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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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ソウシ&イチカの場合

 早朝から喉の渇きに目が覚めたリツはバスローブを羽織って階段を降りた。ジーンはまだ眠っていた。リビングに入る前に小さな話し声が聞こえ、なんとなく突然入るのはためらってノックをする。


「…おはよう」


 リビングにはエストリエと何故かアールがいた。


「あぁ、リツおはよう」


 エストリエは微笑む。アールはいつの間にかバスローブに着替えていた。エストリエはパソコンに何やら打ち込んでいる。


「アールの戸籍を探してたのよ。そうしたら失踪した扱いにもなってないし削除もされてなかったのよね。三十八区の施設にそのまま残ってた。管理が杜撰ね」


「あぁ…それは補助金目当ての詐欺かな。アールに似た子を本人だって言って調査期間だけ雇ったり…方法は色々あるから…」


 昨今、転生者の施設での詐欺を立証するのは困難を極めていた。実際、行方不明になっていた転生者が施設に再び戻って来ることもあるので、補助金の申請を取り消すと戻すまでにまた時間がかかることもあって保留にする場合も多い。だが年単位で失踪している者を放置しているとなるとさすがに話は違ってくる。アールの件を皮切りに更に調査が入る可能性もあった。リツは冷蔵庫から炭酸水を出す。コップに移して半分飲んだ。アールの視線に気付いて残りをペットボトルごと渡した。アールは嬉しそうに受け取ってゴクゴクと飲む。


「なるほどね。ま、下手に失踪届も出ていなかった分、無事に神木蒼士とのパートナー契約は済んだわよ。住所は今日中に移すわ。施設の方から社長に何か言ってくるかもしれないけど知ったことじゃないわね。後は病院だったかしら?」


 エストリエの言葉にアールは頷く。


「…ヤブ医者んとこで…定期的にチェックはしてるけど…今月はまだしてないから…。社長にビョーキうつしたらまずいだろ。キスは…しちゃったけどさ…」


 アールは照れたのかぐびぐびと炭酸水の残りを飲んだ。


「あら、そっちの心配だったの?今どこか具合でも悪いのかと思っちゃったわ。だったら病院に行かなくても一通りチェックできるから大丈夫よ。それによくよく考えたらうちにはヤブじゃない医者もいるのよね」


「あ、ジーン?そうだね。医師免許持ってるって言ってたっけ」


「えっ…?そう…なのか」


 アールが言ったときゲストルームの扉が開いて長い黒髪に紫の瞳の青年が現れた。大きなあくびをして伸びをする。


「よく寝たなぁ…おはよ…」


「え…?その声…社長なんですか?」


 リツはあ然とする。社長はあぁ…と髪をかき上げてふんわり笑った。


「イチカだとキスだけでもすごいね…魔力が増えて半分くらい元の姿に戻っちゃったよ」


 社長の言葉にアールは突然挙動不審になった。


「そ、そういうこと…人前で…言うなよっ!」


 社長はにこにこしながら歩いてくるとアールの

横に立った。


「おはよう。イチカ」


「お、おはよう…しゃ…じゃなかった…ソーシ…って、名前で呼ばないとペナルティが発生すんだよっ!」


 後半はエストリエとリツに向かって叫ぶ。リツは思わずニヤけてしまい、アールに睨まれた。


「イチカって可愛い名前だね。私も呼んでいい?」


「…ハズい…別に…いいけど。もう隠す必要ないし」


 赤くなった顔まで可愛い。社長はそんなアールの頬にキスをした。


「悪魔はもっと恥ずかしいことたくさん言うよ?昨日イチカと何回キスをしたか、とか。どこを触った、とか」


「はぁっ!?いちいち数えてんのか?気持ち悪いな。嘘だろ。それに、言うなよ!!」


「フフ…どうかな?だって自慢したいでしょ。堅物の部下に嫌な顔をされたい」


 社長が笑ったところで、どこからともなく現れた黒木が一礼した。


「本日は屋上の庭園に朝食をご用意しております」


「えっ?屋上に庭園があるの?行ったことない!」


 リツが立ち上がる。


「私もよ!さ、イチカ行きましょ!」


 エストリエにも名前を呼ばれてアールは不服そうに口を尖らせたが立ち上がった。


 階段を上がって二階に着いたところで開いた寝室の扉からジーンが姿を現した。だが、どこか不機嫌そうだ。


「あ、ジーン、おはよう」


「…おはようリツ。勝手に寝室を抜け出すな。あまり調子に乗ると魔力不足になるぞ?」


「ジーン、これから朝食…」


「リツも私も十分後に行く」


「えぇ!?」


 リツの手を強引に引いたジーンはそのまま寝室の中へと消える。


「あらあら、リツも毎朝大変ね」


 エストリエが笑っていると別の寝室から着替えたストラスとルイが顔を出した。


「エストリエ、屋上に行くのにバスローブはちょっと寒いぞ?二人とも着替えた方がいい」


「それもそうね。ちょっと待ってね。リツ!服を借りるわよ!?イチカに着せるの!」


 寝室の方に向かってエストリエが叫ぶと、分かったというリツの声が聞こえたが、すぐにその後小さな悲鳴が聞こえた。その後くぐもった声が聞こえ、急に静かになる。


「イチカいらっしゃい。あら、あなたって胸もわりとあるのね」


 言いながらエストリエはクローゼットの中を物色する。あっという間に服を渡され、別のクローゼットから下着を取り出したエストリエはブラジャーを目の前にして首を捻った。


「とりあえずこれつけてみて」


 勢い良くイチカが脱いでブラジャーをつける。エストリエのものなのか随分と大きい。が、エストリエは魔力を使ってサイズを小さくした。イチカにピッタリのサイズになる。その上にイチカはリツの服を重ねた。


「ちょっと…胸の辺りが苦しい」 


 エストリエは、あらっと言いながらシャツを微調整した。


「リツには言っちゃダメよ?あの子胸が小さいんじゃないかって気にしてるんだから」


「別に大きけりゃいいもんでもないと思うけど…」


 イチカは苦笑する。エストリエも頷いた。


「肩も凝るし、戦闘中はむしろ邪魔になるのよね」


「はぁ!?戦闘?物騒だなぁ」


 イチカに言われてエストリエは肩をすくめた。


「昔の話よ。私、この世界ではちょっと珍しい吸血鬼なのよ。私のいた世界は争いばっかりで生きるのが大変だったのよ。ストラスに頼んで魔界の住人にしてもらったから今は一緒にいるんだけど。聞いたら怖くなった?」


 イチカはじっとエストリエを見つめる。


「…ってことは、歳とらないのか?ずっとその姿?」


「そういうことになるわね。色々姿は変えられるけど、これがオリジナルの私よ?」


「へぇ。いいなぁ。ところで太陽の光は大丈夫なのか?テラスって言ってたけど」


 イチカが首を傾げた。エストリエは笑い出した。


「あぁ、そうね。そうだったわね。そういう吸血鬼も別の世界にはいるみたいだけど私は平気よ。ニンニク料理も大好きだし、血以外にも何でも食べられる。ただ時々ほんの少し血が欲しくなるのよね。定期的に取り込まないと老化する。だから分けてもらってる。そういう吸血鬼」


「ふーん、色々なんだな。知らなかった。俺が学校に途中から行ってないから馬鹿なだけなのかな?」


 イチカは急に不安そうな顔をする。 


「そんなことは学校でだって教えてなんかくれないわよ。せいぜい異世界からの転生者に興味があって、その手の話を収集する研究者なんかだと知ってるのかもしれないけれど。知らないからって馬鹿なんかじゃないわ」


「そうなんだ…俺さ、でも本当に色々知らないことが多いんだよ。でも聞いたらアールは余計なことは知らなくていいって教えてくれないんだ」


 エストリエはイチカの頭を撫でた。


「私が教えられることなら、聞いたら全部答えてあげる。だからそんな顔しないの。それに私以外にもここにいるみんなはそうよ?社長だって…って言ってもあの人はこの中だと一番魔界の悪魔の常識寄りの考え方だから、慣れるまでに少し違和感があるかもしれないけど…」


 エストリエが苦笑すると、イチカはハッとしたように顔を上げた。


「だよな?やっぱりそうなのか。ソーシと話してたら恥ずかしくなるような台詞ばっかりずっと並べてくるんだよ。なんなんだ、あれ。しかも俺、それよりも小っ恥ずかしい台詞を過去に山ほど言ってたみたいで、昨日から記憶が蘇ってきて、なんかもう、どうしたらいいのか分かんねぇんだよ」


 何かを思い出したのかイチカの顔が赤くなる。


「…それは、慣れるしかないわね。甘い言葉で相手を誘うのは悪魔にとっては息をするのと同じくらい自然なことだから…むしろ、ストラスみたいのはちょっと例外なのかも。あの人、異世界放浪期間が長過ぎて悪魔の常識とは少し違ってきちゃってるのよね。あ、さっきルイといたでしょ。あの人、私の夫だから」


「えっ!?そうなのか。ルイってあの綺麗な顔した子だよな。ルイは何者なんだ?」


「ルイは、こっちの戸籍上は私とストラスの養子になったばかりで、悪魔になりたてホヤホヤよ。ま、それを言うならリツも大差ないけど、結婚相手が何と言っても今の魔界の国王陛下だから魔力も爆上がりしてる最中よね。そして多分聞いてないと思うから覚えておいて。社長はその前の国王…というか当時は魔王を名乗ってた。魔界に戻る気があるのかないのか分からないけど、彼が行方不明になってる間、混乱を極めた魔界を統治したのがリツの夫の国王陛下。まさか、魔王が妻のあなたを探すために玉座を放り出したとは思っていなかったのだけど、蓋を開けたら意外な真実が転がり出てきたってところよ」


 少し説明されたので知っている部分もあったが、分かっていないことの方が多かった、とイチカは思った。自分を探すために玉座を放り出した?


「変な所は似てるわよね。一人はどうしても忘れられない天使がいて異世界を放浪し、もう一人は突然姿を消した妻を探すべく異世界に飛び出した…。せめてもう少し周りに説明をしてから行くべきだったと思うのだけど、若気の至りってやつなのかしらね。そのとき彼は多分百歳になったかならないか、くらいだったと思うから…」


 そこでイチカはどうしても気になっていたことを質問した。


「十三歳の子と結婚するって…魔界じゃ普通にあるもんなの?」


 エストリエは首を傾げた。


「最近ではあまりないわね。でも昔はあったとは聞いているわ。あなたと魔王の話よね?魔王は三歳の頃からあなたに求婚し続けて、家庭教師だったあなたとついに結ばれた。十三歳の誕生日を迎えたその日に指輪まで用意して求婚したのよ?魔界じゃ有名な話。魔界は十三歳から結婚できるから」


 聞いているうちにイチカの顔はどんどん赤くなっていった。家庭教師?この俺が?しかも三歳から求婚?とんだ三歳児だ。たしかに思い出した記憶の中に幾つものバリエーションで、僕が十三歳になったら結婚しよう、と言われたものがあった。なんでこんなにたくさんあるんだ?と思ったがようやくその理由が分かった。


「今行ったら、し…じゃなかった、ソーシの顔まともに見れねぇじゃん、なんだよそれ」


 イチカはクローゼットの隅に顔を覆ってうずくまる。今朝は青年の姿だったが、あの記憶の少年が成長したら確かにこうなるだろうなと、イチカは一目見て誰だか分かってしまった。そうして癪なことに、ものすごいイチカの好みの顔と声をしていた。


「要するに二人とも愛されてるってことよ。数百年単位の愛って重たいかもしれないけど、頑張って受け止めてあげてね」


 エストリエは耳まで赤くなったイチカの様子を見てクスクスと笑った。 

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