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異世界転生対策本部転生撲滅推進課〜悪魔な上司の意外な素顔〜  作者: 樹弦


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ジーン&リツの場合 25

「おかえりー」


 リツとジーンが帰宅すると玄関に走って出迎えたルイが突然ハグしてきた。


「ただいま」


 少し驚きながらもリツは抱き返す。


「先生も!」


「先生?」


 ジーンも苦笑しながらルイのハグを受け取る。ルイはニコニコしていたが靴を脱いだリツに近づいて耳元で囁いた。


「リツ、先生としたでしょ。僕何となく分かるようになっちゃった」


 リツは赤くなりながら走り去るルイの背中を見る。ここ最近ルイはすっかり悪魔に染まりつつあった。平気でそんなことを言ってくる。魔力量の変化を感じ取れるようになって楽しいらしい。


「おかえりなさいませ。先に食事にいたしますか?」


 黒木が穏やかに微笑む。


「あぁ、リツは腹ペコに違いないからな」


 そのとき洗面所の方で部屋着に着替えているリツの小さな叫び声が聞こえた。


「なんだ?」


 ジーンがやってきて鏡を覗く。


「ジーン…」


 肩の歯型はともかく体中に刻まれた跡が湿疹のようにも見えて少し不気味なくらいになっていた。リツは慌ててボタンを留める。


「ふん、悪魔の嫁らしくなってきたじゃないか」


 うがいをしようと水を口に含んでいたリツはむせって背後の悪魔を拳でポカポカ殴った。



***



 食後にリツが満腹でぼんやりしているとエストリエに笑われた。


「愛され過ぎて疲れちゃった?」


「…今日はめちゃくちゃお仕置きされた…」


「あらあら。それは大変だったわね」


 エストリエはリツの肩を抱く。なんとなく寄り掛かる。最近実感するのは悪魔は何気ない日常でも触れ合いが多いということだった。同性でもそうだ。リツはストラスとバトルゲームで盛り上がっているルイを見ていた。ストラスも金髪に青い目の外国人に変装しているからか、何だか本物の親子のようで不思議な感じだった。


「あの二人、親子みたいでしょ」


 同じことを思っていたらしいエストリエが隣で笑う。笑いながら食べていたチョコレートをリツの口にも一粒放り込んだ。エストリエもよく食べる。


「うん。ルイが楽しそうで良かった」


「でもね、まだ悪夢は見るのよ。だから昨日は小さい子にするみたいにストラスが添い寝してたわ。少しずつ良くなるといいんだけど、けっこうかかるのよね、こういうのって。でも殺して欲しいって願う気持ちはかなりなくなったって言ってたから…これからね」


 ガブリエルにリツは聞いていた。ルイに殺してと何度も頼まれたと。なんとなく理解はできる。


「札付きの転生者ってね、自殺したらその身体が腐ってゆくのを延々と隣で見ていなきゃいけなくなるの。それでまた刑期は追加になる。それを思えば誰かに殺してもらった方がマシって私も思う…」


「そう言うってことは、リツも…やったことあるのね?」


「うん…ある…」


 エストリエはリツの顔を覗き込むと切ない表情を浮かべた。


「泣きたいときは私の胸を貸してあげるからね」


「…別に泣きたい訳じゃ…」


「あらそう?遠慮しなくていいのよ?」


 エストリエはリツを強引に抱き寄せて豊満な胸の谷間に顔を埋めた。


「どう?」


「…はぁっ」


 呼吸困難になりリツはやっとのことで息をする。


「どうもなにも…息ができないよ…」


 別室から出てきたジーンが仲良さげに絡む吸血鬼と悪魔の妻を見下ろして複雑な表情になった。


「リツ…何をやってるんだ?エストリエも何をそそのかしてる?」


「あら我が君、だって魔界のスキンシップはこんなものじゃないでしょ?少しずつ慣れてもらわないと」


 ジーンは肩をすくめた。


「…リツが変な方に開花したら困るんだが」


「嫉妬すると乱暴になる男の悪魔より、私の方が楽しいかもしれないわよ?我が君に意地悪されたら、お姉さんが慰めてあげるからいつでもいらっしゃい」


 エストリエが含み笑いを漏らす。そのときルイにゲームで惨敗したストラスがうわぁと叫びながら頭を抱えた。


「じゃあ約束だから、僕の本気のお願い聞いてね」


 ルイは笑いながらストラスに言う。


「僕の魂と早く契約して。もう待てないよ」


 ルイの言葉にリビングにいた全員が一斉に静まり返った。



***



「僕そんなに変なこと言った?ちゃんと考えた結果だし前にも言ったよね?」


「あぁ…そうだな。言ったし約束もしたが、何をそんなに焦ってるんだ?」


「何って…魔力量も前より上がった気がするし、もっとみんなに近付きたいから…って、そんな理由じゃダメなの?」


「ダメではないが…」


 気まずそうにストラスはジーンの方を見た。ジーンは僅かに考える素振りをしたが頷いた。


「ルイが望むなら、ストラスが儀式を執り行えばいい。幸いなことにここは自宅だ。車中で儀式を行うのはなかなかに大変だったからな」


 ジーンがリツを見る。リツは翼が出たあの日のことを思い出していた。


「…ルイにも翼が生えるの?」


「そうだな…元は精霊だし、出ない可能性の方が低いだろうな」


「ルイ…先に言っておくけど…ジーンに鎮痛剤を打ってもらってたけど、それでもめちゃくちゃ痛かったよ…」


 リツの言葉にルイは思わず怯んだようだったが、それでも隣のストラスを見上げて告げた。


「痛いのは…慣れてるから…でも一応聞いていい?反省会でされたのと、どっちが痛い?」


 ストラスはルイの頭を撫でた。


「儀式の方が多分辛いぞ?それでもやるか?」


「待ってても、痛さは変わらないんだったら、やるよ」


「分かった。準備するから待ってろ」



***



 普段出入りしたことのない地下室に初めてリツは足を踏み入れた。いかにも儀式を執り行えそうな部屋かと思いきや何もない空間だった。それにきちんと換気もされている。

 その中央にマットを敷いて上に大きなシーツを掛ける。後はストラスが持ち込んだペットボトルの水で終わりだった。


「え?これだけ?」


 リツは拍子抜けした。


「魔法陣はすでに描いてあるからな。今は見えないだけで。それにどうしたって出血するから、物は少ないに越したことはない。後始末も手間だ。万が一のために私は待機する。リツもいい勉強の機会だ。残れ」


「えぇ…」


 リツは情けない声を出した。痛そうなのはあまり見たくない。やがてエストリエがルイを連れて降りてきた。ルイも明らかに想像したのと違う、という表情をしたが何も言わなかった。

 部屋の隅に座ったジーンに手招きされてリツも隣に座ろうとしたが、膝の上に座らされて抱き抱えられた。すでにルイは上半身が裸で、あちこちに傷跡の残る背中が剥き出しだった。シーツの上にルイを座らせたストラスは手慣れた様子でルイの背中に注射を打つ。


「気休め程度だが、ないよりはマシだ。ルイは特に何もしなくていいが、何をされてもビビるなよ」


 ストラスが告げた途端に辺りの空気が変わった。視界が暗くなる。マットの下から青く光る魔法陣が浮かび上がった。魔法陣に照らされた中でストラスがルイの手首を切るのが分かった。


「死の淵を覗け。お前が望んでも誰も実行しなかったことだ。俺が一度殺してやる」


 ストラスがルイの手首を持ち上げる。呆然と溢れ出す血をルイは見つめていたが、その途中でストラスは己の口にその手首を近付けて血を飲み始めた。しばらく血を飲んだストラスはそのままルイを抱き寄せる。リツは何故かそれが自分のことのように感じられて思わず震えた。

 やがてストラスも指先を切ってその血でルイの背中に魔法陣を描いた。しばらくは何も起こらなかったが、不意にルイの身体が動いて声が漏れた。


「…っ…!」


 痛みに耐えているのだろう。ストラスが抱きしめる腕に力を込めているのが分かった。何かルイの耳元で囁いていたがリツにまでは聞こえなかった。ほんの一瞬リツはストラスが巨大な鳥の姿になったような気がした。あれはフクロウだろうか?


「ああっ!」


 ルイが仰け反って絶叫する。背中から赤い色の羽が飛び出た。蝙蝠のような羽だ。羽が出たルイはそのまま気絶した。ストラスは生まれたての悪魔を抱いて優しく微笑んだようだった。視界が徐々に明るくなって魔法陣も見えなくなった。いつの間にか蝙蝠の羽も消えている。ストラスはルイを抱いたまま、片手でペットボトルの水をごくごく飲んでいた。言わずもがなシーツは血塗れだった。


「成功だな」


 ジーンが声を掛けるとストラスはホッと息をついた。


「そりゃ…まぁ…エストリエのときは正直危なかったですけど、俺だって加減は学びましたからね。やっぱり血の味はそんなに好きじゃないですし」


 それで水が必要だったのかとリツは納得する。ストラスはルイの血のついたシャツを脱ぎ捨てると、ルイを抱えて階段を登り始めた。


「残りは燃やすぞ」


 ジーンが告げて片手を伸ばすとシーツが発火した。マットにも火は燃え移りストラスのシャツも燃えたが、やがて燃えかす一つ残らずに全てが消え失せた。


「さて新たな悪魔の誕生だ。リツの使い魔になれるかどうかはこれからだな」


 ジーンはそう言いながらリツの肩を抱いて地下室を後にした。

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