新婚旅行の場合 28
五人は草食獣のエリアから、触れ合い体験型のエリアに移動する。何やらカラフルな毛玉のような生き物がたくさんいて、飛び跳ねたり肩の上に乗ったりしていた。ネビロスが受付を済ませて五人は案内されるのを待つ。すぐにどこかのブースが空いたらしく、五人はそのまま案内されて、カラフルな毛玉が待ち受ける中に入った。
「耳の後ろを撫でると喜びます…?」
ストラスが画面越しに見せてくれた説明書きにリツとルイは首を捻る。
「えっ?どこが耳!?丸いモフモフにしか見えない!!」
「あぁ…それはだな…」
言いながらシエルは跳んできた一匹を手の上に乗せて、反対の手で掴むと親指と中指で揉むように撫で始めた。キュウと鳴いてその生き物はぺちゃんこになる。するとシエルの触れている指の前に小さな突起が現れた。
「これが耳だ」
「えぇ?丸いうちは全然分からないよ!」
ルイも真似して触ってみたが鳴きもせず丸いままでぺちゃんこにもならない。ストラスとネビロスは慣れているのかキュウキュウ鳴かせて、その個体をリツとルイに渡してくれた。突起の後ろを触るとぺちゃんこになったままリツの膝の上でキュウキュウと鳴く。よく見ると長い毛玉の中に丸い目がある。撫でると目を閉じるのか目玉は見えなくなって、キュウキュウと鳴く毛足の長いカーペットのような見た目になる。
「どうしてみんなそんなに扱いが慣れてるの?」
リツが言うとストラスは微笑んで言った。
「この個体はみんな雌なんですよ。だから雄に触れられるとぺちゃんこになる。結果耳の位置が分かるから女性でも撫でやすくなります」
「えぇ!?なにそれ!じゃあ僕はずっとぺちゃんこにできないの?」
ルイが頬を膨らます。
「どうだろうなぁ…今はその身体だからできないけど、男に戻ればできるんじゃないかな?」
「どうして雌だけなの?」
リツが言うとシエルは笑った。
「この個体の雄は小さくて、触れ合いには向かないんだ。大きな悪魔だと潰してしまう。それに一緒に入れておくとどんどん増えるから数のコントロールができなくなる。だからここには雌しか置いておけない、そういう理由だ」
「そうなんだ…」
「それでも稀に小ささを利用して紛れ込む雄もいるんですよ…あ…」
ストラスはぺちゃんこになった個体を慌てて裏返した。お腹の辺りに一センチほどのコブがある、そう思ったらストラスはそれをつまみ上げた。
「言ってる矢先にこれですよ。これが雄です。膨らんでいるときに紛れ込むと見落す場合もあるんですよね」
ストラスはつまみ上げた雄をブースの外にいた担当者に渡す。彼は頭を下げて腰に下げた籠に雄の毛玉を入れる。すでに中には二匹の雄が入っていた。彼は人の入っていないブースで個体のチェックを済ませて、入り口に設置されたタブレットに入力すると次の客を案内する。
「この仕事は男性じゃないと無理そうだね…」
ルイが膝の上で再びもふもふになった毛玉を撫でながら苦笑した。
***
五人は動植物園を堪能して帰路についた。けれども王宮が近付くにつれて次第にリツとルイは緊張してきていた。王宮に戻ると待ち構えていた使い魔にリツとルイはあっという間に連行されて、派手過ぎないがいかにも高級そうなドレスに着替えさせられる。しばらくするとアルシエルとストラスも現れて、少し送れてエストリエまでが姿を現した。
「ルイはともかくどうして私まで?」
エストリエの不服そうな顔にストラスは苦笑する。
「どうしてって、そりゃぁ、リツさんを探しに向こうに行ってる間に結婚したから書類と報道だけで、きちんとした会見をしてないからだよ」
「仕方ないわねぇ…いいわよ。せいぜいルイと仲良しアピールしておくから」
「下手な演技するとかえって仲が悪いって勘繰られるんだから、何もしない方がいいんだよ」
悪魔の姿に戻るとかなり大きいアルシエルやストラスを見上げながらリツは少し不安になる。それは傍らのルイも同様だったようで、二人はヒソヒソと会話をした。
「ねぇ…国王補佐官の嫁なのに…貧弱って思われないかな?」
「それを言うなら私なんて国王の嫁だよ?それこそ何を言われるのか分かったものじゃない…」
そこに扉のノックする音が聞こえて、颯爽とアスモデウス元帥が入ってきた。けれども元帥は入ってくるなり脱力し、アルシエルに向かって言った。
「娘の気弱な彼氏が突然訪ねてきたと思ったら、私の大切なシャーロットを嫁に下さいと言ってきたのですよ?聞けば動植物園で出会った若い夫婦に刺激を受けたと…見たものを共有しましたら、これは紛れもなく陛下ですよね?妊娠させた者勝ち?なんてことを仰るんですか!」
(…えっ?あの子って…アスモデウス元帥の娘だったの!?)
(えぇ!?全然似てないよ!)
リツとルイは思わず顔を見合わせて心の中で会話をする。
「妊娠させた者勝ち…それはアスモデウス元帥自らが昔言った言葉だと思ったが違ったかな?自ら公言しておきながら、私が言ったら途端に苦言を呈するとは…色欲の悪魔のあなたからまさかそんなことを言われるとは思ってもみなかったよ。いやはやアスモデウス元帥も面白い御仁だね…いったい、いつから倫理観を手に入れたのやら」
アルシエルは面白そうに笑っている。
「とっ…とにかく!!私は認めません!今日のところは追い返しましたが明日も来ると言っていました。気弱だからそのうち娘のことは諦めると思っていたのにとんだ誤算です!」
「いつだったか、シャーロット嬢が小さいときに膝の上に座って、大きくなったらお父さんのお嫁さんになるのーと可愛らしく言っていたあの言葉をまさか信じてる訳じゃないでしょうね?いくら色欲の悪魔のあなたでも近親相姦は厳禁ですよ?」
「なっ!なぜその話を!!」
ストラスに言われたアスモデウス元帥の顔が明らかに動揺している。珍しいこともあるものだとリツはその顔を見上げた。
「あなたが酔っ払って酒の席で話したんでしょうが。むしろこの話を知らない悪魔の方が少ないんじゃないですか?俺は両手で数えても足りないほどこの話を何度も聞かされている。確かに五歳の頃のシャーロット嬢はそれはもう天使みたいに可愛らしくて、元帥もメロメロだったんでしょうけど…だからって遊び人な訳でもない、あんな真面目な好青年との結婚を認めないとは、いやはや…」
「私のシャーロットを忌々しい天使などに例えないでほしい!!あれは悪魔的な可愛さなのだ!」
「おや元帥、我が妻も元は天使だが忌々しいと…そう仰るのですか?あなたは元天使を娶ると決めた際に賛成に挙手したものと思っていたが…」
「そっ!それは陛下が反対しようものなら火山の噴火口に投げ入れるイメージを執拗に脳内に流し込んできたからではありませんか!その肝心の天使が見つかってもいないのに、陛下は何を仰っているのかとあのときは本当に悪寒が治まりませんでしたが、あの恐ろしい会議から二百年が過ぎ去り、こうしてフィランジェル殿を無事にお迎えすることができて、我々は安堵しているところなのです。天使は陛下の誇大妄想が生み出した幻ではなかったのだと。なのに…あぁ…シャーロット!!私は認めない!」
元帥は頭を抱えて部屋を飛び出してゆく。
「…元帥って、意外と子煩悩なの?」
ルイが首を傾げたときだった。
「そろそろ会場にお移り下さい」
側に控えていた悪魔が声を上げる。
「打ち合わせ何もしてないのに大丈夫!?」
リツは慌てた。元帥が乱入したせいで、話すどころではなくなっていた。アルシエルはリツをエスコートするように手を差し伸べる。
「大丈夫だ。私を誰だと思っている?」
「…二百年前に天使を娶るって言ったの?」
「あぁ、結婚しろと周りがうるさくてね。心に決めた一人がいると我慢出来なくて公言した」
「見つからなかったらどうするつもりだったの?」
「そんなことは決まってるだろう。見つかるまで探し続けるだけだ」
甘いアルシエルの囁き声と共にリツは会場に向けて一歩足を踏み出した。




