ジーン&リツの場合 13
翌日の朝、いつもの流れでストラスの力を借りて姿を変えているところにルイが現れた。女性らしさが消えてすっかり少年になったリツを見て、ルイは不意に更衣室でずっとリツが背中を向けていたことを思い出す。
「あ…今更だけど昨日…強引に更衣室に連れて行ってゴメン…嫌だったよね?」
「別に…大丈夫。むしろ更衣室じゃないとこの先も着替えは無理かも…」
朝バスローブを脱いで、昨日とは違う場所にまたジーンの残した跡を見つけてしまったのを思い出しリツは赤面した。
「ふーん?」
ルイがニヤニヤ笑う。
「用意できたなら行きますよ」
ストラスが声を掛けてきたので二人は車に乗り込んだ。車庫に顔を出したエストリエが手を振る。
「また来てね、ルイ」
「あ…昨日は…ありがとう」
僅かに赤くなったルイを不思議そうにリツが見ている間に車が動き出した。
「ルイ…昨日はエストリエと何の話をしてたんだ?」
ストラスに訊かれてルイはハッとしたように顔を上げた。
「えっ…あの…どれだけ自分がストラスさんのことを好きかって…のろけ話を聞きました」
ミラー越しにストラスが僅かに驚いた顔をした。想定外だったのか照れたように咳払いをする。
「それだけじゃないだろ?」
「あの…エリーゼさんも異世界出身だって…」
「あぁ…誘われたのか?魔界に来ないかって」
ストラスは僅かに眉をひそめる。
「……あの」
「別に責めちゃいない。単なる質問だ」
「魔界に行く気があるなら…契約が必要だって…」
「あぁ、そうだな。そこまで話したとなると…まぁ…言うのは簡単だが、契約はそこまで単純なものじゃないから覚悟が必要だな」
「生かすも殺すもジーンの自由…少なくとも私の魂はそうなってるよ」
隣であっけらかんと笑ってリツが言う。
「…ま、簡単に言えばそういうことだ。魂との契約になる。そこまで差し出せるほど相手を信用できるかどうか…だな」
「…分かりました…」
「焦る必要はないけどね。主はせっかちだからリツさんは、熟考する間もなく契約してしまったんですよね?」
ストラスの言葉にリツは首を横に振った。
「儀式は…確かに急だったけど…ちゃんと猶予はあったよ。だから考える時間もあった。私がちゃんと選択した結果の今だよ」
「そう…なんですか。それならどうして主は…いや、俺が二人の関係について、どうこう言う話じゃありませんね、失礼しました」
ストラスは口を噤む。ルイはストラスとリツとを見比べたが昨夜エストリエの言っていたことが脳裏を過った。不意に妙案を思い付く。
「ねぇリツ…お願いがあるんだけど」
ルイはニコリと笑った。
「学校では、僕と付き合ってることにしてもらえない?」
「え?」
「はぁっ!?」
赤信号で止まったストラスが思わず後ろを振り返る。
「ルイ、早まるな!主に殺されたいのか?」
「いや…フリですから…これも作戦のうちなんですってば」
「作戦…?」
「あぁ…分かった。私…じゃなかった僕が虫除けみたいな感じ?」
おおよそルイの考えとは見当違いなことをリツは言ったが、この際そう思わせておいてもいいと思った。ジーン・フォスターを嫉妬させてリツへの更なる独占欲を掻き立てて二人の関係性を深める、それがルイの作戦だった。
***
車を降りるとストラス相手に何やらルイはコソコソ話していたが、やがてストラスは破顔してルイの頭を撫でた。リツと一緒に降りたことで、駐車場にいた他の生徒がチラチラこちらを見るのが分かった。
「さて、行こっか」
ルイはニコニコしながらリツを手招いて手を繋ぐ。
「え?」
ガブリエルのときには反応した魔法陣は、けれども無反応だった。そういえばルイとは何度か手を繋いだりする場面もあったが、魔法陣が反応したことはない。
(ルイには反応しないんだ…)
「おはよー!」
明るく挨拶しながらもルイは早速アピールを始める。
「僕、リツと付き合うことにしたんだー」
「ちょっと、ルイ!」
「何?リツったら照れないでよ」
聞く耳を持たないルイはクラス中に公表する勢いで、アピールを続けた。反応は驚いたり冷やかしたりと様々だったが、トウマの反応は実に冷ややかだった。
「ふーん、そう」
けれども、その後にトウマはとんでもないことを言ってきた。
「本当に付き合ってるなら、みんなの前でキスしてみせてよ。そのくらい平気だろ?」
「なっ…」
思わずルイが絶句する。資料で見た佐伯凛の性格なら言いそうな台詞だとリツは思った。
(いくらルイに魔法陣は反応しないと言ってもキスされたらまずいかもしれない…)
一瞬の間にぐるぐると考えたリツは即座に判断を下した。恐らくこれなら回避可能だ。
「できるよ、ね?ルイ」
リツは立ち上がってルイに顔を近付ける。ルイの髪に指を絡めながらリツは唇を重ねた。あえて目は閉じなかった。トウマの瞳を見つめながら、僅かに目を細めて笑う。少し長く口付けして顔を離すとルイは赤い顔をしていた。
「僕たち、本当に付き合ってるから、ルイに変なちょっかい出さないでね」
リツはそう告げて席へと戻った。隣の席のアサヒが小さく咳払いをした。
「リツ…あのさ…ルイといつの間にそんなことになったの?」
「え?あぁ…昨日一緒に放課後に遊んで、うちに泊まって貰ったから…それで」
「リツの両親やパートナーは…そういうの…うるさくないの?」
アサヒはコソコソと話す。
「あぁ…うん。パートナーは外国人だし、あまり細かいことは指摘されないよ。うちはその辺、両親も理解があるから…」
「はぁぁ…いいなぁ。うちは絶対にパートナーも結婚相手も一緒で女の子じゃなきゃダメっていう堅苦しいタイプだから…面倒なんだよね」
アサヒがため息をつく。パートナーの性別は問わないことが多いが、その先の結婚まで同じ相手となると見つけにくいのは確かだった。その条件に縛られているなら確かにアサヒは前途多難だ。予鈴が鳴る。リツは机の上にタブレットを出した。




