだった。今日もそう言おうと思ったはずだったのに、七はうっかり思ったこととは違うことを口走った。


「それも…いいかもね…」


 一が明らかに驚いた顔をするのが分かった。


「いいのか?本当に?」


「…うん…結局…ハジメほど私のことを理解してくれる人が他にいるとは思えない…」


 体調不良で弱っているせいだろうか。自分は何を口走っているのだろう。けれども一のとても嬉しそうな笑顔を見たらこれで良かったのだと思った。


「まじか!やった!もう絶対に取り消すなよ!」


 一は破顔して七を強く抱きしめた。



***



 帰りの支度をしていると午前中に木嶋と話していた男性職員に声を掛けられた。田代は今年入った新人だ。爽やかな見た目で木嶋に早速気に入られたようだった。


「あの…加納さんって、パートナーがいないって聞いたんですけど、本当ですか?」


 またこの話かと思う。木嶋が何を言ったのかも何となく想像がついた。パートナー契約にまでは漕ぎ着けられなくて後腐れない一夜限りのパートナーを募集している女、恐らくそんなところだろう。加納をひたすら貶めることで自分の価値を高めている気もした。


「どうしてそんなことを田代くんに言う必要があるの?」


 嫌な言い方だと思いながら加納はデスクの引き出しに鍵をかける。嫌な女で結構だ。


「いえ…僕が…立候補しちゃダメですか?お試しでもいいですから…」


「職場の先輩に声を掛けるのは止めておいた方がいいと思うよ?お互い仕事にも支障が出るでしょ」


 加納は薄手のカーディガンを羽織る。袖の毛玉が気になった。帰ったら手入れしなくてはいけないなと、そんなことを考える。


「加納一先輩とはパートナーもどきの関係だって聞きましたけど、それって嘘ですよね?」


 七は今度こそため息をついた。何が真実で何が嘘でも人は信じたい方を先に真実と捉え、それを前提に話を進める。


「それも木嶋さんから?彼女が何を言ったのかはだいたい想像がつくけど、彼とは幼馴染なの。確かに一時期パートナー契約も結んでた」


「過去形なんですね。じゃあ問題ない訳だ」


 相手が突然一歩踏み出して来たので加納は思わず下がった。デスクに足がぶつかる。右手首を掴まれて加納は嫌な予感がした。怯える顔を見られたくなくて咄嗟に顔を背ける。が、そこに割り込んできた姿があった。相手の掴んだ手を振り解いて加納一が怖い顔をして立っていた。


「ナナに何してんの?田代くんは悪いけど手ぇ出さないでくれる?それに俺、ナナと結婚する予定だからさ。念の為に言っておくと木嶋さんが言ってるような女じゃないよ、ナナは」


 一の剣幕に田代は明らかに慌てた顔をした。


「今日は俺も定時上がりなんだ。ナナ、一緒に帰ろう」


 呆気に取られた様子の田代を置いて、一は七の手を引いて足早に歩き出した。



***



「…で、何時間か前に私には首を突っ込むなって言ったくせに、なんで保管庫から葉月一花の私物を出してきたの?」


 七は一を見て呆れ果てたような顔をした。


「いや…処分しろって言われたんだけどさ、もし本人が生きてるなら渡してあげたい気がしてさ」


 一の乗っている中古車の前で話しているところに何故か木嶋が現れた。


「あれっ?加納さんが加納さんといるってウケるんだけどぉ」


 木嶋はクスクスと笑う。全身ハイブランドのスーツはむしろ施設職員の中では浮いている。ここは都心のオフィスではない。


「二人って腐れ縁なんだって聞いたけどぉ、ナナさんとは本気じゃなくてただの遊びだよねぇ?だって、あたしと付き合った方がぁ、お金もたくさん持ってるし楽しいし?それに二人きりのときに、かわいいって言ってくれたよね?ハジメくん?」


 木嶋は上目遣いで一を見上げ身体に触れようとした。一はするりとその手を逃れる。いつものように適当に相手をするのかと思ったが一は厳しい顔を向けた。


「誤解を招く言い方するな。かわいいって言わせたのはお前だろ。それにそれって見せてきた鞄のキーホルダーの話じゃないか。女子高生かってくらいじゃらじゃらつけてて、どれがかわいいか選べって面倒なこと言うから適当に言っただけだ。人としてなら俺はナナの方が断然好みだね。キリッとしてて潔いとこが昔から好きなんだ。木嶋と違って仕事に対して真面目なところも」


 上目遣いの木嶋の表情がみるみるうちに醜く歪む。作られた可愛い顔の仮面が剥がれ落ちて、途端に敵意が剥き出しになった。ある意味すごいなとその変わりように七は感心する。


「はぁ!?こんな地味な女のどこがいいわけ?どこに目ぇつけてんの?あんた頭おかしいんじゃない?」


 駐車場に来た他の職員がどすの利いた木嶋の声に驚いてこちらを振り返るのが分かった。


「頭おかしくて結構だよ。こっちはこれからデートなんだ。じゃあな。二度と俺に絡むな。ナナ、助手席に乗って」


 一はそう言うとさっさと車に乗り込んだ。七も慌てて乗り込む。窓の外に歪んだ顔の木嶋が見えたが、一は構わずに車を発進させた。


「こわいねー。自分がみんなの一番だって思い込んでる女ってさ。でもそれを逆手に取って遊んでる男はもっと悪いけど。三人かな?俺の知る限りじゃ木嶋の彼氏だって思い込んでるのが二人と、他にも男がいるのを知ってて都合良く利用してるのが一人…で、俺はそれを知ってるけど、ナナの悪口言ってるのを聞いて胸糞悪いからそいつらにも木嶋にも現実を教えてやらないもっと嫌な奴だけどさ…。田代は気をつけろよ?木嶋を利用してる男ってのが田代だからな?」


 一は、ふぅとため息をつく。七も深いため息をついた。心底気持ち悪い。それなのに無邪気そうな顔をして自分にまで声をかけてきたのか。


「俺らはさ、ずっと昔からお互いの傷も知り過ぎててさ…木嶋のお馬鹿っぷりなんか可愛いもんだって思っちゃうよな。所詮は札付き転生者の生き方なんか知らないだろ、あのお嬢さんはさ。綺麗なままでいようと思えばいられるのに自分で汚れる真似して、それで優越感に浸ってるところが見ててイライラするんだよ。俺は守りたくてもナナのこと守れなかったのにさ」


「私だって、ハジメを守れなかった。お互いさまだよ。無力な子どもだったんだ…しんどいから…やめよ、この話。それに起こってしまったことは未来永劫変えようがない…」


「悪い…」


 一は沈黙する。それでも七を庇って一が浴びた熱湯の方がずっと量が多かった。一の背中にはそのときの火傷の跡が大きく残っている。だから自分は太腿と脇腹に残った程度で済んだ。それを見る度に一が辛そうな顔をするのが申し訳なくて七はパートナー契約を解除した。どうしても無力で毎日怯えていた子ども時代を思い出してしまう。気まずくなって七は口を開いた。


「で、どこに行くの?」


「施設に忘れ物があってどうしても渡したい、って経緯を説明したら転出後の住所を教えてくれたんだよ。施設の寮監って立場を悪用した…だって…これ…捨てられないだろ」


 七は箱に入った小さな袋を見る。


「うん…そうだね。親のことは知らないけど、私も持ってる。やっぱり捨てられない」


 しばらく車を走らせて到着したのは大きなマンションだった。近くのパーキングに車を停めて、入り口で部屋の番号を押すが誰も出ない。そのとき後ろから住人らしき人物が現れた。解除をしたときの番号を一はちら見する。自動ドアが開いたのをいいことにそのまま一緒に中に入る。慌てて七も追いかけてきた。


 中にはコンシェルジュまでいた。事情を話してなんとか預かって貰えないかと名刺も添えて渡すべきか思い悩んでいたところに、一の背後で声がした。


「俺に何か用?」


 低い声と同時に一は腹の辺りに衝撃を感じた。まずいと思ったが抵抗も出来ないまま視界が揺れる。暗くなる視界に何故かコンシェルジュの肩に担ぎ上げられる脱力した七の姿を見たのを最後に一の記憶はぷつりと途切れた。

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