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ジーン&リツの場合 8

 その後三人は職員室に連れて行かれ、リツはルイと共に再び医務室にいた。間に滑り込んだときにリツは指を擦りむいていた。ルイを診察したジーンは腹部に魔力を流して大丈夫だろうと言った。


「君は変なところを鍛えてるな…元から殴られる準備でもしてたのか?こういうのが日常茶飯事だから…黙ってるのか?」


 ルイはずっと沈黙したままだった。けれどもリツが席を立とうとすると、その袖を引いて座らせた。


「結局…学園内のカースト上位は天使か悪魔…札付きの元精霊の扱いなんて毎回こんなもんですよ…だったら…気紛れに優しくしたり機嫌が悪いと殴ってきたりする相手とつるむよりは、穏やかな人と一緒にいたい…そう思っただけなのに、それが気に入らないって」


「今野くんは天使の転生者か…なるほどね。随分と自己評価が高い訳だな…」


 ジーンは皮肉めいた笑みを漏らす。ルイは不審そうな顔付きでジーンを見返した。


「ま、暮林くんと仲良くするのは構わないが、彼がいつでも穏やかなのかと言ったら、それももしかしたら君の勘違いかもしれないよ?さっきの気配…君だって何も感じなかった訳じゃないだろう?」


 ジーンの言葉にルイは屋上でリツの気配が変わったその瞬間を思い出した。怖いというよりは背筋がゾクゾクした。圧倒的上位の者に守られる安心感。それに敬愛の念。長年探していた何か大切なものを見つけたような、そんな感覚だった。


「僕は…多分…リツが好きなんだと思います…でもそれは…自分のものにしたいとか…そういうのじゃなくて…敬いたい…ん?違うか。ひれ伏したい?見上げたい?言葉にすると難しいなぁ」


 ルイは言いながらも次第に自信をなくし首を捻る。


「ねぇ…殴られたのって、頭じゃないよね?どうしたの?」


 リツが困惑してルイの顔を見る。一方でジーンは面白そうに笑いたいのを堪えるような顔付きをしていた。


「君はカーストがどうこう言う割には結局一番強い者に従いたい欲求が出てしまうんだね。それは生まれ持った性質なのかな?実に興味深いよ」


 ジーンは立ち上がると、ポットからお茶を注いで二人に渡した。自分も淹れて飲む。リツはその色合いを見て嫌な予感がした。会社にあったあの苦いお茶とよく似ている。恐る恐るほんの少し口に含むと、苦みは控えめで香ばしい味が広がった。


「美味しい…」


 次にジーンは鍵の掛かった引き出しから徐にチョコレートを取り出した。二人に渡す。


「秘密だよ。疲れたときには甘い物も必要だ」


 形状から単なるアーモンド入りのチョコだと思って口に入れると、チョコだけではなく中に魔力が混ぜ込まれていた。美味しい。隣ではルイが口元を押さえて足をバタつかせている。


「伊集院くんには刺激が強すぎたかな?」


 ようやく飲み込んだルイが平然と食べているリツを見て、はぁとため息をつく。涙目になっていた。


「先生…これ、後から鼻血が出たりとかしないですか?」


「鼻血が出たという話は聞かないが、夜になってもなかなか眠くならなかったというのはあったかな。でも元精霊の話ではないから、君なら大丈夫なはずだよ」


 ジーンはもう一つ口に入れると再び引き出しに鍵を掛けた。


「二人とも落ち着くまで医務室で預かると言っておいたから、好きなだけ休むといい」


 ジーンの言葉にルイは喜んだ。


「やったぁ!先生、ありがとう」


 ルイは上機嫌にお茶を飲む。ジーンは徐に口を開いた。


「ちょうど君とも個人的に話がしたかったしね…学校以外でも困っていることがあるなら相談に乗るよ。君、転生前とは無関係な火傷の跡や怪我があるね。誰につけられた?君のパートナー?それとも…養父母?」


 ルイは途端に急に固まって動かなくなった。また沈黙する。


「僕…いない方がいいなら先に教室に戻るけど…」


 リツが言うとルイは首を横に振る。立ち上がりかけたリツは再び隣に座り直す。


「先生…見なかったことに…は…できないですよね…」


 ルイは俯いたまま小声で言った。


「パートナー契約も養子縁組も虐待が絡む場合は解除可能なのは知っているだろう?でも君は強い者に従うよう仕向けられているようにも見える。だから解除できる訳がない、と思い込まされているんだよ。その格好だって本当に君の意思なのか?もう小さい女の子じゃないんだ。いつまでも無理する必要はない」


 ルイが小刻みに震えているのに気付いてリツは困惑してジーンの顔を見た。ジーンが頷くので引き寄せて抱きしめた。


「でもっ…放り出されて…また施設に戻るのは嫌なんだ…それなら…この程度のことなら…いくらでも我慢できるから…」


 ルイはリツにしがみついてつぶやく。自分も施設には絶対に戻りたくないと思っていたから、その葛藤は分かるとリツも思った。


「僕…パートナーは…いないんです。リツ…嘘ついてゴメン。みんなが勝手に思い込んで噂を広めたから…収拾がつかなくなっただけで…」


 消去法で残った答えは一つだった。ジーンは内心ため息をつく。養父母による虐待。得てして転生者はそれまでの境遇に恵まれないことが多いため、それを容認してしまう者が多い。伊集院家の養子は五人もいる。二人は成人して家を出ているが、ルイの上に一人と下にもう一人歳の離れた養子がいる。


「…放り出されるのが嫌なら、目の前に差し出された手を掴むといい。悪いようにはしないよ」


 ジーンはそう言ってルイの頭を優しく撫でた。



***

 


 六時間目の授業の前に二人が戻ると教室が僅かにざわめいた。トウマがやってくる。


「二人共…大丈夫だったのか?今野は三日間の出席停止だって。高等部の奴らを連れ込んでたらしいじゃないか」


「三日…たった…それだけなんだ」


 リツは脱力する。ジーンに大げさに巻かれた左指の包帯が悪目立ちして気まずい。


「そんなもんだよ。寄付金の金額によっても左右しがち。揉み消されなかっただけマシだよ。今野の実家は太いから」


 ルイは平然としていた。チャイムが鳴って授業が始まる。気怠い道徳の時間だ。嘘に塗り固められた平和を謳う国のあり方が浮き彫りにされるだけだと、リツは思った。本音と建前。転生者にも学びの機会をと声高に叫びながらも、結局は転生カーストが邪魔をしてそれすらままならない。


 帰りの会が終わってルイがやってきた。


「ところで寄り道の許可って出たの?」


「うん、大丈夫だよ」


 リツは頷いた。

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