新婚旅行の場合 22
ルイとストラスはリツとシエルに合流してネビロスの運転する自動車に似た乗り物で移動していた。ほぼ魔力をエネルギーとした自動運転だが、運転手をつけていた方が悪魔としては格が高いと見做されるらしい。もはや後部座席は広いソファーのようになっていてそこで横になったりすることも可能な、まさに悪魔的な広さだった。中央のテーブルにはお菓子とドリンクが並んでいる。けれどもそれらには見向きもせずにシエルはリツを抱きしめて熱心に口付けをしていた。お腹の子どもを魔力に慣らすために行っているのだが、向かいには、やけに向こうにいた時よりも若いとはいえ、金髪の外国人姿のストラスが座っていて妖精のようなルイを愛撫しながら微笑んでこちらを見ていた。リツは乱れそうになる呼吸を必死に整えようとした。
「リツ…いい加減に慣れたら?僕はもう見慣れたから、気持ち良さそうだなぁくらいにしか思わないよ?」
「そんなこと…言ったって…」
「昨日の移動中だって、お互い散々な姿を晒したじゃない」
「ルイ、なんか食べたらどうだ?」
ストラスが見かねたのか助け舟を出してくれた。言われたルイはテーブルの上のグラスに入っていた細長い棒状のお菓子に手を伸ばした。一口かじってニコリとする。
「バターみたいな風味がする。甘じょっぱくて美味しい」
ポリポリと噛りながら半分以上食べたところでルイはそれをくわえたまま、ストラスの方を見上げた。
「ん…」
ストラスはルイの意図するところを汲んで、それを食べながらルイにキスをした。横目で見ていたシエルはテーブルの上にあった飲み物を飲んで、再びリツに口付けを始める。少し冷たい舌を感じるのと同時に爽やかな味がして、リツは気にしていた自分をついに放棄してしまった。考えることを止めた途端に姿形が変わってフィランジェルが現れる。
「やぁ…シエル。リツは可愛らしいね…まだ照れているんだから。少し気にするなと言っておいたよ。私もシエルとキスがしたい」
フィランジェルはそう言って自分から唇を重ねる。先ほどまでシエルが主導権を握っていたのに、次第に形勢が逆転する。いつしかソファーにシエルは押し倒されて上から笑みを浮かべた長い銀髪のフィランジェルに見下ろされていた。
「わーシエルが負けてる」
ルイの言葉にフィランジェルは微笑む。
「勝ち負けの問題なのかな?どうなんだ?シエル」
「いや…愛情の深さ故…だろう」
「ふふ…」
フィランジェルはシエルを愛撫しながら唇を重ねる。姿が揺らいで現れた少し小ぶりで捻れた角を指先で辿った。
「…君は…ガブリエルとは本当に何もなかったのか…?」
唇を重ねながら角の手触りを堪能していたフィランジェルは不思議そうに顔を上げた。
「うん?どうしたんだ。急にそんな昔のことを言って。もしかして…妬いてるのか?」
「…あぁ、そうだ。いけないか?」
「仕方ないな。本当のことを言うよ。一度だけ…口付けをされたことがある。でも…それでガブリエルは、私の心が決して自分の手には入らないことを知ったんだ。私もそのときに気付いてしまったんだよ…アルシエル…君の顔が浮かんで…」
フィランジェルは驚きの表情で自分を見上げる、若い姿の悪魔を見た。
(私はそのときにいけない妄想をしてしまったんだよ…君はどんな風に私に口付けするのだろうかと…)
心の中に声が響いてフィランジェルはシエルの胸に頬を寄せた。そのままストラスとルイを見つめる。天使に見つめられた二人はさすがに戯れるのを止めた。
「何だ?止める必要はない…続けたらいいよ。二人ともリツとキスした仲じゃないか。それに今の姿のルイも魅力的だね…」
「フィランジェル…その姿でストラスに魔力を流してもらったらどうだ?」
「シエルがそう言うなら…私は構わないよ?」
立ち上がったフィランジェルはストラスの隣に座る。両手を広げてストラスに抱きつくと青い瞳でストラスを見つめた。
「リツさんと違って…積極的なんですね…」
ストラスがたじろぎながらシエルの顔を見ると彼は余裕の微笑みを浮かべていた。
「フィランジェル…キスだけだよ?」
「もちろん、分かってる。他の悪魔とするのは初めてだから興味深いな…」
自分からする勢いだったのに、フィランジェルはそこで動きを止めると目を閉じた。至近距離に長い銀髪が揺れる。ストラスは急に緊張している自分を意識した。小柄なリツと今の性別の不明瞭な元天使の姿で迫られるのとでは全く訳が違う。一瞬のストラスのその迷いに、声を上げたのはルイだった。
「ダメっ!ストラス!」
ルイはストラスを乗り越えて間に割り込むとフィランジェルに口付けをした。わずかに驚いた顔のフィランジェルは自分の目の前で顔を赤らめている美少女を見つめる。再び目を閉じたフィランジェルは今は自分よりも少し小さなルイを抱きしめて唇を重ねた。
「…なんなんだよ…ルイ…」
ストラスは呆れながらフィランジェルに抱きしめられるルイを見つめる。銀と金の長い髪が揺れる。没頭する二人を見ながら、シエルはストラスに言った。
「ルイからすると…夫が誘惑されそうで耐えられなかったんじゃないか?身を呈して君を守ったんだ。健気じゃないか」
「はぁ?誘惑って…」
「だが、たじろいだじゃないか。さすがのストラスも天使との行為は背徳的だと感じるのか?」
「…悪魔なら皆、多かれ少なかれそうなんじゃないんですか?堕天していてもこれだけ輝いていたら、やっぱり躊躇しますよ…主とは違った意味で気配がおっかない…」
「やれやれ…夫は尻込みして新妻は生贄にその身を差し出したのか。フィランジェルは…案外、欲望に素直なところもあるからね。リツよりも大胆で違った意味の楽しみ方ができる…」
「まさか…これまでも…一人で二人分を楽しんでいたんですか?」
ストラスが眉を上げるとシエルはフッと笑みを漏らした。
「いや…向こうでも時々姿は変わったがここまで人格ががらりと入れ替わることはなかった。リツのままだったよ。こちらに来てからだな。度々こうして顔を出して私を貪るようになったのは」
話している間にもルイの呼吸がどんどん怪しくなる。ついにルイは身体を仰け反らせて痙攣する。ぐったりとして横たわるルイから離れたフィランジェルは肩をすくめて、困ったようにシエルを振り返った。
「…君のやり方を真似たらルイが動かなくなってしまったよ…」
「女性の身体になったばかりのルイにはどうやらまだ早かったようだな?キスだけでこのように腑抜けにされて…初々しいじゃないか」
「ルイ!?おい、大丈夫か?」
ストラスが抱き起こすと、ルイは潤んだ瞳でストラスを見上げた。小さく首を横に振る。
「ストラス…この天使…全然優しくないよ…天使のくせにストラスみたいには手加減してくれない…」
「あの…到着しそうなんですが…まだ取り込み中でしょうか…?」
運転席と後部座席を仕切るガラスがスライドして遠慮がちなネビロスの声が聞こえた。シエルは笑い出す。
「あぁ、すまない。もう少し経たないとフィランジェルがルイを腑抜けにしてしまっていてね。ルイは今はまだ歩けないだろうな」
「ではもう一周くらい近くを回ってから入りますか?」
「そうだな、頼むよ」
結局一周では足りず、ニ周回ってからようやく歩けるようになったルイと共に四人は動植物園の中に入ることになった。




