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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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ストラス&ソウシの場合

 朝食後にストラスは社長を連れてイチカの転出届を出しに行った。転出後の住所は社長の所有するマンションの一室に変更する。今は誰も入居していない部屋だ。直接社長の自宅にしなかったのには、ちょっとした訳があった。


「万が一、銀の枝の連中が接触して来た場合の時間稼ぎですよ。念の為です」


 イチカ自身も以前とは真逆の清楚な格好になっていた。リツの服を借りたから必然的にそうなった訳だったが、意外と似合っていた。以前の本人を知る者が見てもすぐには気付かないかもしれない。


「どこか行きたいところはない?あとは必要な物も買わないといけないけど、エストリエが一緒の方がいいかな?」


 蒼士の言葉にイチカは小さく頷く。一応その辺は悪魔でも心得ているらしい。なんとなく車中でもそわそわしているイチカを落ち着かせる為に蒼士は手を握って言った。


「目を閉じてていいよ。こういうのも多分、疲れるでしょ?」


「ん…そうする…」


 イチカは小声で言って蒼士の肩に頭を傾けて目を閉じる。握った指先が少し冷えているので蒼士は細い肩を抱いて撫でた。暮林リツも細いがイチカも細い方だと蒼士は思った。面接に来る転生者も大半がやつれている。元気なのは希望転生者かパートナー契約済の者くらいだ。ここ数年、蒼士はこの国の強いては世界の特に札付き転生者に対する不当な仕打ちをなんとか変えようとできる限りの努力をしてきた。けれども事態は好転するどころか悪化の一途をたどっている。目の前の一人に手を差し伸べても見えないところでは虐待や自殺が頻発し再び転生サイクルに飲み込まれ、施設でも再び大概は嫌な思いをする羽目になる。


「膿むねぇ…この世界は…」


 蒼士のつぶやきに、ストラスは肩をすくめた。


「我々悪魔にとっても快適な空気とは言い難いですからね。少し真面目な話をしてもいいですか?」


 イチカが眠っているのをチラリと確認してストラスが言う。


「探し物はもう見つかったじゃありませんか。この先どうするおつもりで?我が主はいつまで玉座を預かっていればいいのか、という話ですが」


「…はぁ。その話か。僕よりよほど彼の方が優秀なんだから、そのままでいいと思ってるんだよ。でもそうは思わない連中もいる…そういう話だよね?」


「そういうことです。あなた方が魔界に戻るなら我々にはあえて戻らない選択肢も浮上する。下手に戻れば全面戦争にもなりかねない。玉座を簒奪(さんだつ)したといまだに言っている連中はほぼ黙らせましたけど水面下では虎視眈々と機会を窺っている。知らぬ者から見れば我々は敵同士に見えますからね。正直なところ下らない戦争は嫌ですよ。割に合わない。せっかく綺麗に整えた国土がまた血で汚れる」


 ストラスの言葉に蒼士は肩をすくめた。


「僕は世襲制で七歳で父が亡くなったと同時に訳も分からず玉座に座らされて…うまいこと僕を操ろうとする者の手から逃してくれたのがアルシエルだったからむしろ感謝してるんだよ。戦いたくはない。色々と異世界で学んで…少しは大人になったから、玉座に戻れと言うならそれも仕方ないとも思っている。でも出来ることなら玉座の近くに君たちも一緒にいてほしい。敵ではなく…共に民を導く者として…」


 蒼士の目に紫の光が宿る。悪魔としてのストラスそのものの姿を見ているのだろうと思った。大き過ぎる玉座にちんまりと不安げな顔付きで座っていた子どもがいつの間にか一人前の口を利くようになったと、ストラスは思わず感慨深くなったが、相手にそれを言わない程度にはわきまえていた。


「じゃあ、ま、共に帰るためのシナリオでもうまいこと練りますかね…」


 ストラスはニヤリと笑ってアクセルを踏んだ。



***



 一方同じ頃、三十八区にある転生者施設「ヤドリギ」では、とある職員がパソコンの画面を見て首を捻っていた。


「あの…先輩、少しお時間いいですか?」


 近くを通り掛かった職員を呼び止める。忙しかったのか呼び止められた職員は見るからに嫌そうな顔をした。おどおどと研修中の札を首からぶら下げた職員は頭を下げる。


「急に…人数が合わなくなったんですけど…昨日と今日とで何か変更でもあったんでしょうか?」


「ちょっと…え?なんで瀬戸さんが、このデータを開いてるの?あなた研修中でしょ?一体誰に言われたの?」


「えっ…その…事務長が…」


 はぁぁと呼び止められた事務職の女性は深いため息をついた。


「瀬戸さん、こっちは私がやっておくから、その資料二十部コピーしてきてくれない?終わったらホチキスで留めてまとめておいて」


「分かりました!」


 研修中の女性を遠ざけて入力が終わった部分までのデータを更新する。まったく事務長も危機感がない。平気で転生者の個人情報をこんな研修中の職員に見せてしまうなんて。けれども再びエラーが出て更新が出来なかった。とりあえず保留にして差し迫った会議室の用意を先にする。終わってから調べることにした。加納と書かれた名札の女性はそのまま自分のデスクの引き出しに書類を入れ念の為に鍵をかける。データは更新せずにとりあえず画面を閉じた。


「コピー終わりました」


「ホチキスある?」


「はい」


「終わったら第一会議室のホワイトボードが綺麗になっているか確認をお願い。その後はお茶とコーヒーと…ほんと、好みが分かれてて面倒。瀬戸さんも覚えてね。事務長は砂糖三個も入れるから。ブラックで出したら何言われるか分からないよ?それにしても女は、いつまで経ってもお茶出しが当たり前。この考え方って異世界に行っても同じなのかが知りたいわ」


 加納は不意にこめかみに指先を当てた。


「先輩…また頭痛ですか?」


 先ほどの表情は呼び止められたことよりも頭痛のせいなのだろうと瀬戸は理解した。加納は頭痛持ちだ。転生者にはありがちな症状だった。


「…いつものことだから、気にしないで」


 瀬戸はテキパキとコピーを分けて重ねてゆく。それすら一つずつ指示しないとできないのが木嶋だ。けれども木嶋は事務長の縁故らしく仕事をしなくても優遇されている。今日も唇にテラテラ光るグロスをつけて若い男性職員の前で、語尾の伸びた甘ったるい声を出していた。木嶋の通った後にもまるで糸を引くかのように甘く酔いそうな匂いが漂う。そのにおいが加納は苦手だった。余計に頭痛が酷くなる。デスクから頭痛薬を取り出し机の上のペットボトルのぬるくなった水で流し込んだ。少しでも効けばいいのだが。


「やだぁ、そんなことないですってばぁ、それに…加納さんにだって失礼ですよぉ」


 自分の名前が聞こえたが無視をする。明るく染めた髪も木嶋は注意されない。ネイルと髪を染めるのは禁止だと働き始めた頃、加納は事務長に言われた。なのに木嶋は魔女のような爪でも許される。今朝は花が咲いていた。小さなパーツをどこかで落として万が一小さい子どもが飲んでしまったらどうするのか。以前注意したら大目に見てやってくれと逆にこちらが事務長に呼び出されて小言を言われた。食べたって害になる訳じゃないだろう、と。事務長の縁故だか何だか知らないが本当に鬱陶しい。性格が悪いと言われようと何だろうと腹立たしいことには変わりがなかった。荒々しく書類を揃えて力いっぱいホチキスで書類を留める。自分が間違っているのだろうか?正しいのなら何故自分はこんなに惨めな気持ちにさせられるのか。


(結局は私も札付き転生者だからだ…)


 加納は自嘲的な笑みを浮かべた。頭が割れそうに痛かった。

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