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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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ジーン&リツの場合 27

 少し早めに歯を磨いてリツは常務室に戻った。


 「コーヒーでも淹れましょうか?」


 リツが言うとジーンは、いや、と言っておもむろに常務室を施錠した。


「あの…ジーン?」


 リツは再び何が始まるのかと後退りする。だがそのとき足をソファーに引っ掛けて、リツは仰向けにソファーに寝転ぶ格好になってしまった。起き上がろうとジタバタしていると、ジーンが低く笑った。


「随分と積極的だな。だが誘うならもっと色っぽい誘い方をしろ。それではまるでアスファルトの上に落ちてもがくセミのようだ」


 酷い喩えようだと思ったが、本当に起き上がろうとしていただけだったので、色っぽさも何もあったものではなかった。ネクタイを緩めたジーンは、面白そうにリツの上にのしかかってきた。


「今日の食後のデザートは活きがいいな」


 笑いながら口付けてくる。うっかりそのまま受け入れてしまったリツは、ジーンの口に残るミントの味を感じた。口付けを繰り返す間にジーン本来の姿が揺らめいて時折姿を見せる。


「アルシエル…」


 口付けの合間にその名を呟くとブラウスのボタンを外された。胸に手が触れ愛撫される。次第にリツは頭が回らなくなってきた。


「そんなとろけたような顔をして…気持ちいいのか?」


 口付けしながらジーンが笑う。何か言わなくてはと思ったリツの口からは、けれども吐息が漏れただけだった。


「…やれば出来るじゃないか。なかなかにそそるぞ?」


 ジーンは満足げに微笑むと再び唇を塞いだ。



***



 当然ながらジーンが口付けだけで満足をする訳もなく、しっかりリツを最後までくまなく堪能してから、彼はようやく離れた。再びネクタイを締めながら彼は平静を取り戻す。あっという間に涼し気な顔に戻るジーンを恨めしげにリツは見上げた。呼吸がまだ乱れている。好き放題とまではいかないものの、しっかりとジーン・フォスターの妻である証拠を身体にこれでもかとまた刻みつけられてしまった。リツは思わずお腹を押さえる。今にも燃え出しそうな魔力が満ちていた。それを見たジーンはリツに向かって言った。


「…激しくし過ぎたか?」


 ジーンは乱れたリツの髪を撫でつけて、ブラウスのボタンを丁寧に戻す。お腹を押さえたリツの手の上から大きな手を重ねた。


「違う…熱いだけ…どうして…ジーンは平気なの?」


「平気に見えるのか?だとしたら、リツはまだ私のことが分かっていないな」


 ジーンは一見すると収納スペースにしか見えない木製の扉を開けた。なんと中には小型の冷蔵庫が入っている。上の棚にはお菓子がずらりと並んでいた。


「えっ?そこ…冷蔵庫?おやつもいっぱいだし…」


 ジーンは冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出した。キャップを開けてゴクゴクと飲む。まだソファーで呼吸を整えているリツのところまでやってくると、麦茶を差し出した。受け取ってリツも飲む。よく冷えていて美味しい。


「運動の後は水分補給だろう?」


 しれっとそんなことを言うのでリツは答えるべき言葉が見つからず、もう一度麦茶を流し込んだ。


「これでも我慢している方なんだ。会社だからな」


「えぇ?じゃあもし我慢しなかったら…?」


「愚問だな。抱き潰すに決まっているだろう」


 真顔で返答されてリツは麦茶を持ったまま凍りつく。素知らぬ様子でジーンはちらりと時計を見る。


「仕方ない、仕事を始めるとするか。午後からは外勤だ。リツも付き合え」


 ジーンは車のキーを取り出してそう告げた。



***



「今日は札付き転生者の魂を一つ回収する。あまり治安の良い場所ではないから、気をつける必要があるが、まぁ今のリツなら大丈夫だろう」


 何の根拠でそう言っているのかと思ったら隣でステアリングを握る相手は意味深な笑みを浮かべた。


「…昼にも散々満たしたじゃないか?あれだけ交われば魔力量だって嫌でも跳ね上がる。お陰で私も調子がいい」


「それであんなことを?それなら先に言ってくれたっていいじゃないの」


 リツの不服そうな声色にジーンは心外だという顔をした。


「念の為に魔力量を上げる必要があるから、今から抱かせろと、そんな情緒のない会話を我が妻は求めているのか?」


「いや、そういう訳じゃ…」


 そういう訳ではないが、ではどういう会話をしたかったのかと考えると適当なものが思いつかない。そもそも悪魔の口から情緒という言葉が出る方がどうかしている。そうこうしているうちに、車は繁華街を通り抜け次第に怪しげな廃墟と思われるビル群のある区画に入り込む。


「この車…盗まれたりしない?」


「大丈夫だ。その辺りは考えてある」


 リツは若干の懐かしさも覚える街並みを見つつ、資料に載っている少女の顔写真を見た。通称「リリス」本名不明。世間に対して不満を持っているような目つきでこちらを睨んでいる。彼女は五十三区のストリートキッズの集団「銀の枝」に属していた。正式なメンバーになった者には肩の辺りに鷲のタトゥーがあると書かれていた。


「女悪魔の名を騙るとは、なかなかに面白い」


ジーンは一人悦に入っている。確かにリリスの名前にはリツも聞き覚えがあった。


「この集団の厄介なところは表立って交渉できるトップが存在しない点だろうな。いや、表面上いないことにされている、と言った方が正しいのかもしれないが。所属する少女たちに序列はないらしい。皆等しく平等。それだけ聞くと理想郷のようにも錯覚しそうだが、決してそんなことはない。さて、この辺りでそろそろ姿を変えよう。車も隠す」


 ジーンが言って、リツの身体をさらりと撫でた。


「にゃあっ!?」


 リツの口から出たのは猫の鳴き声だった。リツは慌てる。白い前足が視界に入る。いつの間にかリツは仔猫の姿に変わっていた。一方でジーンは黒髪の少女姿になっている。二人が車の外に出ると、車は瞬時に消え失せた。


「おぉ!さすがの魔力量だな。造作もない」


 ジーンは面白そうに声を上げて傍らのリツを抱き上げた。


「さて、少し汚して…こんなもんか」


 服の質を下げる。古びた感じになった。リツも少し汚された。白が煤けて見える。


「今回の目的は組織の壊滅ではない。あくまで個人の回収だということを忘れないでほしい。いいか?何を見ても、たとえ私が何をしても何をされても、元に戻るなよ?」


 ジーンは何やら不穏なことを言う。


(何をされてもって…そんなこと言われたら不安になるよ)


「一時的に仲間に加わって、リリスを見つけ次第、問答無用に掻っ攫って終了だ」


「にゃあっ!」


(そんな乱暴な!)


 その時、リツはこの先起こることを全く予想すら出来ていなかった。知識として知っているのと、実際に体験するのとではとんでもない落差があると、後にリツは思った。だが、このときのリツはまだ何も分かってはいなかった。



***



 しばらく歩くと閉店したコンビニの前に少女たちがたむろしているのが見えた。リリスはいないが、三人の少女は値踏みするかのように黒髪に碧眼の少女をジロジロと見た。当然腕に抱かれたリツも見られる。


「あんた、見ない顔だね」


「どこから来たの?」


「あっちの方から…逃げてきた…」


 ジーンは少しためらう素振りをしてから長袖をめくって、いつの間にかつけた痣の跡をちらりと見せる。


「ちっ」


 少女の一人が舌打ちをした。


「あんた、名前は?」


「ライラ」


「あたしらは、この辺りを仕切ってる銀の枝のメンバーだ。知ってるか?」


 ライラは首を横に振る。


「よく…知らない…」


 少女たちは困ったように一瞬顔を見合わせたが頷いた。


「アジトに連れてってやるから来いよ。大丈夫、ライラに乱暴をするような奴はいないから」


「アール、お前抜けるのかよ。三人って言われただろ」


「二人もいりゃ十分だろ。体調不良で来れなくなったとでも言っとけよ。それに四人いたらもっとややこしくなる。こんなちっこいライラにさせる訳にはいかないだろ」


「あー分かったよ、ったく、さっさと行けよ」


 アールと呼ばれた少女はライラの手を引いて足早に歩き出す。その肩に鷲を模したタトゥーがあった。


「あのっ、大丈夫なんですか?」


「あぁ、気にすんな。いつもの仕事だから」


「仕事…?」


「ところで…ライラは何歳だ?」


「十歳」


「あぁ!?十歳かぁ…参ったな」


 アールはライラの頭を撫でた。


「仕事…するよ?しないと…ご飯食べられないんでしょ?」


「うん…まぁ、そうなんだけどな。さすがに十歳じゃなぁ…まだまだガキじゃん」


 アールは困ったように笑った。

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