新婚旅行の場合 27
肉食獣のエリアを過ぎると車は乗り換えになり、ようやく相乗りは解消された。使用する車が到着して一定の間隔を空けて出発するのを待つ間、先ほどまで同じ車内にいた学生らしき四人組はこちらをまだチラチラと見ている。リツはシエルと密着して口付けをしていたせいで気恥ずかしくて仕方なかった。
「あっ、あのっ…!!」
四人組の中の一人の青年がシエルに声をかけた。緊張のあまり額に汗が浮かんでいる。
「なにか?」
シエルが青年を見下ろす。青年は若干怯えつつもシエルを見上げて言った。褐色の肌に金色の瞳をしている。
「しゅっ…祝福を…したいのですが…」
「…なるほどね。でも、私は君たちのことを知らない。身分の定かじゃない君たちに妻が触れられることを簡単に許すほど、私は寛容じゃないんだ」
「じ…じゃあ、これを!!」
青年は手の甲を差し出した。
「身分を照合してもらって構いません…彼女の方も…」
二人は揃って手の甲を差し出す。まだ手にタブレットを持っていたストラスが手の甲を読み取ると目には見えていなかった魔法陣が浮かび上がった。
「彼は王宮警備隊養成学院の第二学年に在籍していますね。彼女の方は…使い魔専門学園の第一学年…どちらも本人ですね」
ストラスがどこか笑いを噛み殺すかのように言う。シエルは片方の眉を上げた。
「先ほどは…注意できずにすみませんでした…こんなんで…警備隊の養成学院に在籍してるなんて恥ずかしいんですけど…」
青年はおどおどしながら言う。
「気にする必要はないよ。この国ではね、妊婦の腹を恋人同士が撫でると結ばれると言われているんだ。ということは、君たちは交際を反対されているのか?」
シエルがリツに向かって説明を入れつつ青年に質問をした。なるほどとリツは思った。シエルの言葉に二人は頷く。
「使い魔になったら…勤務地によってはそう簡単に孫の顔も見せられなくなるから…そんな相手じゃダメだって彼の母が…でも在学中に妊娠するのもダメだって…うちの父もとっても頭が固いんです…」
「なるほど。それは大変だな二人とも。なに、今日会ったのも何かの縁だ。妻の腹に触れてその魔力を感じるといい…」
リツにとっては見知らぬ悪魔の若者二人にお腹を触られるのは貴重な体験だった。けれどもリツのお腹に触れた二人はとても驚いた顔をして慌てて手を離す。
「わ…!!ビリッとした!」
「すごい魔力…」
二人とも急にリツの顔とシエルの顔を見て慌てた様子になった。
「あの…ひょっとして…なんですが…王宮で…働いている上級の悪魔…でいらっしゃいますか?」
青年の言葉にシエルはニコリと笑った。
「まぁ、一応働いているが今日はこれでも久々のオフなんだ。それに私から言わせてもらうと言い方は悪いが妊娠させた者勝ちだな…それに世間一般の父親は初孫の顔には甘いと聞くぞ?君も男なら父親から娘を奪うくらいの気概を見せたらどうだ?反対されたからと別れを選べるなら、所詮はその程度の関係だったということだ」
「ちょっと…無責任なことを言うもんじゃありませんよ…」
ストラスが困り顔でシエルを見やる。若者は何やら考え込んでいたがシエルを見上げると意を決したように言った。
「僕は…シャーロットとは離れたくないんです!決めました!シャーロット、僕は君と結婚したい!今すぐにでも!」
「えっ!?」
リツの目の前でどこか初々しい青年が顔を真っ赤にしてまだどこか少女のような顔立ちの相手に告白をした。
「でもっ…私の父は本当に厳しいのよ!?」
「そんなことは分かってる!でも、だからってそんな理由で君を諦めたくはないんだ!すみません!何だか勇気が湧いてきたので、僕は今のうちに彼女のお父さんに会って結婚を認めてもらってきます。行こう!シャーロット!」
「ええっ!?ちょっと急にどうしたの!?」
残された友人二人は呆気に取られてその背中を見送る。残された青年がシエルに向かって頭を下げた。
「騒がしくてすみません…でも、なんだかあいつ…急に火がついたみたいになって…珍しいんです。いつもは自信がなくて…真面目で大人しい性格だったから…」
「やっぱり、祝福って効果があるのかしら…?私、実はあまり信じていないのだけど…」
そう言った二人も結局その後、手の甲の魔法陣を読み取ってもらって、どこか恥ずかしそうにリツのお腹を触ることになる。二人はその後動物園を回ってから夕方に帰宅して、何気なく室内に投影された結婚記者会見の映像に度肝を抜かれることになるのだが、このときそんなことは二人とも分かっていなかった。
彼らを先に車に乗せようとしたが二人とも先を譲ると言うので、シエルは素直に有り難く受け入れる。万が一のときのためにネビロスは運転席の方に乗り込んだ。大人しい草食獣たちが草を食んでいる。リツとルイはようやく気ままに感想を言い合えるようになってホッとしていた。
「見た目はシマウマみたいだけど…なんだか妙に小さくない?」
ルイが近くにやってきた動物を見て声を上げる。
「ほんとだ!大きい動物ばかりじゃないんだね。でもあっちのキリンみたいなのは、もっと首も足も長いよ?」
「うわぁ…しかも変わった色だね。紫なんだ」
「あぁ…そういえば、魔界にも二人の知るフラミンゴのような鳥もいるが、やはり生育する場で食べる餌の種類が違うから青い個体もいれば紫の個体もいるよ?」
「こっちのフラミンゴみたいな鳥も、色が濃い方がモテるの?」
ルイが首を傾げる。
「えっ?そうなの?」
「リツ…知らないの?って、僕もたまたまイチカが読んでいた本を見たらそう書いてあったからへぇって思っただけだけどね?ホラ、野生だと雄の方が派手じゃない。悪魔は何がモテる基準なのか分からないけど。やっぱり魔力の強さ?」
ストラスはフッと低く笑ってルイの腰を抱き寄せた。
「もちろん魔力もそうだな。でもやっぱりモテるモテないは横に置いておいて、一番はお互いの相性が良いことかな。俺とルイの相性も試しただろ?それでルイの身体の機能も無事に女に変わってちゃんと働き始めた…抱き合ってもならないこともあるんだよ。その場合は投薬治療やら魔力治療やら何やら色々と…女の身体になる悪魔の方に負担がかかる…そうならなくて良かったよ。ま…ルイならならないとは思ったけどな」
「なんで?」
「だって…俺の魔力を怖がらないだろ」
「それ、関係あるの?」
「合わない魔力は何かしらが反発するんだよ。だから恐れになって現れたり、気分が悪くなったりする…」
「そっか…ケビンも…なれるのかな?」
するとルイの言葉にシエルが真面目な顔をして答えた。
「いや…ダンタリオンは先妻で懲りたのだろうな。彼女は投薬治療を選んだが…結果早逝してしまった。だから彼は今回ケビンの体質を利用して、魔界に生息する固有種の体質をコピーさせた。彼らは月の満ちた夜にのみ性別を変えて繁殖する。それは月光により身体機能も女性になるいわばスイッチのようなものだ。その目的は繁殖のみ。あんなに猛々しい気配をまとった彼を見るのは久々で驚いたよ。ケビンの魔力はいわばコピーの蓄積による雑多な魔力の坩堝だ。中にはダンタリオンの好ましくない魔力も存在するだろう…分かりやすく言うならクモの魔力が最たるものだ。それに目をつぶってでもケビンを選んだことに、私は彼の気概を感じたよ」
シエルはそう言いながらリツを抱き寄せる。青と空色の毛並みの馬に似た生き物が群れをなして走ってゆくのが見えた。こうして見ていると紫やら青やら、随分とカラフルだと思って見ていると、青や紫の葉の生えた草木の生い茂る森が見えた。
「変わった色の木だね…」
「そうか?魔界ではよく見る森の光景だよ。魔力を蓄える木だな。草食獣はこれを食べて魔力を蓄える。魔力の多い個体が紫だったり青だったりに染まる。色が濃いのは魔力の多い個体だ。雄は当然ながら派手な方がモテる」
「そっか…私分かった気がする。シエルだけだと周囲に放つ魔力の気配が…アルシエルのときよりも派手なんだ…」
リツがぽろりと口にした言葉にシエルは思わずリツを見下ろして片方の眉を上げた。
「派手…?そんなことは…初めて言われたな」
「あーそれ、すごく分かる。ストラスも若返るとなんかギラギラしててまぶしいから…」
ルイの言葉にストラスも途端に納得いかない表情になる。
「分かるって…なんだよ。ギラギラって…」
シエルとストラスは不本意そうにお互いの顔を見合わせた。窓の外を派手な紫の馬に似た生き物が走り去る。リツとルイの目に映る自分たちの魔力は若返ると派手なのか、と思い二人は密かにいつになく浮かれていた心を少し鎮めることに専念した。




