新婚旅行の場合 23
動植物園に到着すると、あまりの広さにリツとルイはどこから見ていいのか分からずに、結局シエルとストラスのオススメに任せることにした。フィランジェルは到着と同時に姿を消して、リツはなぜルイが真っ赤になって呼吸を乱しているのか分からずに困って近くのストラスを見上げていた。ストラスは大丈夫ですよと言って微笑むとリツの頭を撫でる。ストラスはやはりリツの方が安心すると思った。その間にネビロスが植物園内に入って手続きをする。車ごと回れるようになっていて、洗車と消毒が終わると窓から上が全て透明になって、外の景色が見えるようになった。
「わ!すごい!」
ルイはどおりで外をニ周したのだと思った。だらしなく横たわっているのを入って早々に誰かに見られるのは恥ずかしい。
「このまま移動して幾つか植物園を回った後に、動物園に移動して、最後は触れ合いコーナーに寄ろうと思う」
何やら突然視界が暗転したと思ったら目の前に巨大なキノコの生えた空間が現れた。キノコは青白い色だったり薄紫に発光している。オフィスのあるビルくらいのサイズで、魔界は巨大なものが多いのだとリツは思った。
「うわぁ…何だか現実味がないね」
「うん。でも…すごくキレイだね」
「僕はちょっと怖いかなぁ…」
歓声を上げる二人の肩をシエルとストラスがそれぞれ抱き寄せる。
「この空間は見ての通りしばらくキノコの光のみの薄暗い空間が続くから、デートをする悪魔は恋人とこうして触れ合いながら鑑賞するんだよ」
リツはシエルの顔が近付くのを感じた。軽いキスを何度かするとシエルはリツが外を見やすいように体勢を変える。恐らくストラスとルイも同じことをしている気配がした。けれどもルイはなぜか再び呼吸を荒げている。
「…ストラス…やり過ぎだ…」
「天使のせいですよ…少し魔力過多なんです。少し解消しなきゃいけないので仕方ありません」
「え…?天使?フィランジェル…?」
リツは少し押し黙ってから、突然ルイに向かって謝った。
「ごっ…ごめん!!なんかめちゃくちゃなことしたみたいで…もうっ…恥ずかしい!」
「ルイが耐えられなかっただけだ。私はなかなかにいい光景を見られて満足だったよ?」
「フィランジェルって…さすがはシエルの相手ができる訳だなって…身体で…納得させられた感じ…ケビンもだけど…天使の方も…体力オバケなんじゃない…?それに…キスの仕方が…ヤバ過ぎて…」
「ふーん、そのヤバいの再現してみろよ。少しは早く解消できるだろ」
ストラスの笑い声が聞こえて再び二人は沈黙する。湿った音と吐息のみが聞こえてリツは落ち着かなかった。ようやく遠くに小さな明かりが見えて、徐々に視界は明るくなる。まだ少し薄暗い中でストラスがルイの胸元を直しているのが見えた。ルイはストラスの膝の上に乗って少し虚ろな瞳でリツを見た。リツは申し訳ない気分にさせられた。
「まぶしい…」
徐々に明るくなったとはいえ、それでもまぶしさを感じる。目の前に草原が広がりしばらくすると、巨木の生い茂る深い森の中に着いた。鳥の声が聞こえる。ただひたすら美しい森の緑にリツは言葉を失ってシエルの隣に寄り添っていた。背中に感じるその腕の温もりがなければなぜか切なくて涙が出そうだった。どうしてなのか分からない。シエルを見上げるとリツの頭を撫でてくれた。向かいに座ったルイも潤んだ目をしていた。
「ここは失われた太古の森を再現した場所なんだ。リツもルイも悪魔になって日が浅いから、感情にダイレクトに届くんだろうな。喪失の感情だ…」
ストラスはルイを胸に抱いたまま、頭を撫でていた。
「この森があった場所は今は新しい公園に生まれ変わっているよ。失っても新たにまた再生する。破壊と再生を繰り返してこの国は作られたんだ。ま…どこだって多かれ少なかれそうだろう…」
ストラスはルイに言い聞かせるように言う。ルイはストラスの腕の中で頷いた。
「…でも…悲しい…」
「そうか?じゃあ泣いとけ。別に泣きたいときは泣いていいんだ。ルイは色々やりたいことを我慢してきたんだからな。俺はこれからルイのやりたいことに付き合うつもりだよ。感情が不安定なのは身体が変化したからかもな…あとはこの世界の空気に馴染みがないから、複合的な効果で感情が動きやすいんだよ…」
ストラスはルイの頬に流れた涙を唇で受け止めた。ゆっくりと進む車の中でルイは泣き続け、ストラスはその涙をこぼすことなく受け止め続けた。
「俺がルイを不安定な女の身体にしたんだ…責任はきちんと取るよ」
「責任…?そんなのは感じる必要ないし…取らなくていいよ…こうして側にいてくれたら…それだけで…」
ルイは少し微笑んでようやく涙が止まる。
「随分と熱いな…」
シエルが言ってリツの身体を抱きしめる腕に少し力を込めた。やがて森を抜けるとエリアが変わり熱帯雨林のような光景が目の前に広がった。
「あ…鳥?」
上空を舞う色鮮やかな姿にリツが気付く。ルイも気付いた。見ているうちにそれが鳥などではないことに気付く。五十センチほどの羽を持った蝶がひらひらと飛んでいるのだった。
「…本当にでかい…」
ルイはげんなりして言った。この光景はあまりケビンには見せられないかもしれない。朝ケビンが食べた卵サンドのことが頭を過る。蝶のサイズに合わせたかのような巨大な毒々しい色合いの花も咲いている。情熱的な赤に黄色いまだら模様の入った花びらの蜜を蝶が飲んでいた。頭上にばかり気を取られていたが保護色で気付いていなかっただけで、目の前の葉の上にはルイの腕よりも少し太いくらいの青虫が乗っていた。ジョリジョリと葉を食べる音がまるでノコギリで枝を切っているかのように響く。ルイはゾッとしたが、リツはわりと平気なようで興味深そうに昆虫を観察していた。
「リツさんよりも…ルイの方が苦手そうだな。顔色が悪いぞ?」
ストラスがルイの顔を覗き込む。
「魔界のデートって…この巨大な昆虫がうじゃうじゃしているエリアもみんな平気なの?」
ルイが恐る恐る尋ねるとシエルは少し人の悪い笑みを浮かべた。
「これでも脚がたくさん生えていて長いのだったり、クモなんかも山ほど出る節足動物のエリアは避けたんだよ。中にはまぁ、そういうのを好むフルフルみたいな悪魔もいるが…ネビロス?」
「お呼びですか?」
仕切りが少し開いてネビロスが振り返る。
「フルフルと下見がてらデートしたんだろう?どうだった?」
ネビロスはシエルの言葉に何を思い出したのか、ほんの一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべた。
「はい…仰る通りですが…毒のある昆虫のエリアで…生き餌を与えて仕留めるところを見学できる時間帯があるのですが…たいそう気に入って一度出たのに何度も入ることになりましたよ…」
「フルフルらしいな…」
「私…生き餌を仕留めるのは…見なくていいかも…」
リツが小声で言うとシエルは笑った。
「安心しろ。最初からコースに組み込んでない」
「毒グモのエリアでもフルフルは喜んで…自宅でも飼いたいと言うから…子どもも生まれるから、もう少し待ってほしいとお願いしたのですが…間違っていたでしょうか…」
ネビロスの真面目な様子にシエルは少し笑ってしまう。
「生まれたての赤子は毒に弱いことも多々あるから…飼うにしても、もう少し成長してからの方がいいと思うぞ?本当に飼うなら子どもの毒耐性を上げてからの方が安全だ。子どもは毒があるかなんて分からずにペットに触りたがるからな」
笑った割にはきちんとした返答をして、シエルはのんびりと這う巨大なカタツムリを目で追った。
「分かりました。そうします」
ネビロスも真面目な顔をしたまま頷いた。




