ジーン&リツの場合 49
ジーンはそのまま自宅で仕事の残りを片付けることにして、ひとまず寝室にいるリツの様子を見に行った。リツはベッドの中で肩からもブランケットをかけた状態で起き上がって本を読んでいた。
「ジーン?あれ?帰ってきたの?」
不思議そうに言うリツを抱きしめてジーンは唇を重ねる。しばらく気の済むまでそうしながらリツに触れていたジーンはリツの中に残るストラスの魔力を感じてフッと笑みを漏らした。
「どうだった?ストラスは?」
「…!どうって…そんなこと…聞かれても…」
リツの反応を面白がるジーンの顔に気付いてリツは頬を膨らませる。
「冷えていたのか。今はもう大丈夫か?でも私の方がリツ不足でどうにかなりそうだから、ここでこのまま仕事の残りを片付けよう」
ジーンはそう言うとパソコンを起動させている間に素早く普段着に着替えた。そうして当然のようにベッドに入り込んできた。膝の上のパソコンはそっちのけで再びキスをし始めるとリツを抱きしめる。リツは本を離してジーンの背中に両手を回した。本当に言葉通りこの悪魔は飢えていたのだと思った。ジーンの魔力が流れ込みリツの魔力と混ざり合うとそれだけで体温が上がった。熱心にリツの唇をついばんでいた悪魔は唇を離すとため息をついた。片手でリツの頭を撫でた。
「社長がシェルターを芸能人に貸し出したんだ。きさらぎきりと。知っているか?」
「ん…?もしかして、毒舌ラジオの人?」
リツの言葉にジーンはフッと笑いながらパソコンを片手で操作する。もう片方の手はリツの腰に触れていた。膝を曲げたジーンは布団の中でリツの足の指に自分の指を絡めてきた。足の指先の器用さにリツは驚いた。
「なっ…足っ…」
「どうした?私の足の指は手の指に変えることも出来るぞ?」
いつの間にか足の指は手の指になってリツの足の裏に触れて押したり指先をつまんだりしてその感触を楽しんでいた。
「ズルい…それ…」
何とも言えない感覚にリツは身悶える。そんなことをしながらジーンは片手で仕事をしていた。リツは本を手に取ったものの足の裏に絡み付くジーンの指に気を取られて、内容が頭に入ってこなかった。
「毒舌ラジオの人は…どうして…シェルターに…入ってるの?」
「うん?殺害予告文が送られてきたからだ」
「えぇ!?」
「これから公開される死にたがり探偵の劇場版の宣伝効果を兼ねようとして、コアなファンが行っているという説もあるが…少々気になることもある…」
「…転生者なのに気配が読めないんだ。あの男は。我々のように薬を服用しているのかもしれない。だから今日は念のために皆にも気配を弱める薬を飲んで貰っている」
それでジーンの帰宅する少し前にストラスが急いで薬を飲むように言ってきたのかと、薬の袋を持って家の中を慌ただしく走り回っていたストラスを思い出してリツは納得した。
「…気配が読めないってことは…知られたくない何かがある札付き転生者ってこと?誰かに知られるとマズいとか?」
「可能性は否定できないな。私もリツも可能な限り気配を小さくしておかないと相手を恐れさせてしまう…かといって何もないのも不自然だから相手によって出す魔力量は微調整する…」
そう言って再びジーンは唇を重ねてきた。頬に触れて愛おしそうにリツを見つめる。相手はまだ求めている。リツは自分から唇を重ねた。そうしている間にジーンの膝の上に横抱きの状態で乗せられた。
「うん…この方が近いな」
ジーンは微笑んでリツを抱きしめる。リツは口付けを交わしながらジーンの肩に腕を回した。ゆっくりと自分の魔力も流す。ジーンを少しでも満たせるように。ジーンの腕に力が入る。それでもジーンが満たされていないとリツは感じた。
「ジーン…足りないよね…辛いなら…使い魔に…頼んでもいいよ…悪魔と…人とは違う…」
ジーンはリツの言葉にハッとしたようにリツの顔を見つめた。ジーンは首を横に振る。
「それでは…私がリツに対して…罪悪感を抱いてしまうんだ。だからもう少しこのままでいさせてほしい…」
ジーンはリツをきつく抱きしめたまま苦しげな声を出した。リツは思わずジーンの頭を撫でる。
「うん…分かった。好きなだけ…こうしてて…私も…身体が楽になるから…」
二人は抱きしめ合ったまま、しばらくじっと動かなかった。罪悪感という悪魔にあるまじき言葉を聞かされて、リツはふと王子が口にした不器用という言葉を思い出した。リツに知られないように使い魔で補うことだって国王陛下なら簡単に行えそうなものなのに、彼は最初からその選択肢を選ばなかった。そのことを喜んでいいのか、どこか辛そうなジーンを見ているとリツは複雑な気持ちになった。
***
その後結局二時間近くかけてジーンは徐々に日常を取り戻した。出社した時間にリツと離れていただけで、その不在の時間がもたらした影響にジーン自身が驚いていた。同じ空間にただいるだけで、全く違う。抱きしめてリツの形を確認して彼はようやく安堵した。仕事を終わらせた彼は今リツの膝枕の上でくつろいでいた。
「お仕事お疲れさま」
リツが言ってジーンの髪を撫でていると、遠慮がちにドアがノックされて、シャイタンが夕飯を運び込んできた。
「今日はお客さまもいらっしゃるので、皆それぞれの部屋にお食事を運ぶようにと言われました」
「ありがとう、シャイタン」
ジーンがリツの膝の上に横になったままシャイタンに言うと、それを見てシャイタンは顔を赤らめた。ジーンはニヤリと笑う。
「シャイタンももう少し大きくなったら女悪魔か男悪魔とこういうことをするようになるんだ…シャイタンはどっちが好きだ?」
「ええっ?そんなこと…まだ分かりません!失礼します!」
シャイタンは焦ったように言うと料理を置いてぺこりと頭を下げてそそくさと出て行った。
「ジーンからかわないの」
シャイタンの置いていった料理を食べながらリツが微笑む。まだ横になったままのジーンの口にミニトマトを入れた。ジーンはわずかに眉をひそめた。
「苦手だった?悪魔の実なのに?」
「あぁ…すっぱい…悪魔の実はチョコレートであるべきだ」
ジーンの言葉にリツは笑ってしまった。ジーンは起き上がると先にサラダを完食した。
「サラダ…ひょっとして苦手?」
「そんなことはない…食べれないこともない」
「好きじゃないんだ」
リツはサラダを食べながら笑う。ジーンはどこかいたずらの見つかった子どものような顔をした。そうして今日は妙に素の表情を見せていることに気付く。
「今日のジーンは何だかかわいいね」
リツの言葉に不服そうな顔をした悪魔は言った。
「中の年齢を少し下げたんだ。今の魔力量で満たせるように。だから…二百年ほど精神的にも若い…」
「……二百年??それでサラダが?」
リツはぽかんとしてしまった。そうしてクスクスと笑い出す。二百年前のジーンはサラダが苦手だったのかと思ったら何だか可笑しくなってしまった。
「リツだって苦手なものはあるだろう…」
拗ねたような表情でジーンが言う。
「まぁ…それは…そうだけど…見た目は変わらないから変な感じ…」
「じゃあ見た目も少し若くしておくか」
目の前のジーンの姿が揺らいで急に若くなった。リツはたじろぐ。これはこれで心臓に悪い。ジーンなのは変わらないのに、急に知らない人がいるような気分にさせられた。
「やっぱり…元に戻して…!」
顔を赤らめながらリツが叫ぶ。目の前の悪魔は変な顔をしたが、リツの言う通りに元に戻した。
「なんだ、そんなに照れることもないだろう」
ジーンは涼しげな顔をして言う。若くても少し歳上でもジーンには違いないのに、リツはしばらくそのジーンの顔が忘れられず妙にドキドキしたまま夕飯を食べる羽目になった。




