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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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再びリツ&社長の場合

 その日結局朝からジーンに捕まったリツはなかなか離してもらえず遅刻しそうになり、ストラスに会社まで送ってもらう羽目になっていた。二度寝したストラスは寝ぼけ眼で変身し、一方で着替えもすでに終えていたルイが興味津々でリツの隣に乗り込んだ。幸いなことに外から後部座席は見えない。リツは車の中で鏡を見ながら目立つ場所のキスマークを必死に消していた。


「首の後ろは大丈夫?」


「ん?えーっとね、あ、これも上からだと見えちゃうよ」


「えっ?どこどこ?」


 リツの指先を背中に導きながらルイはクスクスと笑い出す。


「今日もいっぱい満たされてるね、リツ」


「ルイの方こそ…二人の魔力を感じるよ?」


「うん、ストラスとたくさんキスしたからね。エストリエにもハグしてもらった」


 それまで黙って運転していたストラスが思わず咳払いをする。


「魔力切れで震えてたからだろ」


 食後にしばらくルイはリビングでダラダラ過ごしていたのだが、急に寒気を覚えて慌てて寝室に飛び込んだのだった。ルイの魔力切れはいつも唐突に起こる。悪魔になりたてのせいもあるが、それを聞いたジーンは不可解な表情をして何やら考え込んでいた。とりあえず口付けと抱擁で魔力を急いで補うと、ルイはすぐに元気になった。

 ストラスが信号待ちの間に二人をちらりと見ると何やら似たもの同士と思っただけあって、仲良く頭をくっつけて話し込んでいた。まるで姉と弟のようだとストラスは思った。やがて目的地のセラヴィ株式会社の入るビルが見えてきた。


「僕も雇ってもらえないかなぁ。でも中学中退じゃさすがにダメかぁ」


 ルイが高層ビルを見上げてつぶやく。するとストラスが言った。


「働くのはいつだってできる。子どものうちはまだ勉強したり友だち作ったりしときゃいいんだよ。マスコミも下火になったし、お前もそろそろ転入先の学校に顔を出さないとな」


 自宅から徒歩圏内の都立中学にルイは転入手続きを出していた。学校長には事情を説明し、彼が精神的に落ち着くまでは休ませると伝えてある。


「はぁ…いざ一からリセットしてやり直すってなると面倒だね。でも、まぁ、うまくやれると思うよ。清葉学園でもそこそこうまくやれてたでしょ?」


 後半はリツに向かって言う。確かにルイは施設を抜け出してから数年学校にも通っていなかった。そのわりには、全くそれを感じさせない学力を持っている。元々頭は良いのだ。転生カーストさえなければ順風満帆の学校生活になっていたはずだった。


「リツが一緒なら心強いのになぁ」


 そう言ってルイはリツの肩に寄りかかった。リツはルイの綺麗な金の髪を指先ですいた。サラサラだ。


「私はこれから仕事なの。ルイはいい子にしてお留守番」


「リツさん、社内にいる変なのは相手にしちゃダメですからね?魔力を分けるのも禁止です。社長の秘書だって本当は嫌なんですよ。それ以外は絶対にダメです。分かりましたか?」


「はーい。どうせジーンがくどくど言ってたんでしょ?」


 ストラスの念押しにリツはため息をつく。


「ねぇ?会社でお仕置きって、先生もなかなかハードなプレイが好きなんだね」


 ルイにニヤニヤ笑われてリツは思わず常務室での出来事を思い出してしまった。


「笑い事じゃないから!本当に!ってか、なんで知ってるの?その話」


「エストリエから聞いた」


 しれっと言ったルイにリツは再び大きなため息をつく。ジーンはスケジュール通りなら本日午後からようやく会社の方に戻ってくるはずだった。あんなお仕置きだけは勘弁してほしい。



***

 


 いつものクセでリツは転生撲滅推進課の方へ行きそうになり、慌てて回れ右をして鍵の保管庫へ向かう。遅刻は免れたが始業五分前だった。こんな日に限ってエレベーターは満員で、リツは七階まで階段を駆け上る羽目になった。息を切らしながら暗証番号を入力し常務室のカードキーを持って、ドアを開けようとしていると、その並びにある社長室から社長が顔を出してリツを手招きした。


「おはよう、珍しく今日は遅かったね」


「すみません。朝からバタバタしてしまって」


 リツが近付くと社長は何やらいつになく弱っていた。疲労が顔にまで出ている。


「ゴメン…少しハグさせて」


「えっ…」


 ドアを閉めた社長にリツはぎゅっと抱きしめられた。


(この場合は不可抗力…だよね…)


 とりあえずじっとしておく。魔力の方は有り余っているし、弱り切っている社長を突き飛ばす訳にはいかない。社長はしばらくリツを抱きしめていたが、耳元で囁いた。


「…なんだか、生々しいなぁ。相手の気配がやたらと濃厚で」


「だったら…私じゃなくて違う人にして下さいよ…」


 リツはやれやれと思いながら社長の腕から抜け出そうとした。


「この距離だと首の後ろのキスマークが見える…」


「えっ!?」


 消したはずなのに、とリツは慌てて今度こそ社長から離れた。


「冗談だよ。跡は消えてるけどめちゃくちゃ牽制されてるのを感じるって話。その辺の小物は近寄れないね」


 社長は両腕を上げて伸びをする。顔色が良くなっていた。


「やっぱり生は違うね。美味しいよ。宮森の方もお願いね」


「生ってなんですか、人をビールみたいに」


「既製品は全然美味しくないんだよね。暮林さんだって飲んだことあるなら分かるでしょ?」


 確かに魔力回復薬を美味しいと思ったことはなかったが、そもそも薬に美味しさなどを求めてはいなかったとリツは思い返す。ただただ生きるのに必死だった。ソファーの上には毛玉になった宮森が文字通り転がっていた。


「…宮森さん?」


 ソファーに座ってそっと毛玉を膝の上に乗せる。ボサボサに乱れた毛並みを撫でるとピクリと動いた。


「お二人とも…何かあったんですか?」


「あぁ…暮林さんは気にしなくて大丈夫。ちょっと揉め事の仲裁に入っただけだから」


 宮森にリツの魔力が流れてゆく。毛玉は僅かに身動ぎしてようやく猫の姿になった。猫は小さく鳴く。この姿は確かに可愛い。こんな猫なら飼いたい。


「あ…」


 気付くと宮森誠司その人がまた膝の上で丸まってうつ伏せになっていた。しかもどういう訳か全裸だ。


「ちょっと!早く避けて下さい!ってか、なんで何も着てないんですか!?」


 慌ててリツが叫ぶと、相手は困ったように顔だけを動かしてリツを見上げた。


「あの…今避けたら色々見えちゃいますけどいいですか?それとも興味あります?」


 慌ててリツは顔を覆う。膝の上の重さが消えて、社長がヒーヒー言いながら爆笑する声が響いた。


「あぁ…すっかり忘れてたけど…どうせ汚れるからと脱いで猫になったんだったね…そういえば」


 汚れる?一体何をしていたのか少々不安になりながら顔を覆っていると、しばらくして社長の声がした。


「もう服を着たから大丈夫だよ。別に人をバラしたりはしてないから安心して。あまりにも分からず屋だから、危うく宮森が半殺しにしちゃうところではあったけど」


 サラッと怖いことを言う。宮森の方は実に爽やかな笑顔をリツに向けてきた。初めて見る彼の笑顔にリツは戸惑う。それに社内の宮森ファンが知ったら、むしろガッカリするのではないかと思った。何しろいつも蔑むような顔付きで相手を見下す氷の王子とあだ名されている彼が眩しい笑顔を向けているのだ。


「暮林さん、また魔力の質が高まりましたね!すごいですよ!この高揚感、たまりません!」


 他人に聞かれたら何やら誤解されそうな台詞を口にして宮森はリツに向かってくるとハグをした。


「ちょっ…宮森さん!?」


「あぁ、すみません…つい」


 宮森の本性はもしやこちらなのかとリツは危ぶむ。けれども不意に宮森は首を傾げた。


「…ん?他にも接触してる悪魔がいるんですか?何やら違う香りが…」


 そういえば車の中でルイがくっついていたのを思い出す。そんなことまでこの使い魔は嗅ぎ分けるのかとリツはげんなりした。厄介だ。


「弟みたいなものです…」


「あぁ?ルイくんかい?彼は元気にしてるのかな?」


 社長がお茶を飲みながら聞いてくる。


「ルイは無事に悪魔になりましたよ。ずっと前から本人もそれを望んでいましたから」


 リツの言葉に社長はニコニコしながら頷いた。


「悪魔の同胞が増えるのはいいことだよ。天使には出来ない芸当だ。暮林さんも、そのうち誰かを悪魔に変えるのかな?実に興味深いよ」


 そんなことを言いながら、社長は悪魔とは思えない爽やかな笑顔をリツに向けた。

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