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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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リツの場合 5

 まさか高級デパートで、店ごと全部買うと平然と言い放つ暴挙に出られるとは思っていなかったので、ジーンを止めるのが大変だった。無駄に疲労して車に戻る羽目になる。まったく非常識な悪魔だ。いや、そもそも悪魔に常識を求める方が間違っているのか。


「まったく…リツには欲がないな」


「あなたが強欲なだけ。私はこれで十分だから…」


 それでも出勤用の服が十着。それとは別にパジャマや下着など細々した物も買い揃えたられた。新しい靴も。エストリエがいて良かったと心底思う。的確なアドバイスがないと自分では選択肢が多過ぎて選べない。季節外れに安売りしている物や古着を手に入れたりで過ごしていた身からすると、天と地との差だった。


「欲望のない悪魔なぞ、悪魔とは呼べないからな。少しずつ染めていくしかないな」


 ジーンは不穏な台詞を口にして徐に肩に触れてきた。


「…少し足りないな…」


 そう言ってさらりと口付けされる。エストリエも見ているのに、と思ったが驚くでもなく自然な反応だった。悪魔だからなのだろうか。


「エストリエは吸血鬼だよ」


 考えを読んだかのようにジーンが低く笑う。


「彼女の言う通りなりたてのホヤホヤだから、まだ少し不安定だし、ぼんやりしているんだ」


 口付けしながら言われる。


「ぼんやりなんて…」


 喋る隙を封じられ魔力を注がれる。いつもモヤのかかったような頭の隅々までが冴え渡る感覚がした。


「ほら、霧が晴れた」


 目を覗き込まれ頭を撫でられる。


「あなた、とても大事にされてるのね。ちょっと羨ましいわ」


 エストリエが微笑む。


「あぁもう…あんまり新婚アピールしないで下さいよ。気になってハンドル操作を誤ったらどうするんですか」


 車を走らせながらストラスが叫ぶ。


「仕方ないだろう、浮かれてるんだ」


 ジーンが笑いながら肩を抱く手に力を込めてきた。耳元で囁く。


「そうだな、指輪も作ろう」



***

 


 指輪は買わずに帰宅してからジーンと共にデザインを考えて一緒に作った。二人の魔力を撚り合わせてプラチナの形をイメージした通りに変える。この異世界に落とされてから初めて魔力を使った。といっても私の魔力は最初のうちのほんの少しでジーンが大半を仕上げたのだけど。


「こちらでの式はどうしようかな。魔界では盛大に行うつもりではあるのだが」


「ええっ…いや、こっちでやると…下手に注目されても仕事がやりにくいから…」


「そうなのか?」


 異世界転生対策本部は、元々は異世界に転生してきた者の救済を目的として発足された部署だった。けれども転生撲滅推進課はその真逆だ。昨今の風潮で撲滅を謳わねば国からの補助金も出ないため、いわば対外的なイメージ戦略のために設けられた課だった。転生者のうち流刑者が全体の七割超えになった辺りからこの世界における転生者に対する扱いは悪化の一途を辿っている。流刑者の魂を元の世界に戻すのが一番なのだが、連絡を絶って久しい世界や戦争や内乱続きでそれどころではない世界など課題は山積みで進捗状況は芳しくなかった。そんな中でいち早く反応したのが意外なことに魔界だったらしい。


「ジーンって…仕事が早いって言われない?天界なんて天使の流刑者も放置したままなのに」


「そうか?人の一生は短いからな。のんびりしていたらまた次の転生サイクルに入って追跡がかえって手間になる」


 リビングのソファーで寛ぎながらジーンは言う。真面目な話をしているが、充電中との名目で私は彼の膝の上に座らされて身動き取れずにいた。右耳にジーンの鼓動が響く。


 パソコンのキーボードを叩いてジーンはグラフを呼び出した。ちらりと目をやると、過去五十年ほどの出生率とそこに含まれる転生者の割合が数値化されていた。


「この世界は…遠くない未来に終焉を迎える…」


 ジーンが不意に低く呟く。私はギョッとした。


「この世界の出生率は下がる一方だ。おまけに新たに誕生する命の約半数を異世界からの転生者が支えているのが現状だ。そこからこの世界が掲げるように札付きの転生者を除外するとどうなると思う?」


「流刑者以外の希望転生者は…三割にも満たないから…若い世代の働き手が更に減る…?」


「そうだな。この人口推移を示した世界はいずれも高齢者を支えきれず経済も回らなくなり大概が滅びる。この目で見てきたからな。私はただの親切心で悪魔の転生者の魂を回収しに来た訳ではないよ。滅びると分かっていて流刑にしたままなのは寝覚めが悪いからな…お前の魂を貰い受けるついでに幾つか回収する…ただそれだけだが」


「魔界の出生率は…どうなの?」


 尋ねるとジーンはハッと笑った。


「心配せずともまだまだ滅びはしない。福利厚生を手厚くするように仕向けたからな。魔界では今、保育士や教師が引く手あまたなんだ。子どもが多いからな。教育は大事だ。先細りしているこの世界じゃどんどん閉校しているらしいが」


 よくご存知で。統廃合の末に学校数は今も減少し続けている。


「最近になってようやく札付きの転生者にも教育の機会が与えられるようになったけれど、それでもみんなと同じ教育は受けられないのが現状…また転生して子ども時代を繰り返すのは…もう、うんざり」


 私の言葉にジーンは怪訝そうな顔をした。施設時代のことは誰にも話したことはない。 


「…背中の傷痕を晒されて…罪の重さを再認識させられる時間があるの。毎回上半身裸にされるのが嫌だった。傷痕が腕ならマシだったのに。身体の発育のいい子はもっと嫌なことをされるって施設の他の子から聞いたから…子どもの頃はあまり食べないようにしてた…」


 頭を撫でていたジーンの手が止まる。見上げると眉間に深いシワが寄っていた。


「難しい顔しないで。私はエネルギー効率も悪くてガリガリだったから、嫌なことはされずに済んだの」


 笑って見せたがジーンは納得しなかった。


「もっと早く…見つけたかったな…お前の素肌を見た奴の目玉を片っ端からくり抜きたい気分だ」


 悪魔じみた台詞を吐く。この人が言うと冗談に聞こえないのが恐い。福利厚生の話をしていたはずだったのに話題が逸れた。


「おっと…お邪魔でしたかね」


 ストラスが顔を出しかけてドアを閉める。


「いや、何だ?」


「いえ…その…婚姻届の証人になっていただいてもいいでしょうか?」


「何だ、そんなことか。構わない。今日出すのか。そうすると同じ結婚記念日になるな。覚えやすくていい」


 ジーンがニヤリと笑う。


「ここまで真似するつもりはなかったんですけどね。ま、こういうことには勢いも大事ってことですね。お邪魔しました」


 ジーンはパソコンを閉じて突然ソファーに横になる。一緒に巻き込まれて転がって無駄に広いと思ったそれが、二人で横になると少し狭いくらいだと気付く。ジーンが大きいからだ。


「少し…この感触を堪能したい…」


 身体の上に乗せられたままジーンの鼓動に耳を澄ます。さっきよりも少し早い。髪を撫でていた手が背中に触れた。翼の出る辺りをゆっくり撫でられる。少しくすぐったい。


「もう…痛みはないか?」


「大丈夫」


「翼の出し方に慣れたら一緒に空を飛ぼう」


「え?この世界で!?ニュースになっちゃう!」


「誰にも見られなきゃいいんだろ。こことは別の異世界で新しい便利な魔術を教えてもらったんだ。そのうちリツにも教える」


 夢の中以外で再び飛べる日が来るとは思っていなかった。楽しみだと思った。そう思った自分に一番驚いた。何かを楽しみにしたことなど転生してからただの一度もなかった。


「ジーン…ありがとう」


 呟いて顔を上げる。よく整った顔を見つめるとジーンが言った。


「リツが十八だと知っていたらもっと若い設定で差し込みをしてもらったのにな。この世界で十五の差は大きいじゃないか…」


「そんなこともない…かな。昨今は年の差婚が流行ってるから。少子化の影響で」


「そうか?世界の終焉にもある意味感謝すべきか…充電の時間だから離れるなよ。魔界の力にも少しずつ慣らす」


 ジーンが魔法陣を描くのが分かった。少し空気が重く濃く感じる。それでも耳に響くジーンの鼓動を聞いていると怖くはなかった。私は耳を澄ませながら目を閉じた。



***



 目覚めるとジーンが誰かと楽しそうに喋る声が聞こえた。どうやら眠ってしまっていたらしい。


「通信の経由拠点の変更か…分かった。やはりあの世界も終わるか…マーキングは当分消えそうにもないから、拠点が消滅してもお互いの居場所は辿れる…悪阻と出産体験プログラム?本当に実施したのか。あぁ…気絶?だらしない奴らだな。亭主関白な連中にはいい薬だ」


 起き上がるとジーンが振り返った。


「あぁ…本当に見つかったよ。竜の予言は侮れないな。今、目覚めた。ちょっと待ってくれ」


 パソコンの画面の向こうで子どもの笑い声が聞こえる。何やら騒がしい。


「…異世界探索の際に助けてもらった友人だ。リツに会いたいそうだ」


 寝起きで大丈夫だろうかと思ったらジーンが頷いた。


「綺麗だ、問題ない」


 これは完全に心を読まれている。そこまで明け渡してしまったつもりはないのだけど。


 画面の前に顔を出すと、ペパーミントグリーンの髪の人物が映っていた。右と左で目の色まで違う。


「ハジメマシテ。アルシエルのトモダチのジュディスだ。あーハツオンしにくいゲンゴだな」


 目の前のまだ若い美人は顔をしかめる。良くできたドールのようだ。ひょっとすると同い年くらいかもしれない。


「こ、こんにちは。リツ…元々の名前はフィランジェルです」


「わぁっ!」


 画面に小さな顔が乱入してくる。


「だれ?トモダチ?」


「カイ!」


 よく分からない言語で小さな赤毛の少女にジュディスが何やら告げている。その間にも別の顔が映り込む。また燃えるような赤い髪の子どもだ。金色の目をしている。


「んーえっと、妹がすみません。通じてますか?あ、僕はエイダンといいます。はじめまして」


 赤毛の子どもは礼儀正しく画面の前で一礼する。


「ひょっとして預言者の子らか?」


 後ろからジーンが覗き込んで笑う。


「あぁ…すまない。言語はやはり自動変換の方が楽だな。そうだ、その双子だ。五歳児のくせに頭が良過ぎて困る」


「そういう君の子どもは生まれた瞬間から喋っていただろ。血は侮れないな。今日はいないのか?」


「レイと一緒に魔術騎士科の魔獣討伐訓練に嬉々として出掛けて行ったよ。父親と一緒に魔獣から魔石が取りたいんだと。まったく抱っこ紐に入った赤子のくせに狩猟本能が強過ぎる」


 想像の範疇を凌駕する会話が繰り広げられている。知らない異世界がまだまだあるなと実感する。


「本題に戻るが、二人とも結婚おめでとう。ささやかながら祝福を授けよう」


 画面に手が近付いて魔法陣が二つ現れる。キラキラと輝きながらそれは画面を通過して私とジーンの目の前の空間に出現した。


「こちらではこんな風にあえて見える場所に刻むが、そちらの風習は分からないから好きなところにつけておくといい。虫除けだ。その方が安心だろう?」


 ジュディスは首の辺りにある魔法陣を見せた。カイが小さな指でそれを指差す。


「いいなぁ。私も欲しい!」


「カイにはまだ早いよ」


「なるほど。虫除けね。それは助かる。新婚なのに邪魔されたくはないからな」


 手首に魔法陣をつけてジーンが低く笑った。私も真似して手首を近付けると定着した。レース編みのように美しい模様で、ちょっとしたお洒落なタトゥーのようだ。時々発光する。


「そのうち落ち着いたら遊びに来るといい。ストラスにもよろしく伝えてくれ。これから講義があるんだ。これでも教える側だから遅刻すると学生に示しがつかない。じゃあな。また連絡する」


 通信が終わる。静止画面には美しい魔法陣が浮かび上がった。


「ここからは遠い異世界にいる友人だ。その異世界の預言者が、リツの居場所を特定してくれたんだ。新婚旅行先はエテルネルでもいいかもしれないな…」


 ジーンは何を思い出したのかフッと笑った。


「リツはどう思う?異世界に新婚旅行に行くというのは」


「想像がつかない…でもジーンの好きな場所なら、見てみたい」


 手首の美しい魔法陣を見て思う。きっとその世界は美しいに違いない。


「彼らは長寿の一族だからな。知り合っておいて損はない。短命かつ次世代に引継ぎすらされていない種族だと、訪れる度に一からやり直しで説明の手間ばかりが増えるからな」


「ジーンは異世界を股にかけて仕事をしてるんだね。神さまよりも働いてるんじゃない?」


 私のことを働き過ぎだなんだと言う割には、異世界に知り合いも作って連絡も取り合っている。私の顔を見てジーンは不意に笑った。


「まずは楽しく生きることだな。リツは今まで楽しむ余裕すらなかっただろう?だから、これからは楽しみながら少しずつ悪魔としての生き方を学ぶといい」


 頬に優しく手が触れる。ジーンの顔が近付いてきたので私は目を閉じた。次に彼がすることはもう分かっていた。甘い唇が重なった。

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